066 勇者の仲間
シンエイがエイサイの正体を明かしたことにより部屋の中を沈黙が支配していた。皆、何を口にしていいのかわかならないのだ。
エイサイは何と言っていいかわからなかったし、他の者たちは何と声をかけたらいいかわからなかった。
ただ、衝撃の事実を知らされた時に普通ならなるはずの重苦しい沈黙ではなく、どことなくおかしな空気になっていた。
それは主に頭上から変なものを出す勇者のせいだった。
その勇者も他の者たちと同じようにその場の雰囲気にあった深刻な表情をしているわけだがその頭上からは、
〔いやあ、八大将エイサイにあんな出生の秘密があるなんて熱い展開になってきたなあ。でもこれって仲間フラグだよね。敵の幹部が仲間になるのは王道だけど、やっぱりテンション上がるなあ。エイサイは少年だけど見た目も悪くないしこれは人気がでるぞ)
こんなあれを上げている始末だ。
タダシは声に出しているわけではないので表立って抗議はできないが、
(困るなあ…)
とシンエイは心の中で頭を抱える。
(エイサイを仲間にするための言葉は慎重に選ばなければならないと思っていたのが、台無しだ)
そんなシンエイの悩みを知らないタダシは〔みんな黙ってるなあ。ここは勇者として俺が口火を切らないといけないかな〕と更に余計な事をしてしまう。
「これからどうするんだ?」
タダシは自分の考えが漏れだしているとは知らないから、勇者らしく毅然とした態度でエイサイに語り掛ける。
低い声だが暖かみのある調子なので威圧感はなくあくまでエイサイの意思に任せようという気持ちがあるように聴こえる。表面的にはこの場に合った理想的な声かけだと言える。…あれさえなけば。
エイサイはタダシの方(頭上)をチラリと見て、
「僕はお前たちの仲間にならないぞ」
と冷たく答える。当然の反応だろう。さすがにこの状態で仲間になるとは言いにくいのだ。
「エイサイ、お前の事を騙して利用していたのはむしろ魔王軍の方だぞ。それはもうわかっただろう」
シンエイは真剣な顔で説得を試みるが、エイサイは首を振る。
「そうかもしれない。だけど、今更人間の味方をするには僕は人を殺しすぎているよ。それに異世界人である僕はこの世界の人間の味方をする義務もないからな。」
異世界人であるタダシがなんのメリットもないのにこの世界の人間の味方しているのがおかしいとばかりにタダシの方を見ている。
〔そう言われるとなあ…。異世界召喚されて変に上がっていたテンションでほとんど考えずにノリで決めたからなあ…〕
そんな事を頭上に浮かべながらもタダシは、
「俺が決めたのはミーシャ姫から話を聞いてお願いされたからだよ。この世界の現状を説明されて俺なりに真剣に考えて人間に味方することに決めたんだ」
とほとんど考えていなかった事がバレているにも関わらず、もっともらしい事をもっともらしい顔で言っている。
もちろんこれにエイサイの心が動くわけもない。(ノリで人間に味方しただけじゃないか。何が真剣に考えてだよ)と軽くため息をついている。
そんなエイサイに今度はミーシャが切り出していく。
「では、改めて私からもお願いします。我々とともに魔王軍と戦って頂けないでしょうか。人を殺したと言っても戦う覚悟ができている兵士たちで、あなたやゴウユウは八大将の中でも一般人に手を出していないでしょう。魔王軍の幹部である八大将であったあなたの事を受け入れるのは確かに容易ではありませんが、不可能ではないと私は思っています」
一国を担う姫にふさわしい凛とした物言いに、エイサイも少し話をきこうという態度になるが
〔おおーっ、姫のような美少女が真摯に頼むのはいいよね!俺もこれで落ちたんだよなあ。ある意味色仕掛けだよね〕
とタダシの余計なあれが出たせいで、
(色仕掛け?わたくし、そんなつもりはないのに…。このままでは勇者様に誤解されてしまいます…)
「まっ、仲間になりたければなってくださってもよいですわよ?」
と路線変更して上から目線でやり直すミーシャを(せっかく、エイサイがちょっと話を聞こうとしていたのに)とシンエイが苦々しく見ている。
まるで漫才の様なやり取りに呆れていたエイサイだが、やがて決心したのか、
「僕は魔王軍には戻らない。だけど、お前たちの仲間にもならない。僕は僕のやり方で魔王に復讐する」
と少しカッコつけた様に宣言するエイサイ。しかし、その決意に水を差すように、
〔どうせ魔王軍と戦うなら一緒に来ればいいのに。強情だなあ…。なかなか素直になれないんだ。まるで子供だなあ〕
とタダシがこれまた余計なあれを出している。
(ほんっとうに言いにくい事を思うね。この勇者は!)
エイサイは口元をヒクヒクさせてポーカーフェイスが崩れつつあったが、タダシの頭上の事は黙っていた。本人がこの特殊能力の事を知ってしまえばシンエイたちに迷惑がかかると思うからだ。(僕はそこまで子供じゃないからね)という事らしい。
この後もシンエイが言葉を尽くしてエイサイを説得し続けたのだが、エイサイの気持ちは変わることはなかった。魔王軍には戻らないが勇者たちと共闘する気はないと改めて主張すると、転移魔法で去っていく。
エイサイの姿が消えた後、シンエイは(勇者の特殊能力もいい効果ばかりじゃないんだな。父さんはこんな厄介な能力を持った勇者をよく制御してたな…)と改めて養父であるエスケレスさの偉大さを思い知るのだった。
*
シンエイはエイサイの話し合いの場にいなかったレイン、カノン、ジュウベイに自分が魔族である事やエイサイが異世界から召喚された人間である事を話していた。
公にする必要はないがこれから旅するかもしれない仲間たちには話しておくべきだと思ったのだ。
「そんな秘密がエイサイにあったのですね…。しかし、どうして私たちと共闘する道を選ばなかったなのでしょうか」
シンエイの話を聞き終わったレインが素直に疑問を口にする。
主にそれは勇者のせいなのだが、本人に自覚がない以上それを話す事もできないのでシンエイが口ごもっていると、
「思ったよりも兄弟の確執が強かったみたいです」
ミーシャが真面目な顔で残念そうにいうと、「ああ~なるほど」それで言いにくかったのかと皆が納得している。
「お、俺のせいか?」
たまりかねてシンエイが口を挟むが、
「だって、後半はほとんどあなたがエイサイと話をして説得してたじゃないですか。わたくしと勇者様はあまり話をしていませんよ」
ミーシャは素知らぬ顔で一応事実である事を言う。…事実ではあるだけに絶妙にタチが悪いが。
(頭上!頭上!頭上に出しまくってたヤツがいるだろう。あと、勇者の反応を気にして対応かえたヤツも!)
そんな事をシンエイは思うが筒抜け勇者と違ってその考えが皆に知られる事はない。知られない事も案外不幸なのかもしれない。
「まあ、誰のせいとかはいいではありませんか。現実としてわたくしたちの仲間にならなかったものの、魔王軍から八大将が1人離脱することになったのですから魔王軍が弱体化したことには違いありませんからね」
そう言って話をしめたミーシャを(俺、この姫嫌いかも)とシンエイは睨みつけるのだった。
次回は 王宮の噂 です。