054 特殊能力
「…ふふふっ。驚きのあまりに言葉もでないようだな」
勝ち誇ったように言う八大将ニトリーを目の前にしてエスケレスとレインに絶句していた。
これほど驚いた事は二人ともタダシと旅に出てから初めてだった。ニトリーの話も寝耳に水だったが、それ以上に目の前の光景が衝撃的なのだ。
「しかし、今私が話したことは全て真実だ。それとも魔王軍の八大将の言うことなど信じられないかね?」
含みのある言い方をするニトリーにエスケレスはあきらめたように首を振って、
「…今の今まで、魔王軍の幹部が言う事をわしが素直に受け入れる日が来るとは思わなかったな」
と何とも言えない顔でレインに同意を求めると、
「…そうですねえ。私もです」
レインも神妙な顔でうなずいている。
そういう二人の視線はニトリーに向いているようで、わずかにその上に向いている。
「ほう、初めて会った魔王軍の者の言葉を信じるというのかね?」
やたら嬉しそうに言うニトリーだが、
〔ふふふっ。うまく能力が発動しているようだな。この能力のお陰で私の言葉が真実である事を疑うことができないらしい〕
とエスケレスたちには見慣れた例のあれがその頭上に出ている。
どうしてこんな事になっているのか。
それを説明するにはニトリーがこの二人の前に現れたところまで話を戻さなくてはいけない。
*
数時間前…。
ヒョウゴが急に「勇者の剣のありかを教えてやろう」と言い出した事から話は始まる。
あれだけタダシに棒の修行をさせておいて今更な気がしたが、せっかくの申し出なので『勇者の剣』を取りに行くことにしたのだ。
「但し、勇者の剣のある場所に行けるのは勇者だけじゃ。他の者はここで待っていてもらおう」
これが出会ったばかりであったらエスケレスたちもある程度警戒しただろうが、今はヒョウゴに対して警戒する気持ちはない。
タダシもレインも修行によってレベルアップさせてもらったし、エスケレスにもそれまで知らなかった魔法や知識を教えてくれている。もし、勇者パーティに敵対するつもりならこんな事はしないだろう。
そのため三人ともヒョウゴに対して警戒心は薄くなっていた。
まずタダシを連れてヒョウゴが小屋を出て行ったのだが、そのうちカノンとジュウベイも狩りに出かけたのでレインとエスケレスだけが残されていた。
そこに現れたのがこの八大将ニトリーだ。
ニトリーが丁寧にノックして小屋に入って来た時はエスケレスもレインも驚愕し、すぐに戦闘態勢を整えたのだが、やがて緊張感がなくなってしまった。
ニトリーの頭上にあれが見えたからだ。
「私は魔王軍八大将の一人、ニトリーだ。お初にお目にかかる」
〔こいつらが賢者と女騎士か。ふふっ、まぬけな顔をしているな〕
あっけにとられるエスケレスとレインを満足そうに見るニトリーのあれを見ながら(確かにわしらは今まぬけな顔をしているだろうよ)とエスケレスは自覚する。こんな事がおこってまぬけな顔をするなと言う方が無理というものだ。
「今日はお前たちにある事実を教えてやろうと思ってな」
きいてもいないのにニトリーは自分から話し始める。
「異世界から召喚された勇者は魔族同様に自分自身に補助魔法を使えるのは知っているだろう?しかし、召喚された勇者が魔族同様なのはそれだけではないのだよ。勇者には魔族のように固有の特殊能力がそれぞれ1つずつ与えられているのだ」
「特殊能力が?」
「そうだ。その特殊能力は様々でな。魔力の消費なしに魔法を無尽蔵に使えたり、高威力の魔法をあり得ないスピードで使えたり、状態異常魔法が一切効かなかったり、鉄よりも堅い皮膚をしているなどいろいろだ。まあ、お前たちが気付かないのも無理はない。勇者の特殊能力はオートで働くものがほとんどで勇者自身もそれが特殊能力だと自覚できていないからな」
「そんな特殊能力が勇者様にはあったのですね…」
レインは初めて知る事実に驚いているが、エスケレスはそうでもなかった。ヒョウゴの蔵書の中に
魔族と勇者には共通点が多い事を何者かが隠していた様子があったからだ。そこからこんな事もあろうかと推測していたのだ。
