078 勇者の盾
「ふうっ、多いな。姫、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。魔力にはまだ余裕がありますから補助魔法はわたくしに任せて下さい」
身体強化や、疲労回復などの魔法を使い続けているミーシャをタダシが気遣うが笑顔で答えている。
はじめこそ、それなりに敵に出くわしていたのだが、今の敵の出現率は異常だ。ほとんど息つく暇もないくらいモンスターが出てきている。タダシがミーシャの心配をするのも無理はないのだ。
〔遺跡でモンスターが出てくる事に文句をつけるのも変だけど、エンカウント率おかしくないか?…他のみんなは大丈夫だろうか〕
と何も知らないタダシは他の者たちを気にかけているがそれは大丈夫だ。強い敵どころか今やこの遺跡のモンスターはタダシ達に集中しているので他の者たちのところには一匹も出ていないのだから。
そしてタダシに文句を付けられている(実際におかしい出現率にしている諸悪の根源なので言われても仕方ない)勇者の思念は焦っていた。
『こいつ、めちゃくちゃ強くないか?今の魔王軍の強さがわからないから断言できないけど、たぶん魔王軍の幹部の数人を同時に相手に出来るだろ?』
さすがに勇者のエネルギーを受け継いでいるだけあって勇者の思念はなかなか見る目がある。その見解はおおむね間違ってはいない。
『こうなったら、あの手を使うしかないか』
勇者の思念は動く鎧、リビングメイルに入り込んで自分で操作することにしたのだ。他にも強力なモンスターはいるが勇者の思念が直接操作すればこれほど強いモンスターはいないのだ。
『本気でしなくてもリビングメイルだと思ってと油断させれば、隙をつけるだろう』
そんな事を考えていた勇者の思念だったが、自分の考えが甘かったと思い知ることになる。
タダシは勇者の思念の入りこんだリビングメイルを見るなり、
「姫、離れてください。あいつ…強いですよ」
「えっ?」
あのリビングメイルはこの遺跡に入ってから何度も出て来たモンスターで、確かにそれなりに強かったが、これまで問題なく退けてきた相手なのでミーシャは疑問の声を上げる。
「一体で出て来ました。弱いわけがない」
それに答えるタダシの言葉にハッとする。確かに今までは複数で出てきていた相手が急に一体で出てくるのはおかしい。この遺跡は奥に進めば進むほど強い敵が出ている事を考えるとこのリビングメイルは相当強いはずだ。
ミーシャはタダシの邪魔にならないように少しさがっている。
勇者の思念の行動は皮肉な事にむしろ二人の距離を開ける結果になってしまっていた。
(『こいつ、いろいろにぶいクセに変なところでするどいなあ。まあ、いい。それなら本気で相手をしてやるまでだ』)
自分の失敗を棚に上げて、勇者の思念はやる気になっている。
リビングメイルは本来の勇者の肉体ではないのでスピードやパワーは落ちるが、勇者の思念が動かすので剣技はかつての魔王を倒した勇者そのものだ。
素早く斬りかかってきたリビングメイルの攻撃をタダシは数回受けただけで、自分の考えが間違っていなかったことを確信する。このリビングメイルはこれまでこの遺跡で出てきたどのモンスターよりも遥かに強い。
そしてこういう強敵に対してタダシがとる手段は一つだ。
攻撃を仕掛けたタダシの棒が瞬間的に伸び縮みしてリビングメイルの剣をかいくぐる。
そして、いつものように一撃を加えると思ったその時、リビングメイルの盾によって棒は無残にも受け止められる!
〔初見で『すり抜け攻撃』を防がれた!?マジか!?〕
珍しくタダシは戦闘中にあれを出してしまう。
もっとも、勇者の思念はこれまでタダシ達を水晶玉で覗き見して、タダシの『すり抜け攻撃』を知っていたので防御することができたのだ。ただ、知っていたとしてもそれをできるのは勇者の思念の卓越した戦闘技術があっての事で普通はそんなことはできないのだが。
(勇者様のあの攻撃が防がれた?!)
