062 同行者
「仕方ありませんね。ここはわたくしが同行することに致しましょう」
タダシの部屋の前でブツブツとつぶやいているミーシャ。どうやらリハーサル中の様だ。
エスケレスがいないという現状ではタダシ達勇者一行には強力な魔法使いがいない。レインはこの王宮から旅立った頃に比べると格段に強くなっているが、それはあくまで戦士としての強さだ。魔法はたいしてレベルアップしていない。
タダシ自身は確かに強力な魔法が使えるし、召喚勇者の特性で補助魔法も自分自身にかけれるので問題ないように見えるが、今回のように本人が傷つくこともあるし、やはり強力な魔法使いが仲間に必要だろう。
(ポーラ王国5人衆が「同行したい」だのごちゃごちゃ言ってきていましたが、彼らはツキノワを守るという使命がありますからね。ツキノワから離れさせるわけにはまいりません)
どうやらミーシャはポーラ王国5人衆がその立場からツキノワから離れるのを制止しておきながら、ポーラ王国王女という立場の自分が王国から離れるのは問題ないという謎理論を展開しているらしい。
こうしてみるとエスケレスがいなくなっているという事実に対して、ミーシャの態度は冷たすぎるように見えるが、そう単純な話ではない。
王女としてのミーシャは一人の死にこだわり過ぎないよう自分を律するようにしている。少なくとも表面上はそう見せるように努力しているのだ。
また、それ以上にエスケレスの死に関して、ミーシャには実感がない。
実際にその場にいてエスケレスに逃がしてもらったレインは絶望的な状況だったことを肌身で感じていたが、話を聞いただけのミーシャにはエスケレスならどうにかして逃げのびているのではないかと思えてしかたないのだ。
もしかしたらレインも逆の立場で実際に自分があの場面に立ち会っていなかったら、エスケレスの死を疑っているかもしれない。
それだけエスケレスという人物はしたたかな、そう簡単に死なない者と皆に思われている。
「タダシ様、ミーシャです。入りますよ」
声をかけるものの、返事を待たずに入るミーシャはやはり王女なのだろう。自分の城なので遠慮がない。
だが、急に入ってきたミーシャにタダシ達が驚いたのはもちろんの事、ミーシャ自身も驚いていた。
この部屋に先客がいたからだ。
あれがあるタダシに会えるのはこの王宮内でも限られているはずなのだが、見慣れない物凄い美少女とかわいらしい少年がいる。
「この方たちは…」
ミーシャが困惑しながらたずねると、
「あー、なんて言うか旅で知りあった友達?です」
「そ、そうです。友人です」
慌てた様子でタダシとレインが目くばせをしているが、タダシの頭上にはいつも通りにあれが真実を述べている。
〔…実は魔族なんて言ったら、姫もひっくり返るだろうなあ〕
それを見てミーシャ、レイン、カノン(見慣れない美少女)はそろって目を丸くして、お互いに気まずそう顔を見合わせる。
あれには反応してはいけないと思いながらもさすがに見過ごせないと思ったのかミーシャは確認する。
「…魔族の方なのですか?」
「まあ、そうですね」〔…なんでわかったんだろう??〕
きまりが悪そうにタダシが答えると、それに続いてジュウベイが、
「俺たちは悪い魔族じゃないよ。魔王軍じゃないし」
とでしゃばってくるのを制してカノンが、
「不都合があるならすぐに立ち去ります。私としても人間と事を構える気はありませんから」
と静かに答えて帰ろうとするのをミーシャが引き留める。
「いえ、魔族であっても勇者様たちが友人とおっしゃる方を追い出すような事はいたしません。ただ、事情は説明して頂きたいのです」
レインがカノンたちとの出会ってからの事をミーシャに説明する。タダシが話していたらあれが気になってなかなか話が進まないからだ。
彼らは元副魔王ヒョウゴの家族で、相当の実力者であるヒョウゴにタダシは修行させてもらい、さらには『勇者の剣』まで授けられた事までレインが話したところで、ジュウベイがちゃちゃを入れてくる。
「それにしても…タダシも真面目な顔して隅におけないよねえ、こんな可愛い人が待っていたなんてさ」
