089 グラフ
「というわけで僕は八大将の中の2人を魔王軍から離脱させるのに成功したんだよ」
例のメッセージカードを見せながらエイサイは得意そうに鼻をこすっている。どうやら勇者側の作戦会議で自分の手柄を報告しているらしい。
「…魔王軍ってこんな組織なのか?」
『結婚しました!』のカードを見ながらカノンが頭を抱えている。
魔族であるカノンは魔王軍は規律のある厳格な軍隊であると思っていた、というか同じ魔族としてそうであって欲しいという複雑な感情があるのか『結婚しました!』に理解が追い付いていないようだ。
そんな生真面目なカノンに元魔王軍幹部のエイサイは苦笑いしながら答える。
「うーん、基本的にはもう少し真面目な組織だよ。でも、前から八大将たちを招集しても集まらないこともあったり、わりと個人での判断が優先されたりするんだよね。魔族は元々組織だった行動は苦手だったみたいだから。僕も昔の事はよく知らないけど、今の魔王になる前はもっと好き勝手にやってたみたいだね」
「確かに魔王軍が組織だって人間の国に侵攻してきたのは今の魔王の代になってからですな」
「うむ、それまでは散発的な戦いがほとんどでしたからな」
年かさの大臣たちが自分たちも一応会議に参加している存在感を出そうと口添えしてくる。ただ、その名前すらエイサイ達には覚えられていないが。
「何にしてもこれで敵の戦力はかなり落ちたはずだよ。何しろゴウユウは接近戦では八大将随一の強さを誇っていたし、ジョウも特殊能力が戦闘向きだったから、この二人を相手をすると留守番組は苦戦は必至だったからね~」
エイサイは自慢たらたらに恩着せがましく言っている。
「だが、まだ八大将は5人いるんだろ?そのうち4人も攻めてくるんだから油断はできないぞ」
シンエイが場を引き締めるように言う。実際問題としてタダシ、シンエイ、セイジュウロウといった人間側でも特に強力な戦力が抜けた状態で戦うには八大将は4人でも多すぎる。
「それなんだけど、もう少し数を減らす事ができると思うんだよね」
嬉しそうに答えるエイサイはむしろシンエイの指摘を待っていたかのようだ。
「本当なのか?」
あまりに簡単に言うエイサイにシンエイは疑いの目を向けるが、
「ポーラ王国で召喚されたゴンパチ、リキマルの2人ならこいつを捕まえた時と同じやり方をすれば簡単だよ」
自分が捕えてきたセイジュウロウの方を見ながらエイサイは確信めいた言い方をする。
「そういえばどうやってセイジュウロウさんを捕まえたんですか?」
見た目と特殊能力は残念だがセイジュウロウの実力は決して低くない。普通に戦ったら無傷で捕えるなどエイサイでも容易ではないのは最近の戦闘訓練からみんなよくわかっている。
そんなレインの質問にエイサイはあっさり答える。
「『完全擬態』で魔法王女に化けてちょっと色仕掛けをしてやったらイチコロだったぞ。あっは~ん、てな」
変な声を出すエイサイに、その時の事を思い出したのか、
「ぶひーっ、ミーシャたんの白い肌、いまだにこの目に焼き付いているんだなあ」
にんまり笑うセイジュウロウを見てミーシャは鳥肌をたてながら抗議する。
「人の姿を使って変な事をしないでください!」
ミーシャのあまりの見幕にエイサイはひるみながらセイジュウに助けを求めるように、
「誤解のあるような言い方をするなよ。色仕掛けったって過度に露出はしてないだろ?」
「うむ。太ももまでしか見せてくれなかったからな。あれはまさに絶対領域だった」
真剣な顔でうなずいているセイジュウロウに更に嫌悪感が増すミーシャだ。
タダシの特殊能力がミーシャにあったら〔殺したい…〕と出てしまっていたかもしれないくらいだ。
「…そう言う問題じゃないんです!とにかく二度とわたくしの姿を使用してはいけませんからね!」
「でも、こういう手でも使わないと難しい相手だぞ。一応八大将に選ばれてるんだから、野良異世界人の中でも強い連中なんだ。我慢しなよ、減るもんじゃないし。ほら、大きな視点で物事を考えて!」
「それは…」
(またそれを言う。そう言えばわたくしが我慢すると思って…)
そう思うミーシャだが、その不満を飲み込んでいる。姫でありながら国民を最優先し、自らを律するその姿はどこかの国の政治家に見せたいくらいだ。
ミーシャが不満に思っているのはあからさまだが、本人が我慢している以上あきらめてもらうしかないという空気が流れかけるが、
「待ってくれ。ミーシャ姫は普段から自分の事よりも国を優先している方だ。そんなミーシャ姫がこれほど嫌がるようなやり方には俺は賛成できない」
「タダシ様…」
毅然とした態度で言い放つタダシに自然と皆の視線が集まり、チョロ姫ことミーシャに至っては完全に目がハートマークになってその凛々しい顔を見つめている。
(わたくしをかばってくださるなんて…ああ、もう。タダシ様、好き!大好き!大好きすぎる!)
ミーシャが感激しているようにタダシのこの発言は、一見、勇者として誰かを犠牲にする事を認めない行動に見える。しかし、その頭上に出ているあれはいつもと少々様子が違っている事に完全に舞い上がっているミーシャ以外は気づいていた。
今回のあれは普段よく出ている文章形式ではなく『八大将撃破数(寝返り・離脱含む)』と書いてある棒グラフだ。
そのグラフには『タダシ』と『エイサイ』の名前が下に書いてあり、『タダシ』の目盛りは2マスあり横にかっこ書きで(サイカク・ロウカイ)と書いてある。
そして『エイサイ』の目盛りは5と表示されて(テンプレ・エイサイ・セイジュウロウ・ジョウ・ゴウユウ)と書かれている。
どうやらタダシはこのグラフを意識していて、これ以上エイサイに差を付けられたくないのが本心の様だ。
そのためもっともらしい事を言ってエイサイの手柄が増えるのを妨害しているらしい。
「なあ、レインちゃん。ああいうのもあるのか?」
セイジュウロウが奇異なものを見たような顔で横にいるレインにこそっと聞くと、レインも声をひそめて答える。
「ええ。かなり珍しいパターンですけど、たぶん深層心理で思っている事だとあんな感じで回りくどいあれになるらしいんです。ですからご本人も意識できてないんじゃないかと…」
そして「だから姫様のためだとタダシ様は本気で思っているのだと思います」と付け加える。
要するに〔姫の名誉のためにもこの作戦は阻止しないと!〕と思って発言しているのもまんざら嘘ではないのだが、実は心の深い部分ではあれに出ているグラフを意識しているようだ。
「…難儀な奴だな~」
真剣な表情で「姫を犠牲できない」と主張して色々理屈をこねて演説している若い勇者を見ながら、セイジュウロウはあ然とするのだった。
次回は 090 ワイロ です