06 勇者の旅立ち(夜逃げ)
勇者タダシが旅立つ日がついに来た。
旅立つ前に呼ばれた謁見の間にはタダシ以外にはミーシャとレインとエスケレスだけだ。
「勇者タダシ様。困難な旅を引き受けて下さって本当にありがとうございます」
深々と頭を下げるミーシャに、
「姫、顔を上げてください!俺はちっとも困難なんて思ってませんよ。不謹慎ですがちょっと楽しみでもあるのです!」
〔ついに旅立ちかあ・・・。ずーっと城の中に閉じ込められて退屈だったんだよなあ。正直ちょっとわくわくしてる!〕タダシの頭上は表現こそ違うが、おおむね実際のセリフと同じ内容が浮かんでいる。
それを見てミーシャは少しホッとする。いくら口で「大丈夫です!」と言っていても本心ではイヤイヤ旅立たれていたらやはり気になっていただろう。
「こちらにいる守護騎士レインと賢者エスケレスを旅の供としてお連れ下さい」
「お二人がいるのは心強いです」
誠実な様子で短く答えるタダシだが、いつものように頭上では雄弁だった。
〔前衛タイプと後衛タイプが一人ずつか。なかなかバランスがいいよね。でも、できればミーシャ姫にも付いてきてもらいたかったなあ。かわいいし。一国の姫だからそんなわけにはいかないんだろうけどやっぱり姫も付いてきてくれたらよかったなあ〕
そんなタダシの頭上の言葉を見てミーシャは(ああ、やっぱり私、この人好きかも)と頬を染める。
この程度の事でミーシャがタダシを好きになるのは理由があった。
ミーシャは今まで『召喚をした姫』と言うことだけで、勇者たちから理不尽に『絶対に腹黒い姫』と思われていたのだ。
容姿としては間違いなく美少女で、それも気が強いタイプではなくおっとりとした美少女なのだが、それが見ようによってはあざとくも見える。
ミーシャとしては藁にも縋る思いで召喚した勇者たちの機嫌を損ねないように誠心誠意、魔王討伐をお願いしていたのだが、勇者たちからはその姿すらも白々しく思えたのか『この姫には裏の顔があるな。たぶん、俺を利用するだけ利用して役目を果たしたら盛大に裏切るに違いない』と決めつけられていた。
ミーシャは召喚した側という後ろめたい気持ちがあるので強く出れなかったのだが、正直なところ悪女扱いには心を痛めていたのでタダシのように普通に姫として敬愛する態度を見せられると、ものすごく嬉しく思ってしまうらしい。
そのためタダシを召喚してからはちょいちょい姫扱いされるために顔を出していたのだ。
民たちに『姫様は男運がない』と言われているミーシャだが、ある意味ちょろい感じの姫になっていた。
一瞬、頬を染めたミーシャだったが気を取り直してタダシに金貨の袋を渡す。
「こちらが当面の旅の資金になります」
「ありがとうございます!」
タダシはいい顔でハキハキとお礼を言っているが、
〔・・・旅の資金、これだけか。レインにきいた金銭価値でいくと節約しても半年も旅をすればなくなるんじゃないの?魔王討伐なんていう大変な旅に送り出すにしてはちょっと少なくない?まあ、こういう時のお金って少なめなのが定番なんだろうけど〕頭上にはハッキリとあれが出ている。
「・・・少なくてすみません。元々は十分なお金を持って勇者様には旅立っていただいていたのですが、今までの『勇者様のため』に使ってしまって我が国の国庫はあまり潤沢ではないのです」
申し訳なさそうに言うミーシャにタダシは慌てて愛想笑いをする。
〔やばっ、顔に出てたかな。それしてもやっぱり魔王討伐はそう簡単にはいかないんだなあ。そっかー。今までもたくさんの勇者が旅立っていればそれは資金もなくなるよね〕タダシは『勇者様のため』を今まで召喚された勇者の旅立ちのために使われたと思っているが、
