059 閃光
「勇者様!」
「レイン、エスケレスさん!」
小屋に戻ってきたタダシにレインが急いで駆け寄り、エスケレスも気持ち早足になっている。
無事の再会を喜びあう3人だがちゃんと相手の顔見ている1人に対して、2人はつい顔より少し上を見てしまう。
〔2人とも無事でよかった。八大将相手によく勝てたなあ〕
「あっ、ちゃんと戻っているみたいですねえ」
「そうだな。よかった」
勇者自身が無事だったことよりも、勇者のあれが無事に戻ったことを喜んでいる二人だ。
別にタダシの身が心配じゃなかったわけではないが、いまさら八大将程度に一対一でタダシが負けるとは思っていないのだ。
「戻ってる?」〔戻ってるってなんだろ?〕
言葉とほぼ同じあれを浮かべるタダシに対して、
「えっ、えーと、勇者様が戻ってこられてよかったってことです」
「そうそう、そういうことだ。ところでこっちの八大将はニトリーってヤツを倒したんだが、そっちはロウカイを倒したのか?」
レインとエスケレスがごまかすように話を変えると、
「はい、そうです。なかなか強いおじいさんでしたが確かに倒しましたよ」
〔うん、確かに倒したよね。嘘は言ってない〕という文字と共に地面に倒れ伏して懇願しているロウカイの姿がタダシの頭上に浮かび上がっている。
どうやらタダシがロウカイにとどめを刺していない事を知ってレインとエスケレスは顔を見合わせる。
(見逃したのか…。甘い事だが、そこがこの勇者の恐ろしさだな)
エスケレスはタダシがロウカイを見逃した甘さに呆れるよりも、あらためてタダシの強さを思い知って少し戦慄している。
自分とレインがニトリーに確実にとどめを刺したのは、何者かが用意した(ほぼ予想はついているが)自分たちにかなり有利な条件で戦えるこの機会を逃したら100%勝てない、もう二度と戦いたくない相手だと思ったからだ。
一方で見逃すという行為はその相手ともう一度戦う覚悟を持つことだ。
それも、もう一度戦っても確実に勝てると思うときにする事だろう。そう考えるとタダシはロウカイにそれだけの余裕をもって勝ったことになる。
(これならあるいは魔王でも…)
と色々考えているエスケレスと違って、レインは素直に(見逃したのですね。まあ、勇者様らしいって言ったら、らしいですね)とタダシの優しさに感心している。
「そうそう、こっちはカノンさんが助けてくれたんですよ。カノンさんが後から現れたニトリーの部下を抑えてくれたのです」
「そうなのか?ありがとう、カノン」
「…別にあなたを助けたわけじゃないから」
いつもどおり素っ気ない言い方のカノンだが、
〔はっ、これはツンデレ!まさにツンデレっ!〕
というタダシのあれを見て嫌そうに眉をひそめる。
「しかしよかったのか?こんな風に魔王軍にケンカを売るような真似をして…」
エスケレスはカノンが自分たちに助力したくれた事の重大さをヒョウゴに確認するが、
「はっはっは。心配はいらん。この森にはわしが魔法をかけているから、普通の者ではこの小屋にはたどり着けんようになっとるのじゃよ。八大将クラスでもわしが許可せんと簡単にはここにはこれんのよ」
ある意味自分が八大将の2人をこの森に呼び込んだと自白しているヒョウゴだが、お気楽勇者と生真面目女騎士は気付いていない。ひねくれ賢者だけがそれに気付いて苦い顔をする。
(そうかよ。だがそうなると、わしらが勝てるようにお膳立てしたのはやっぱりこのじいさんで間違いねえようだな…)
そうなると、意外と気遣いのできるこの賢者は、
「本当に大丈夫なのか?」
と自分たちを過分に援助してくれたヒョウゴ達の身が心配になっている。
ひねくれているくせに本質的には人のいい賢者にヒョウゴは苦笑しながら、
「誰を心配しとるんじゃ。わしはこれでも元副魔王じゃぞ?そもそも3人も八大将を失った状態でわしらにちょっかいをかけてくる余裕は魔王軍にはないじゃろうて」
これはヒョウゴの言う通りだろう。幹部をたて続けに失っている魔王軍が、人間以上の勢力を誇る魔族穏健派に対して今わざわざ敵対することは考えにくい。
一応魔族穏健派は中立ということになっているのだ。
「まず魔王軍が狙うのは八大将を倒しているお主たち勇者タダシパーティじゃよ。魔王軍の最優先標的のお主たちさえ頑張ってくれればわしらの身は安泰というわけじゃよ」
そう言って「かっかっかっ!」と笑ってしめるヒョウゴはまさに元副魔王らしい貫禄を見せるのだった。
