075 勇者と王女
その頃最後の二組であるタダシ達も合流を果たしていた。他の者たちよりも転移された場所が離れていたのかタダシとミーシャが出会うのは遅かったが、さすがに二人とも実力者なので無傷で再会できていた。
「みんなを探したいですね。それぞれそう簡単にやられる事はないでしょうが、未知の遺跡ですから
何が起こるかわかりませんからね」
「そうですね。まずは仲間との合流を優先しましょう」
タダシの提案にミーシャも素直にうなづいている。
どうやらこの二人の行動はレイン・ジュウベイ組とは異なる結論になっているらしい。ただその理由はあまり論理的なものではない事は後々わかってくるのだが、今はそれには触れないでおこう。
「未知の遺跡です。姫は必ず俺の後ろにいてください。俺が安全を確認してから進みましょう」
「わかりました。全て勇者様にお任せしますが、勇者様もお気をつけください」
一見、冷静に対処して適切に姫を気遣っているように見えるタダシだがその頭上には案の定、
〔二人っきり…!〕
という巨大な文字が出ずっぱりになっている。
いつもならあれは出た後にしばらくしたら消えているのだが、今回のあれはずっと表示されている。
(こういうパターンもあるんですね)
ミーシャは冷静にそれを見ている…わけではない。
(あんなのずっと出されてたら…めちゃくちゃ意識しちゃうじゃないですかぁ!)
とタダシのせいにしながら改めてこれが真の二人っきりだと意識している。
今までもタダシと二人っきりになるシチュエーションがないわけではなかったが、城塞都市の一室であったり、他の者がいるにも関わらずミーシャの脳内で疑似的に二人っきりになっているだけだったりと、思い返してみたらそれほど二人っきりになっていなかったのだ。
しかし、今回は皆がどこに飛ばされたかもわからない中での二人っきりなので、まさに真の二人っきりだと言える。ミーシャは自分の動悸が確実に上がっていくのを感じている。
一方、タダシはこんなあれを出しているにもかかわらず、憎らしいほどに平静な態度を崩していない。表面的には。
ただ、頭上のあれからもわかるようにタダシも内心では思いっきり二人っきりである事を意識している。ただそれを感じさせないほどの動きを見せて現れるモンスター達を黙々と倒している。
そんなタダシの様子を見て、
(いえ、違いますね。ええ、そうですとも。勇者様のあれがなくてもわたくしは意識してましたとも)
と半ばやけくそな感じで開き直っている。
そんなやけくそなミーシャだったが、タダシの〔二人っきり…!〕の文字の隣にある映像が出てきたことで更に動揺してしまう。映像はあるストーリーを表すように切り替わっていく。
その映像の内容はこうだ。
『鉄壁と思われたタダシの守りだったが、ついに一匹のモンスターがタダシの攻撃をかいくぐって、ミーシャに危害を加えようとしてしまう!しかし、そこをタダシがミーシャの肩を抱くようにしてかばって、はずみで抱きしめてしまう…』
簡単にまとめればこんな感じだろうか。まあ、細かいところを言えばやたらキリっとした顔のタダシが出てきたり、ミーシャがほんのりと顔を赤らめて視線を逸らしたりとなかなかの妄想が爆発しているが。
音声こそないものの、その映像がタダシの今考えていることを現している事に間違いないだろう。
(どうしよう。勇者様と少し距離を空けた方がよいでしょうか…)
このミーシャの心理を読み解くのは少し複雑だろう。普通に考えたら勇者に触られたくないように見えるがもちろんそうではない。むしろこれを利用して…と思っているくらいだが、それを素直に表現できないのだ。
つい、半歩下がるミーシャに気付いたのかタダシは振り返る。
「姫、大丈夫ですか?」
〔えっ?なんか俺、避けられてる?!〕
何の心配をしているのかと思うが、とりあえず心配そうな顔をしているタダシ。
そのタダシの不安そうな顔を見て、ミーシャも決心する。
(…わたくし覚悟を決めましたわ!もし、勇者様がピンチにかこつけてわたくしを抱きしめようとされるなら甘んじて受け入れましょう!もし、避けたら勇者様の心が見えている事がバレるきっかけになるかもしれませんからね!だから仕方なしです。決してわたくし自身の欲望に負けるわけではないのです!)
いろいろ言い訳をしているが、本心が最後にだだ洩れになっている。しかし、タダシと違って本心がバレないので、
「大丈夫です。先を急ぎましょう」
そう言ってむしろタダシが抱き寄せやすい位置に前進する。
(こうなったらバッチコーイです。さあ、どうぞ)
ミーシャは昔召喚した勇者(ヤバい奴だったので3時間で元の世界に戻した)が言っていた言葉をよく意味もわからず使っている。
そしてあれが自分にはないのをいい事にミーシャの妄想はさらに暴走していく。
(だけど男性に抱きしめられるなんて…そうなったらもう、結婚するしかないのでしょうか?)
この男運のない王女様は美少女なのに恋愛経験が少ないという謎の設定を体現しているのでいろいろ段階を経ていく事をすっ飛ばして、すでに結婚にまで思考がワープしていた。
そんな風にミーシャが妄想している間にもタダシは淡々と進んでいく。タダシは魔法を使うまでもなく棒だけでモンスターたちを退けている。
前のめりにタダシに接近していたミーシャだったが、やがてある事実に気づく。
(なんか全然ピンチにならないんですけど…?)
無限に湧いてくるモンスター達は果敢に挑んでくるのだが、タダシが強すぎてピンチになる気配が皆無だ。
(…勇者様に補助魔法かけるのやめようかしら?魔力が尽きてきた事にして。…ダメだ。勇者様、自分で補助魔法かけれるんでした)
なんだかんだ言いながらも補助魔法をちゃんとかけ続けてタダシをフォローしているミーシャ、少しくらい手加減してピンチを呼び込む事のできないタダシ。変なところで真面目な二人なのだ。
せっかく真の二人っきりになってもそれをいかせない不器用な二人は(いっそ早く合流したい…)と思うのだった。
次回は 076 魔王軍幹部会議2 です。