070 魔剣
「あとどれくらいあるんですか?」
「一時間くらいだな」
シンエイの転移魔法でハクガン公国の南西部に転移してきたタダシ達は一路パフィン遺跡に向かっていた。
直接転移できればよかったのだが残念ながらシンエイもパフィン遺跡には行ったことないのでシンエイが行ける範囲で一番遺跡に近いところに転移魔法で転移してそこから歩いているのだ。
「そもそもシンエイさんは『勇者の盾』を使えるんですか?召喚勇者でもないですが…」
以前タダシの『勇者の剣』を他の者が使えるかどうか試した事のあるレインが疑問を口にする。
他の者でも使えるのかとエスケレスに頼まれて試してみたのだが、持つことはできてもタダシのように自由に形を変える事は出来なかったし、なによりそれほど重くないのに見えない何かがまとわりつているように感じて自由に振ることができなかったのだ。
「それは多分大丈夫だろう。『勇者の剣』だって元副魔王ヒョウゴが使ってたんだろう?それに『勇者の兜』も魔王が使ってたって話じゃないか。おそらく召喚勇者じゃなくても上位魔族なら『勇者装備』を使えると思うんだ」
シンエイはそれなりに説得力のある答えをしているが、今度はミーシャが背の高いシンエイを見上げる。
「盾は『勇者の盾』でいいとしても剣はどうするの?」
盾として最高クラスの『勇者の盾』を持つなら剣が貧弱ならむしろバランスが悪いだろう。
「それには心配ないよ。幸い剣の方は強力なのを持ってるからね」
「へえ、どんな剣なんです?」
「ソウルブレイク。と言えばわかるかな」
わかるかなと視線を送った先はカノンだ。そのカノンはシンエイの期待通りのリアクションをしてしまう。
「ソウルブレイクって三大魔剣の一つじゃないですか!生半可な魔族が持てる物じゃないですよ!でも、あの剣は所在が不明になっていたはずですが…。そのソウルブレイクを持っているなんてあなたいったい何者なんですか?」
普段冷静なカノンが興奮のあまり頬を紅潮させている様子からもソウルブレイクという剣が魔族にとっていかに価値がある代物かわかるというものだ。
そしてもう一人様子が変わっている者がいる。タダシだ。
勇者の自分を無視してどんどん話が進んでいることに焦っている…わけではなく、
〔三大魔剣っ!?なにそれ!?かっこいい!!もう完全に主人公の持つ武器じゃん!名前もなんかカッコいいし…。こちとらスライムみたいな変な棒が武器なんだよ?いいなあ…〕
と『勇者の剣』を『変な棒』扱いして魔剣の存在にテンションが上がっているあれを出している。
そんな事を考えているくせに表面的にはいつもの様に勇者とし理知的な態度でシンエイに語り掛ける。
「魔剣か…。少し興味があるな。その剣を見せてくれないか」
少しどころじゃない興味があるのだがそれ隠して(いるつもりである。本人は)タダシはシンエイに頼んでいる。
その様子にシンエイは肩をすくめながら剣を渡す。
「いいよ。これだよ」
「ちょっと振ってみてもいいか?」
「構わないよ」
シンエイからソウルブレイクを受け取ったタダシは目にも止まらぬ見事な剣技を見せつける。
元々『棒』を使う前は剣を使っていたのでこのくらいの事はできて当然なのだが、
(は~、やっぱり勇者様カッコいいです!)