*
戦いの疲れを癒すためにヒョウゴの小屋で3日ほど休んだタダシ達。
『勇者の剣』を手に入れたタダシ達の次の目的地は『勇者の兜』か『勇者の盾』のどっちかになるのだが、ヒョウゴは異を唱える。
「本当に探しに行くのか?はっきり言って『勇者の兜』と『勇者の盾』に関しては今更無理に手に入れる必要はないと思うんじゃがな。あの二つは剣と鎧だけではなんとなく格好がつかんから先代勇者が用意しただけじゃからな」
「そんな言い方はないでしょう!きっと深い考えがあっての事です!ねえ、勇者様?」
「え?ああ、うん、そうだな」
とレインの抗議に同意しながらもタダシの頭上は、、
〔先代ってちょくちょく変なところがあるからあり得ない事じゃないなあ…〕
とヒョウゴの説明に納得している。
「ちなみにその2つについて知っていることはねえのか?」
エスケレスの問いに、
「勇者の兜は防御力よりも、その装着効果の方が重要じゃが、タダシにはあまり必要のない効果じゃよ」
「どんな効果があるんですか?」
「簡単に言えば周りの人間に対して好感度を上げる効果があるのじゃ。といってもそう大した効力はないからほとんど意味がないじゃろう。兜だけにお飾りじゃな」
なにがおかしいのかヒョウゴは笑っているがタダシは、
〔好感度アップかあ…。ちょっと欲しいかも〕
とあれが出ている。こういう俗な欲求があるところはタダシらしい。
ただ、それを表に出さないのがタダシのタダシたる所以なのだが、ヒョウゴの言うようにタダシの好感度は周りの人間(レイン、エスケレス)からはマックスになっている。
「盾に関してはもっと必要ないじゃろう。お主は棒を主武器にするなら両手が武器でふさがっとるから盾など使いようがなかろう。それこそ『勇者の剣』を必要に応じて盾にする方がよいわい」
〔た、確かに…〕
最強装備をそろえて決戦に向かいたい派のタダシだが、棒を主武器に選んでしまった以上盾に関してはもはや使いようがない状態になっていた。
「まあ、とにかく兜を探しに行くぞ。勇者は強くなったがレベルアップしておくに越したことはねえからな」
一見、慎重に見えるエスケレスの発言だが、勇者が強くなった事を慢心しているようにも感じられたのでヒョウゴは一言注意しようと考えたが(まあ、そこまで言うと口うるさいじじいだと思われるか)と思って
「気を付けていくのじゃぞ」
と言うだけにとどめる。
「では、出発します。ヒョウゴさん、カノン、ジュウベイ。お世話になりました」
お礼を言って旅立っていく3人を見送るカノンにジュウベイがニヤニヤしながらカノンのひじをつつく。
「姉ちゃん、ホントはタダシ達に付いてきたかったんじゃねえの?」
「そんな事ないわよ。私はお祖父様ほどタダシ達に肩入れしてないもの」
「そうかなあ…あいてっ!」
無言でげんこつしてくるカノンをジュウベイは恨めしそうに見るが、寂しそうな眼をしている姉の横顔にそれ以上何も言わないのだった。
*
タダシ一行がヒョウゴの小屋を出発し1時間ほど歩いた所で、その男はふと現れた。
まだヒョウゴの森の中なので他の者に出会うなど本来はあり得ない事なのだが、あまりに自然に出てきたのでタダシ達は普通にその存在を受け入れていた。
ただ、タダシはなんとなくレインとエスケレスの前に出ていた。警戒しての行動ではない。その男は全く敵意など感じさせていないのだ。だからタダシの行動はなんとなくでしかなかった。
年のころは30代前半といったところだろうか。あまり特徴のない顔をしているが、悪辣な感じはしない。
タダシが何者かと問おうとしたその時、男は口を開く。
「初めまして勇者。そして…さよならだ」
男が微笑みながら右手から何かを飛ばしてくる。と後からレインは思い出すのだがこの時は何が行われているのは全く理解できていなかった。
ただ、振り返ったタダシの頭上にあれが浮かぶのを見たような気がするが、あまりに一瞬の出来事にレインもエスケレスも反応できない。
閃光が辺りを包んでいき、まぶしさで周りが何も見えなくなる中でレインは反射的に地面に伏せていた。
何がどうなっているかわからないまま伏せていたレインだったが、光が収まって顔を上げた時、見たのは…。
「…勇者様っ!」
ところどころ煙を上げて、焼けただれたタダシが、ゆっくりと倒れていく、姿だった。
次回は 060 大バカ者 です。