どういう理屈かわからないがタダシの相手の武器をすり抜ける攻撃はこれまで百発百中だったのだ。それを防いだ事にミーシャは目を見張る。
しかもただ防いだだけではない。このリビングメイルの防御の仕方はすり抜け攻撃の弱点を明確にしていた。
すり抜け攻撃は実際に棒が透明になってすり抜けているわけではない。高速で伸縮する事ですり抜けているように見えてるだけなので、この様に身体に密着した状態で盾を構えられたら簡単に防がれてしまうのだ。
しかし、タダシはただ驚いているだけはない。すり抜け攻撃が効かない相手にすぐに次の手を打った。
それまで叩きつける攻撃をメインに構えていた棒を今度は突く攻撃をメインにした構えに持ち直す。
〔…あの技を試してみるか〕
タダシは強敵を前にして少しあれがもれ始めていた。
(あの技って何でしょうか)とミーシャが思っているように勇者の思念にもそれがバレていたが、考える暇もなくタダシの棒が迫ってくる。
タダシは棒を瞬間的に三度突き出したかと思うと、同時に小さな火の玉をいくつも発生させて棒の動きと合わせて火の玉をリビングメイルに向かって飛ばしている。
(『これは…『踊る毒へび』か!』)
勇者の思念は驚愕する。昔、何度も苦しめられた魔族の槍にそっくりな技を繰り出してきたからだ。魔法と槍の動きが複雑すぎてまともにこの技を使える魔族はほとんどいなかったが、それだけにこの技を習得している槍使いはその技量が高かったことを思い出す。
もっとも、本来の『踊る毒へび』はその名の通り毒水球の魔法がそのメインになっているのだが、タダシはむしろ火の玉を囮にして棒での攻撃をメインにしている。リビングメイルには毒水球は意味がないので、魔法を火球にかえて棒で攻撃したのだ。
(『だが、『踊る毒へび』なら対応できる…っておい、おい。これは…)
勇者の思念はさらに驚く。タダシの技は『踊る毒蛇』を超えているのだ。『毒蛇』を繰り出す際に棒(勇者の剣)の形を微妙に変化させてより複雑な動きをさせている。
蛇が獲物に襲い掛かるような動きのタダシの棒は確実にリビングメイル追い詰めていく。
相手が傷つくのを恐れる生身だったら、タダシに近づく事もできなかっただろうが、リビングメイルを操っている勇者の思念にはそれがない。ダメージ覚悟でその勇者としての剣技の全てを使って突っ込んで行くことでタダシの右腕になんとか剣をかすらせる。だが、そこまでだった。
タダシの棒の豪雨のような攻撃を受けて粉砕されたリビングメイルは完全に沈黙して、勇者の思念はそこから出ていく。
「強かった…」
「勇者様、傷が…」
荒い息をついているタダシの右腕をミーシャはそっと掴むと回復魔法をかける。
「あっ、姫、大丈夫ですよ」
〔姫の手、やわらか~い!〕
顔はシリアスなまま頭の中でデレデレするタダシに、
『ふっ、今回はこれくらいで満足しておいてやろう』
何に対して満足しているかわからないが勇者の思念が会心の笑みを浮かべているのを見て、タダシは以前試練のほころで出会った勇者の思念と同じ姿をしている者がいることに気づいた。
だが、タダシが勇者の思念に声をかける前に、
「姫様!勇者様!」
レインたち4人が現れる。
『あっ、やべ。出会っちゃったよ~、マジか~。ここまでか~』
勇者の思念が思わず口走ってしまったようにタダシ達が他の4人と合流してしまったのだ。
タダシたちを一生懸命見過ぎていたせいで、他の4人をタダシ達に出会わない道に誘導するのをすっかり忘れていたのだ。
「こいつは?」
シンエイが勇者の思念を胡散臭そうに見ていると、タダシが答える。
「たぶん、以前魔王を倒した勇者の思念だと思う」
「これが?」
なかなか失礼な言い方をするシンエイだが勇者の思念は気にしていないのか、
『よくぞここまでたどり着いた。勇者よ。お前たちの強さを認め、この『勇者の盾』を授けよう』
いまさらカッコつけても遅い気がするが何事もなかったように取り繕っている。
『そして、ここでの戦闘経験こそがお前たちの最大の盾になるだろう』
ありがちなセリフを続けるが、これはまったくの出まかせでもない。
様々なタイプの敵と戦った事で全員着実に戦い方の幅が広がっている。短期間でこれほどの効果が得られる戦闘訓練ができる所は他にはなかっただろう。
もともと強かったタダシに関してはすり抜け攻撃の弱点を教えたという点で、確かにレベルアップに繋がっていた。勇者の思念はただのラブコメだいすきオジサンじゃないのだ。
『この盾自体はそんなにいいものじゃないから過信するなよ』
勇者の思念はタダシに『勇者の盾』を渡しながら余計な一言を付け加えている。すでに手に入れている『勇者の剣』や『勇者の鎧』に比べるとどうしても性能の落ちるガッカリ防具なのでつい保険をかけたようだ。
「では扱いに気を付けたほうがいいですね」
そう言いながら『勇者の盾』をシンエイに横流しするタダシに勇者の思念は目を丸くする。
『え?お前が使うんじゃないの?』
「俺は棒で戦っているので盾は必要ないんです」
『あっ、そう…』(それ、『勇者』の盾なんだけどなあ…)
なんて真っすぐな目でとんでもない事を言う奴なんだと勇者の思念は思うのだった。
079 八大将フゲンの能力