子供のくせにこういう話が大好きなジュウベイがニヤニヤしている。ミーシャの顔をまじまじと見ていたジュウベイだが、そんな事を考えていたらしい。
「こら、失礼な事を言うな!…すみません、姫。何分子供の言う事ですからお気になさらないでください」
少し怖い顔でジュウベイを叱りつけるタダシだが、
〔まったく、こいつは何をいうんだよ。あせるわー。そりゃあ、姫の事は好きだけどそんな事は言えるわけないだろう〕
と頭上のあれで普通に告白してしまっている。
「いえ、構いません」
とミーシャも気品ある態度で答えているが、
(あせったのはこっちです。それにしても…この子なかなかいい子ね。あとでお菓子でもあげようかしら…)
とニヤニヤしそうになるのを必死にこらえている。
「話を本題にもどしてもいいかしら?」
カノンが少しうんざりした様子で話をもどす。
「そのお祖父様が戻らないのです。森で大爆発が起こった後に血相を変えて「こりゃ、いかん」と飛び出していったきり戻られないのです」
「ヒョウゴさんが?」
この話に入る前にミーシャが入って来たのでタダシも知らなったらしい。
「ええ。お祖父様は昔からふらっと出かける癖がありますから、ときどき家を空ける事があるのですが、今回はいなくなった経緯が経緯ですから心配になったのです」
沈痛な面持ちのカノンに対して、
「でも、じいちゃんをどうにかできるのはこの世界でも魔王くらいだろ?心配ないって!」
ジュウベイは割とお気楽な感じだ。
〔いや、相手はその魔王なんだよなあ…〕とタダシのあれがでるがジュウベイは人間の文字が読めないからわかっていないが、
「あんたは少しは勉強しなさい」
と人間の文字が読めるカノンにわけもわからず叱られている。
「まあ、そういうわけで私はここを訪ねてきたのです。タダシ達の様子を見に行ったお祖父様の行方を捜すために、まずはタダシ達にあの大爆発の時の状況を聞く必要がありましたから」
「そのことなんだが、俺はすぐにやられて意識がなかったし…」
「私がエスケレスさんに逃がしてもらうまではヒョウゴさんは現場には来てませんね」
力になれなくて申しわけないとタダシ達に頭を下げられたカノンは少し考えると、
「…そうですか。タダシ、もしよかったらあなたの旅に同行させてもらえないかしら」
「え?そりゃあ、カノンが同行してくれるなら心強いが…」
「お祖父様の行方を捜すにはそれが一番近道だと思うのです」
それ以外には特に他意のないカノンだが、ミーシャが厳しい顔でたずねる。
「しかし、勇者様たちに同行するとの事ですが、カノンさん、あなたは魔法はどの程度使えますか?」
ミーシャの問いに、カノンは少し謙遜して答える。
「私は魔法はそれほど得意ではないわ」
こんな事を言っているが実際には人間の魔法使いの一流どころでもカノンより魔法を使えるのはほとんどいないだろう。
だが、その答えはミーシャの望んだものだったようで
「現在の状況を考えると、わたくしは姫として万全な仲間がいる状態でなければ勇者様たちを旅立たせるわけにはいきません」
さも、もっともらしい事を言っているがその顔はすこしニヤけている。要は自分がついていきたいだけなのだ。
「やはりそうなると勇者様に同行する魔法戦力が必要になってきますね」
とここまでミーシャはがしかつめらしい顔で続けたところで、
「それなら心配いらない。俺が同行しよう」
そう言って入ってきたのはタダシ達と同年代の一人の少年だ。ハッとするくらいの美少年だが、少し軽薄な感じもする。
「誰です?どうやってここに!」
肝心なところを邪魔されたからというわけではないがミーシャは美少年にも容赦はしない。今までの召喚勇者のせいで自信たっぷりな美少年に対してこの姫はかなり不信感を抱いているのだ。
また、カノンたちといいこの城の警備に対する不満もあいまってつい厳しい口調になっている。
そんなミーシャの見幕に少年は全く動じないで答える。
「俺はシンエイ。賢者エスケレスの息子だよ」
「…!」
まるでエスケレスを思わせるようなふてぶてしい少年の態度に皆一様に驚いて声も出ないが、
〔…エスケレスさんって子供いたんだ?意外…〕
とタダシの頭上には少し緊張感を欠いたあれがでるのだった。
次回 063 賢者の子 です。