ただ表面的には驚いているように見せていた。それはニトリーを油断させるためで相変わらずこの賢者は性格が悪かった。
そんなエスケレスに気づかずにニトリーは高らかに宣言する。
「なぜこのような話をしていると思うかな?それは…この私は勇者の特殊能力をコピーする事ができるからだ!」
ここから冒頭の「…ふふふっ。驚きのあまりに言葉もでないようだな」に続いていくのだが、エスケレスとレインは(それは会った瞬間にわかっていた)と思うがさすがにそれは言わない。あれ使いに対するエチケットみたいなものだ。
そんな事とは知らないニトリーは得意満面だ。
勇者自身の能力を使って勇者パーティを始末する。そんな悪趣味な事を喜んでするのが魔王軍に所属するの魔族たちなのだ。
〔奪った勇者の能力はオートで発動するから私自身にもそれは見えないが、効力は解析済みだ。今回の勇者から奪った特殊能力は真実を語ればそれを真実だと相手に信じさせる事ができる能力のようだ。一種の洗脳系の能力だろう〕
ニトリーのあれを見ながらレインがしみじみと言う。
「ていうか勇者様のあれって特殊能力だったんですねえ…」
「そうだなあ…。まあ、特殊ちゃあ特殊だからなあ…洗脳って感じでもねえが」
ニトリーからしてみたらよくわからない事をブツブツ言っている二人だが、その様子は明らか困惑して見えた。
〔ふふふっ。悩め悩め。これだけ真実を話せば嫌でも私への信頼感が上がるだろう。真実を話す者としてこうやって信頼感を得れば奴らも戦いにくかろうよ〕
わざわざあれを使って自分の行動の意図を説明してくれるニトリー。
「やたら説明口調なのはそういう事だったんですねえ」
「…そうだなあ。いざ敵があれを出しているのを見ると相当間抜けだが、根本的に使い方を間違ってるな。まあ、タダシもわかってて使ってるわけじゃねえけどなあ」
少し落ち着いて来たそぶりを見せる二人に、ニトリーは追い打ちをかけるように衝撃(?)の事実を告げる。
「さらにもう一つ教えてやろう。能力を私にコピーされた勇者はその能力を使うことができなくなるのだ!」
〔ふっふっふ。これで勇者は特殊能力を封印された状態だ。ロウカイも戦いやすくなっただろう〕
「…勇者様、強くなっちゃいましたね」
「そうだなあ。元々戦闘中には心を静めてあれが出ねえようになってたからそんなには影響はなかっただろうが、相手が強くてギリギリの戦いをしていたらつい出る可能性もあったからな。八大将相手に封印されてるのは助かるな」
レインとエスケレスは特殊能力を失った事でタダシがより強くなったなあと思いながらも、あれで気になる事が出ていたのでニトリーに質問する。
「ちなみにその特殊能力封印された勇者はどうなってるんだ?」
「ふふふっ、知りたいか?もう一人の八大将であるロウカイが今頃勇者に襲い掛かっているはずだ」
もったいぶった言い方をするニトリーだが、(いや、それはさっきあれで見たからもう知っているぞ)とエスケレスは思いながら質問をかえる。
「ちなみにロウカイってやつの特殊能力ってなんなんだ?」
「そうだな、どうせ死にゆくのだから教えてやろう・・・と言うとでも思ったか?さすがにそんな事をペラペラと話すわけがないだろう」
〔ロウカイの能力は相手の思考を読むことだ。さらにその読んだ思考の一部を書き換えることができる。戦闘中に思考を読まれて行動を変えられる事の不利はかなりのものだ。その上ロウカイは普通に戦っても強いからな。自分の考えと違う動きをしてしまう勇者はさぞ見ものだろう〕
話していないがその頭上でしっかり教えてくれるニトリー。
「…勇者様の方は大丈夫そうですね」
「そうだな。何が役に立つかわかんねえなあ」
タダシはこの世界に召喚された時にした特訓のお陰で戦闘中に思考を閉じて戦えるようになっているので、ロウカイの特殊能力はほとんど役に立たないだろう。
本当になにが幸いするかわからないものだった。
次回は 055 八大将ロウカイ① です。