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090 ワイロ

『タダシ様!やはりわたくしもあなたと一緒に魔王討伐に行かせて頂けないでしょうか?』


 『姫、それはいけません。俺は、あなたを、連れて行くわけにはいかないのです』


 『なぜですか?わたくしが足手まといだからですか?』


 『違います。俺はあなたを危険に晒したくないのです。あなたを、愛しているのです』


 『…わたくしもあなたを愛しています』


 「なーんて、なーんて、なっちゃたらどうしましょう!あびゃびゃびゃびゃ!」


 ミーシャは自室のベッドの上でゴロゴロと転げまわりながら奇声を上げている。


その姿は先の作戦会議で『わたくしはこの国に残って国民を守る義務があります』(キリッ!)と言っていた人物ととても同一人物とは思えないものだ。


 「それにしてもこの人形はよくできています。人間一つくらいはいいところがあるものですね」


 ミーシャは両手に持った人形を見ながらしみじみとつぶやく。


 そう、ミーシャは6分の1タダシ人形と6分の1ミーシャ人形を両手に持って独り芝居をしていたのだ。


 このタダシ人形はセイジュウロウがワイロとしてミーシャに贈ったもので、ミーシャ人形と同じくセイジュウロウが『人形師』で作成したものだ。


 セイジュウロウを協力者として認める条件の一つは『女性には人形師を使わない』という条件だったので一応条件は守られているワイロという事らしい。


 ちなみにワイロとしての効果は抜群で「こんなよいものを貰ってもよろしいのでしょうか」と頬をそめながらも周りをきょろきょろ伺いながら、まるで不審者のようにミーシャはそれを受け取っていた。


 『姫!俺は…!』


 『ああ、タダシ様、いけません!』


 タダシ人形をミーシャ人形に迫らせながら迫真の演技を続けるミーシャだが、緊迫感があるのは声だけでその顔はゆるみっぱなしだ。


ミーシャのこの醜態を見る者がいたら「国民のためとか偉そうなことを言っていても所詮は王族。結局は自分のやりたいようにするのだな」と思うだろうがそれは違う。


 これはタダシに同行を頼むための予行演習ではない。


 現実では『自分も一緒に連れて行って欲しい』などと絶対に言わないと決意しているからこそ、せめて空想の中では自由にふるまう事で自分を慰めているだけなのだ。


 告白する予定のない思春期の少女が、『もしあの人に告白したら…』と夜な夜な想像の翼を広げているのと全く同じ姿なのだ。


 ただ、ミーシャの場合は単純に告白する勇気がないだけではなく、今の自分の置かれた立場のためにその思いをタダシに明かさないようにしている。


 なにしろタダシの()()のおかげでタダシがミーシャに好意を持っているのははっきりしている。タダシ本人がそれを表明しているのだから『あの人あんたの事好きみたいよ?』よりよほど確実な情報なので告白に踏み切るハードルは実はかなり低い。


 これほどの好条件がそろっていてもミーシャが告白しないのは、やはり王女としての責任感からだろう。


 「ふうー。タダシ様は恐ろしい方ですわ。わたくし、何度か国の事などどうでもよくなってしまいそうになりました。なんとか踏みとどまりましたけど」


 …かなり不穏な発言をしている。


 魔王軍の侵攻予定日まで後3日。ミーシャの自制心との戦いはまだまだ続くようだった。


 「さて、今日も楽しんだことですし、そろそろ寝ましょうか」


 こうして最近のミーシャの一日のルーティンと化している『タダシ様とわたくし』劇場は終演を迎えるのだった。


 

 

                       *


 ミーシャが自室でひとり身もだえていた頃、タダシとの特訓を終えたセイジュウロウがレインに呼び止められていた。


 「こんな時間にどうされたのですか?」


 「いやあ、ちょっと城の中を散歩してて…」


 いまだにタダシとの特訓を内緒にしているセイジュウロウは誤魔化しているが、レインはそれを疑う様子もなく「あんまり夜更かししたらだめですよ」と子供に言うように注意している。


 「わかってる。もう休むよ」


 こちらも母親に言われた子供のようにそそくさと去ろうとするセイジュウロウだが、再びレインはそれを止める。


 「ちょっと待ってください。いいものあげますから」


 そう言ってレインが自分の部屋に戻っていってしばらくして出てくると、「どうぞ」と言って差し出してきた物をセイジュウロウはまじまじと見る。


 「レインちゃん、これは?」


 「ワイロですよ。セイジュウロウさんに頑張ってもらおうと思って。お好きなんですよね、人形?」


 笑顔で手渡されたのはいかにも少女趣味といった感じの可愛らしいブタのマスコット人形だ。魔導師の姿をしたそれはなんとなくセイジュウロウに似てなくもない。


 「あ、うん…」


 歯切れの悪いセイジュウロウに、(気に入らなかったのかな)とレインは思う。


 「私が作ったんです。セイジュウロウさんほど上手に作れませんけど、私も人形を作るのは好きなんですよ。皆には意外だって言われますけどね」


 レインは普通に美少女なのだが自分では武骨なばかりで可愛げないと思い込んでいる節がある。


 「いや、上手にできているよ」


 「ホントですか?よかった」


  レインが胸をなでおろす姿を見ながら、


 (俺が好きなのはこういう人形じゃあねえんだけどなあ。どうせくれるなら没収されたレインちゃん人形の方がよかったなあ…)


 そう思うセイジュウロウだったがレインの嬉しそうな顔を見るとさすがにそれは言えない。なんだかんだ言っても27歳といういい大人であるセイジュウロウはたまには常識がある行動ができるのだ。


 (でも、これは大切にしよう)


 思えば女の子から物をもらうのはこれが初めてかもしれない。幼いころにもらった事があるかもしれないが少なくとも物心がついてからは覚えがなかった。


 「では、私はこれで。早く寝てくださいね」


 そう言って去っていくレインの背中の見ながら、


 (レインちゃんも悪くないよな~。ミーシャたんよりおっぱい大きいし…)


 最後にセイジュウロウらしい事を考えていたせいで、その様子を遠くから見ていたカノンに(雰囲気のいい場面かと思ったけど、なんか気持ちわるい顔してる…)と思われるいつものセイジュウロウなのだった。

  次回は 091 魔王軍進撃 です。

 

 ちなみに…

 レインが現在までに制作した人形は他に6体あり、 

 シンエイ…オオカミ エイサイ…犬 カノン…猫 

 ジュウベイ…ウサギ ヒョウゴ…ヤギ エスケレス…狸 がそれぞれモチーフになっています。

 ミーシャとタダシは「恐れ多くて作れない」です。



 

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