(勇者様かなり本気でやってますね。ちょっとって感じじゃないです)
(…何がしたいのかしら)
(タダシって時々よくわからないことするなあ。まあ、勇者だし頭から変なモノがでるから他の人間とは違うんだろうな)
(勇者はさすがに素晴らしい剣技だな。俺は接近戦にも自信があるがとても及ばないだろう)
とそれぞれが感想を抱く中で、
「すごいな、こうして振って見るとこの剣の力が使わってくるようだ…これが魔剣…」
とまるで魔剣の性能に心動かされたような言い方をするタダシだが実際は、
〔かあっこいい~!なにこの剣!めっちゃかっこいいデザインなんだけど。『変な棒』とは大違いだ〕
本当はその見た目に惹かれているだけだ。
勇者らしさに憧れているという変な勇者であるタダシは見た目を重視する傾向にあるのだ。
「あっ、そうだ。俺の剣も見てみる?」
と言ってタダシは『棒』を無理やりシンエイに押し付けている。
「シンエイの魔剣も確かにいい剣だけど、俺の剣も『勇者の剣』って言ってなかなかいい剣なんだ。しかも自由に形を変えれてどんな武術を持った者にでも合う万能剣でね」
タダシの発言は一見、シンエイの魔剣に対して自分の『勇者の剣』も引けを取らない代物と単純に自慢しているようにもに見えるが、その頭上にはシンエイの魔剣を構えてカッコよくポーズをとっているタダシの姿がしっかり映っている。
(…もしかして勇者様、シンエイさんの魔剣と『勇者の剣』を交換しようと思ってるんじゃあ?)
一番付き合いの長いレインはタダシの考えを早くも察しはじめている。
「…なんかこの剣、ものすごく手になじむなあ。そう言えばシンエイは上位魔族だったな?ということは『勇者の剣』も使えるんだろうなあ」
魔剣を手にしたままシンエイの方をチラチラ見るその様子はあきらかに魔剣を欲しがっている。
こうなった時のタダシに声をかけるのはなかなか難しいのだが、
「タダシさあ、もしかしてシンエイの剣が欲しいの?」
今回は映像だったのでジュウベイにもタダシのあれの意味が分かった様で無邪気にきいている。
「いっ、いや、そんな事はない。ただ、シンエイも『勇者の剣』の方が使いやすいかなって…。もちろん俺だって『勇者の剣』をそう簡単に手放す気はないし…。まあ、それなりの剣となら交換する事を考えないでもないんだけど…」
(いっ、意外と鋭いな。ジュウベイも子供だからといって侮れないな)
鋭いも何も誰が見てもわかるのだがそんな事を知らないタダシは焦りだす。
「ねえ、見た人間が欲しがるような変な魔法がかかっているじゃないでしょうね?あの剣」
タダシのあまりの欲しがりようにミーシャがシンエイにコソコソときくと、
「そんな効果があるわけないだろう。だいたい欲しがっているのはタダシだけだろ」
「…そうだけど」
確かに欲しがっているのはタダシだけで他の者は誰も欲しがっていない。
「じゃあなんで勇者様はあんなに欲しがっているのよ」
「その答えはあれにでてるだろうが。…カッコいいからだろ」
シンエイには理解しがたい理由だったがあれに出ているから間違いないだろう。
その間にも魔剣を欲しがっている事を隠さない、というか頭上にだだ洩れにしているタダシの様子を見てタダシに甘いミーシャは、
「ねえ、いっそ勇者様と剣を交換してあげたら?」
とんでもない提案をシンエイにし始めて、大げさにため息をつかれている。
「…あのなあ、俺が魔剣と『勇者の剣』を交換して、その後『勇者の盾』を装備してみろよ。俺の方が勇者より『勇者成分』が多くなっちゃうだろうが」
「…それはダメだわ」
『勇者装備』の半分を賢者が装備している勇者パーティなど前代未聞だ。そうなったらタダシは『勇者の鎧』を装備しているだけの人になってしまう。
「そう思うなら姫さんは俺を説得するよりも勇者を説得しろよ。たぶん姫さんから言う方が効果があるよ」
「え?そんな事はっ!それにどう言えばよいのか…」
「かわいい顔して『やっぱり勇者様には『勇者の剣』が一番似合いますね』とかなんとか言えば大丈夫だろ」
エスケレスが以前タダシに『棒』の使用を勧めた時と比べてかなり雑な事をいうシンエイだ。
「そう上手くいくかしら」
(勇者様はそんな簡単な方ではないと思うけど…)とまだタダシに夢を見ているミーシャは半信半疑だが…。
勇者はちょろかったわけである。いつも通りに。
次回は 071 パフィン遺跡 です。
久々に戦闘パートに入ります。