068 元賢者
守護騎士レインは困惑していた。
(いきなりこんな所に連れてきて何をするつもりなんでしょうか)
レインは王宮外れの深い森の中で、自分をここに連れて来た主であるシンエイを困ったように見ている。
王宮でたまたま会ったシンエイに「ちょっと見て確認してもらいたいものがあってね。いいかな?」と言われてレインは気軽にうなずいたのだが、いきなり空間転移を使われるとは思っていなかったのだ。
(そう言えばこの方は魔族だから自分自身にも補助魔法を使えるのよね)
魔族であるシンエイと二人きりになっていることに少し軽率だったと思うレインだが、シンエイはそんなレインの思惑に全く気付かないのか自分の見せたいものを披露するための作業を開始している。
「これだよ」と一瞬で右手に魔力弾を収束させると、それを放って森の一角を吹き飛ばしている。
(…すごい。やはりこの魔力弾はノータイムで撃てる魔法とは思えない威力です)とレインが息をのんでいると、
「魔王と比べてどうだ?率直な意見を聞かせて欲しい」
シンエイはレインの方を振り返ってくる。どうやらこれがシンエイの確認したい事らしい。
吹き飛ばされた場所を見回したレインは、以前魔王によって吹き飛ばされた森の様子を思い出しながら答える。
「素晴らしい威力だと思います。しかし、魔王の攻撃に比べると20分の1くらいかと」
「全力でやってみたんだが…。その程度か」
さほど残念そうには言っていないが、それでもシンエイは落胆しているようだ。
「十分すごい威力だと思いますけど…」
レインが遠慮がちにフォローしてくると、
「そりゃあ俺は天才だからね」
と本気なのかどうかわからない表情でシンエイは答えてくる。
(この調子なら心配する必要はなさそうね)
「そう言えばエスケレスさんの事はエイサイから何かきかなかったんですか?」
話をかえるようにレインがシンエイに尋ねている。
エイサイが去った後の話し合いではそれ以上きける雰囲気ではなかったのできかなかったが、やはり気になっていたらしい。それに確定的な事をきいてエスケレスの死が現実になる事もレインは恐れていたのだ。
「父さんの事はエイサイもはっきりとした事はわからないらしい。だから何もわからないな。だけど…」
「だけど?」
「父さんの事だからなあ。仮に本当に死んでいたとしても死んでいる証拠を見つける方が難しい気がするよ」
ボヤキ声を出しならよくわからない理屈を言うシンエイに「確かにそうですねえ」とレインも思わず同意するのだった。
*
魔王軍側にタダシの特殊能力がすでに知られてしまっているので以前ほどは神経質にタダシの情報を隠さなくてもよくなっていた。そのためミーシャはタダシに城の中をある程度自由に歩かせている。隠さなくてもよくなったというのがその理由だが、単純にミーシャがタダシに甘いだけだろう。
しかし、それによって勇者の目撃情報が城のあちこちで上がるようになってきたのだが、ある問題が出てきていた。
もちろん勇者の頭上にその考えている事が出るという特殊能力についてだ。
「目撃されるのは構いません。ただ、勇者様本人のあれの事を知られるのは避けたいところですね。いっそのこと勇者様自身には伝えない事を厳命してあれの事を公表した方がよいのでしょうか」
あえて公表してその秘密が本人に伝わるのを防ぐ事をミーシャは考えたが、相談を受けたシンエイは首を振る。
「いや、ダメだな。いくら厳命しても『勇者本人のために』とかいう変な正義感を持ったヤツが本人に伝えかねないだろう。そういうおせっかいなヤツはどこにでもいるもんさ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
この姫は高貴な生まれだけあって人を信じすぎるお人好しな面がある。
「でも、勇者様を閉じ込めておく事もできませんし、かと言って勇者様に対する皆の好奇心を抑えるのも難しそうですね…」
「それなら大丈夫だ。すでに手を打ってある」
「そうなんですか?さすがですね」
