072 分断
タダシを助けるために気合を入れていたミーシャだったが、
(今回は楽ですね)
そんな感想を抱いてしまう。
普段のミーシャとしては戦闘開始時に補助魔法をかけた後は適宜に味方の回復をして、全体をサポートするのが戦闘での役割になっている。
王女という立場上、戦闘に出ていてもミーシャは後方支援に回ることが多いのだ。
しかし、今回は違っていた。
味方が誰一人として傷を負わないので回復する必要がないのだ。
(レイン、強くなりましたね)
この中では唯一ミーシャが実力を知っていたレインだが、もはや実力を知っているとは言えないほどレベルアップしている。ミーシャは剣術は素人だが、レインがあきらかに以前よりも強くなっているのがわかるのだ。
(あの子も結構強い。ポーラ王国であの子よりも強い者が何人いるか)
一番年少であるジュウベイの事はミーシャも特に気にかけていたのだが、こちらも問題なさそうだ。まったく危なげなく戦っている。
(…あの二人はわたくしが心配するにもおこがましいですね)
そしてシンエイとカノンに至っては別格の強さだ。
魔力弾を駆使して戦うシンエイは複数の敵を一度に倒しているし、カノンは『先読み』を駆使して一撃で相手の急所を機械的に貫くことで淡々と処理している。
そのためミーシャは回復魔法の代わりに軍勢にむかって攻撃魔法を放つ余裕があり、これも着実な効果を生んでいた。
完全に包囲していたはずの魔王軍が一方的に倒されていた。しかし、これだけの力の差があっても不思議と誰一人逃げ出す者はおらずその点では不気味だった。
(士気が落ちていない。優秀な指揮官ですね)
ミーシャは自分たちが優勢である事におごることなく冷静に全体をフォローしている。
だが、そのミーシャに褒められた敵の指揮官であるテンプレは動揺を隠せなくなっていた。
「しっ、信じられん、たった30分で500の戦力の半分がやられたのか!」
勇者パーティの賢者が行方不明になったという情報を得て意気揚々とやってきたテンプレは目の前の光景がにわかには信じられない。
本来ならもっと多くの軍勢を動かせるものの、この場に伏せておくには多すぎるので500に絞ってきたのだ。それでも勇者と守護騎士のみならば抹殺するには十分すぎる数だと思っていたのだが…。
勇者のおまけにすぎないと言われていた守護騎士はそれなり強さがあり、人間屈指の魔法使いとまで言われる魔法王女までいる。そして情報になかった子供しにか見えない短剣使いもいるが、これもかなりの腕前だ。
新顔といえば剣と盾で戦う魔法戦士と槍使いの女は下手をすれば八大将級の強さがあるように見える。
さらに勇者に至ってはもはや化け物としか思えない強さだ。八大将を何人も撃破してきたのである程度はやると思っていたが、八大将と同格どころか八大将数人でも太刀打ちできるかどうかといったところだろう。
「勇者の考えている事は頭上に出るはずではないのかっ!そんなヤツがどうして倒せない!」
タダシの特殊能力についてはすでに魔王軍の中で共有されているのでテンプレも知っている。だが、ヒステリックに叫んでいるテンプレも戦闘中のタダシはよほど追い詰められない限り頭上の考えが出ないことまでは知らないのだ。
だが、その叫びは余計な効果を生んでしまう。
「アイツが指揮官か」
内容は聞こえなかったが、黙々と進んでくる軍勢の中で唯一叫んでいる仮面の魔族がこの集団の長だと目して、タダシは一気に突き進んでいく。
その姿を見てテンプレは恐怖に震えながら部下たちに命令を出す。
「なっ、何をしている!勇者を殺せ!ヤツを止めるんだ!」
いくら命令されてもタダシの強さを見た後だったら躊躇しそうなものだが、命令された魔族たちは 体が半分ちぎれかけても止まらずに向かってきている。
これはテンプレの特殊能力の『厳命』の効果だ。
オークキングの『号令』に似ているが、『号令』と違うのは自分の『配下』なら種族が違っても命令できるうえに、溜めを必要としないので連発できるのだ。
だが、その『厳命』を受けたモンスターたちが命の危険を顧みずに向かってきてもタダシを止める事はできない。
やがてタダシの『勇者の剣』こと『棒』がテンプレの身体を打ち据えようとするところをなんとかテンプレが剣で受け止める。
が、すぐにタダシが超高速で棒を伸び縮みさせるすり抜け攻撃によって一撃を受けてしまう。
「ぐはっ!?」
(ばっ、バカな!確かに受け止めたはずだ!)
すり抜け攻撃を見抜けないテンプレは動揺する。もともと『厳命』という他人の力をあてにする能力なので自ら戦うのは他の八大将に比べて見劣りするのだ。
「貴様ら!早くこいつを止めないか!」
『厳命』によってモンスターたちはタダシに群がってくるが、魔力弾によって吹き飛ばされる。
タダシは王宮でシンエイに嫉妬する日々をただ過ごしていただけではない。陰で努力してちゃんとこうして新しい技を覚えている。修行パートは人気がないから…ではなく、選ばれた勇者を演出したいタダシはこうして密かにレベルアップしているのだ。
頼みの部下たちも当てにならず、タダシの攻撃を防ぐこともできないテンプレは「くそうっ!覚えていろっ!」とどこかで聞いたような捨て台詞を吐いて部下を残して転移魔法で逃げていく。
こうなると『厳命』で縛る者がなくなったモンスターたちも散り散りになって逃げ出していく。
満を持して行ったはずの八大将テンプレの奇襲は短時間であっけなく終わったのだった。
*
テンプレの襲撃を退けたタダシはミーシャたちの元に戻る。こちらもすでに戦闘は終わっている。もちろん誰も傷ついていないのでタダシも一安心だ。
「すまない、逃げられてしまった」
そう謝りながらもいつものように本音が頭上に出ている。
〔あんなにすぐに逃げるとは思わなかったもん。一軍を率いていたけど意外と下っ端なんだろうな。たいして強くなかったからなあ…〕
タダシの勘違いに、カノンはため息交じりに解説する。
「逃がしても謝るような相手ではないわ。あいつは八大将の一人、テンプレよ。普通だったら撤退させただけで大手柄よ」
テンプレはいち魔族であるカノンの顔を知らなかったようだが、さすがにカノンは古参の八大将であるテンプレの事を知っているのだ。
「あいつが八大将テンプレ…。どおりで強烈なプレッシャーを感じたわけだな…」
あれで思いっきり下っ端扱いしていくせに真剣な顔をして強敵だったという雰囲気をだすタダシ。
こういった軌道修正はタダシの得意技だ。
そんなタダシを胡散臭そうな目で見ているのはシンエイだ。
(マジでこんな感じなんだな。まあ、それだけタダシが強いと思えばいいか…)
と無理やり自分の感情を納得させている。この賢者はまだレインたちほどタダシのキャラに慣れていないのだ。
その他の者はもうある程度慣れているのでほぼいつも通りなのでタダシもシンエイの視線には気付かないで話を進めていく。
「それじゃあ、遺跡に入るとしようか。何があるかわからないから慎重に行くぞ」
そう言ってタダシが遺跡に足を踏み入れた瞬間、足元で『カチッ』と音がしたかと思うと、勇者パーティ全員の姿がその場から消え去ったのだった。
次回は 073 組み合わせ です。