(タダシ様、違うんです、『勇者様のために使った』のは旅立ちの資金ではなくて、勇者様によって破壊された損害を補うために使われたのです)ミーシャはしょうもない理由で旅立ちの資金が少なくなっている事を心の中で謝罪するが言葉にはしない。その代りに、
「タダシ様。これをお持ちください。売ればいくばくかのお金になると思います」
自分がはめていた指輪をタダシに差し出す。
「姫?!それは・・・!」
レインが慌てて止めようとするが、ミーシャはそれを手で制する。
「よいのです。タダシ様、受け取ってくれますね」
ミーシャに見つめられたタダシは素直に受け取るが、
「・・・わかりました。しかし、これは売りません。必ずこれをもってあなたの元に帰ってきます!」
〔いやあ、さすがにこれは売れないだろ。これを売ったら完全にヤバい奴じゃん。店に持っていったら『それを売るなんてとんでもない』ってでるやつだよ〕タダシはカッコよく決めているが頭上のあれがいろいろ台無しにしている。
しかし、そのあれを見てもタダシに惚れているミーシャはまんざらでもないような反応をしているので、レインは(姫様・・・それはちょろすぎます)と思うのだった。
*
ミーシャとの別れをすました後、深夜になるまでタダシ達一行は城の中に留まっていた。そして完全に皆が寝静まった頃にようやく出発することになった。
「なんでこんな夜中に出発するんだ?」
すっかりため口のタダシの問いにレインは
「勇者様が魔王討伐の旅に向かう事が城下の人達に知られてしまったら、勇者様を一目見ようと大勢の人が集まってきます。そうなると収拾がつかなくなりますから人知れず旅立つために夜に出発するのです」
「そうか。騒ぎを起こしてしまうんだな」
例によって表面上は納得しているタダシだが、
〔うーん、せっかくなら皆に盛大に見送られながら旅立ちを見送りしてもらいたかったけど。多少の混雑があっても魔王討伐の勇者の旅立ちってそういうのじゃないのかな〕頭上では不満たらたらだ。
タダシの頭上のあれを見てレインは心の中でタダシに謝罪する。
(すみません、勇者様。あなたのその頭上に浮かんでいるものを皆に見せるわけにはいかないのです)
タダシは基本的にはいい人間なのでその本心を見られたところでそれほど問題はなさそうだが、やはり大勢の人間の前に出たときにタダシがどんな心理状態になるかわからない。
何より子供たちに見せてしまうと「あー、勇者様の頭の上になんかあるー!」と言われてタダシにバレてしまう可能性もあるのだ。
大人なら変なものが見えていても(もしかして自分しか見えていないかも?言ってもいいだろうか?)と慎重になるだろうが子供はそこまで考えずに見たままに言ってしまうだろう。
そんな事態にならないようにこうして夜中に城の裏口から密かに出ているのだ。
「勇者よ、不満そうだな」
核心をついたエスケレスの言葉に、タダシは
「いえ、そんな事はないです」
〔・・・だってこれじゃあまるで夜逃げだよ〕否定しながらもタダシの頭上にはしっかり不満の文字が出ている。
そんなタダシをじっと見てエスケレスはわざとらしくため息をつく。
「お前は少々騒ぎが起こってもいいと思っているようだな。しかし、そんな事したら魔王軍に勇者の旅立ちを察知されるだろうが」
「・・・なるほど」
〔確かになあ。ゲームとかではよくある光景だけど言われてみたらとんでもなく不用心だよね。魔王軍に筒抜けじゃん〕自分が一番筒抜けのタダシの頭上には素直に感心している様子が現れているが、ただ単にタダシの頭上のあれを城下町の人たちに見せたくなかっただけだと知っているレインはエスケレスの姑息なやり方に密かにため息をつく。
(こういう言い訳をさせたらエスケレス様は天才ですね)
レインの言いたいことに気付いたのかエスケレスは
「真面目に魔王討伐を考えたら当然の事だ」
どっちに言っているかわからないような事を言うのだった。
多分土曜日に07試練のほこらを投稿します