シンエイがエスケレスばりに自信たっぷりに言うので、ミーシャもつい感心してしまう。
エスケレスの時もよくあったが、こちらが困っていることを相談する前にあらかじめ対策を講じているのはさすがに賢者といったところだろうか。
だが、感心していたミーシャも次のシンエイの言葉に顔をこわばらせる。
「勇者の頭上に姫さんの怨念がでるっていう噂が出ていたからな。それを逆手にとって『姫の怨念』を見たら呪われるっていう噂を流しておいた。これで勇者の頭上に何か出ている時に近づこうとする者は減るだろう」
「なにしてくれてるんですか!」
変な噂が出ているのはミーシャも知っていたが、それを打ち消すどころか増長させているシンエイに対して怒りの声を上げる。
(そういえばエスケレスもあらかじめ対策をしてくれていましたが、目的のためには手段を選ばないんですよね。ホントに似た者親子です)と嫌な事を思い出していた。
顔をしかめているミーシャの批判をかわすようにシンエイは話を続ける。
「そう言うなよ。ちゃんと姫さんの事を考えて他の事もすすめてるんだから…それそろ来る頃だろう」
「来るって誰がですか?」
「超強力な助っ人だよ」
そう言ってシンエイはニヤリと笑うのだった。
*
「お久しぶりです、ソフィーさん」
勇者が挨拶しているのは試練のほこらを守っていた老エルフであるソフィーだ。かつての勇者パーティの一人でエスケレスの師匠でもある。
「久しぶりだね、勇者。それにレイン。あんたらが無事でよかったよ。それにしてもバカ弟子たちは迷惑ばっかりかけてくれるね」
どうやらシンエイもエスケレス同様にソフィーの弟子らしい。
「もう少し早くこれなかったのかよ」
エスケレスもそうだったが、どうもこの賢者の子弟は言葉使いに遠慮がない。堅苦しいのが嫌いというおよそエルフらしくないソフィーの性格によるものらしい。
「これでも急いできたんだよ。試練のほこらを封印したり、色々準備があったんだよ」
勇者の証をタダシに渡したので、試練のほこらは一応の役目を終えているがさすがに放置はできなかったらしい。
「この方、そんなに強いんですか?」
ソフィーに初めて会うミーシャがシンエイにきいている。どう見ても普通のおばあさんにしか見えないのだ。
「総合的な戦闘能力なら俺も引けを取らないけど、魔法に関しては俺より数段上だよ。たぶん魔法だけなら今でも世界で2番目だよ」
シンエイより魔法が数段上というその言葉が本当なら確かにすごい助っ人だろう。
「ところであたしに何しろっていうんだい?」
ソフィーは早速本題に入っている。長命のエルフにしては気の短いソフィーは回りくどいのは好きではないのだ。
「姫さんの代わりにこの国を守ってもらいたい。姫さんには魔法戦力の底上げに勇者一行に加わってもらおうと思っている」
「なるほどねえ。でも魔法戦力の底上げならあたしが勇者について行ってやってもいいよ。そうすりゃあ、姫が国をあける必要もないだろう?」
「え?それは…」
ソフィーの意地の悪い提案にシンエイではなくミーシャの方が動揺する。
シンエイの方は(相変わらず性格悪いな)とソフィーがミーシャの意志を知っていながらからかっているのがわかって顔をしかめている。
「あたしはここで留守番してもいいし、勇者について行ってもいい。勇者はあたしと王女とどっちと行きたいんだい?」
「フヒヒッ」と人の悪い笑みを浮かべているソフィーの問いに、タダシは「そうですね…」と真剣な顔で考えるフリをしているが当然その頭上には、
〔たぶん実力で選ぶならソフィーさんなんだろうけど…一緒に旅するならおばあちゃんよりは絶対美少女!そんなのきかれるまでもないよ。完全に一択だろ。…と言ってもそれをそのまま言うのはまずいよなあ。「おばあちゃんより美少女です!」ではさすがにカッコがつかない。なんかいい言い方ないかなあ…〕
とすでに答えは出ている。
このようにタダシの中ですでに答えが出ている事をあれで皆知っているわけだが、悩んでいるフリをしているタダシの茶番にこの後30分ほど付き合わされるのだった。
次回は 069 勇者の盾 です。