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052 実戦訓練

  「姉ちゃんばっかりズルいなあ。そうやってタダシと遊んでさ」


 タダシとカノンが本気で手合わせをするとききつけて、カノンの部屋に入ってきたジュウベイの額をチョンとつくと、


 「バカね。お祖父様の言いつけなんだから遊びじゃないわよ」


 お調子者の弟にカノンは厳しい顔をして見せるが、当のジュウベイにはまったく響かない。


 それどころか(姉ちゃんはツンデレだからな~)と本人が聞いたら(あんたはどこぞの勇者と思考が同じなの!?)と憤慨しそうな事を思っている。


 「でも、楽しみなんだろ?タダシと本気で戦うの」


 無邪気に見えてこの弟は妙に鋭いところがある。確かにカノンは今までになく気分が高揚していた。


 レインも人間にしてはかなり強い方なので、稽古をつけていてある程度の緊張感があったのだが、それでもまだまだ余裕があった。


 (魔族が本気で一対一で戦えるのは普通は魔族しかいないもの。でも、お祖父様が魔王軍を抜けてからはそういう機会がなかったものね)


 カノンにとってジュウベイでは弱すぎて負ける気がしないし、ヒョウゴでは強すぎて勝てるイメージがわかない。自分が勝ち負けに本気になれるような相手はいなかったのだ。


 「あっ、その顔!姉ちゃん、もしかしてタダシの事好きになったんじゃないの~」


 知らず知らずのうちに微笑んでいたカノンにツッコむジュウベイ。どうもこの弟はタダシとカノンの仲をそういう目で見るところがある。


 これは歳の割にませたところがあるというよりは、丁度色恋沙汰に興味を持ち始めた年頃なので、なんでもかんでもそこに結び付けたがって過敏に反応しているだけだ。


 もう少し成長したら「なんでも恋愛に結び付けて発言していたあの頃の自分が恥ずかしい…」とジュウベイも思えるだろうがそれはまだ先の話だ。


 「ああ、それはないわよ」


 と怒るでもなくあっさりと答えるカノンだったが、なぜかレインに言われた「カノンさんってすごくしっかりしているから、ダメ男を好きになりそうですよね」という言葉を思い出していたのだった。



                      *


 そしてついに迎えたタダシとカノンの実戦訓練の日。


 そこには当事者二人の他に、ヒョウゴ、エスケレス、レイン、ジュウベイとこの森の小屋にいる全員が集まっていた。


「即死でなければわしが生き返らせてやるから安心して半殺しくらいにはしても大丈夫じゃぞ」


 冗談ぽく言うヒョウゴだが、タダシと初めて戦った時に見せた驚異的な回復魔法を使える事を考えるとあながち冗談に聞えないのが怖い。


 事実、ニコニコ笑ってツッコミ待ちをしているヒョウゴを見てカノンはため息をついて、


 「お祖父様が言うとまったく冗談に聞こえませんよ」


 と暗に祖父がすべっていることを指摘する。


 「う~む、世代の差かのう」


 「いや、違うだろ…」


 とエスケレスがツッコミを入れたとこでタダシはようやく冗談と気付いたのか、


 〔あ~、びっくりしたあ。冗談だったのか。魔族の笑いのセンスはわからないな。どっちにしても、さすがにカノン相手にそこまで本気ではできないよ…〕というタダシの()()を見てカノンの闘志に火がつく。


 本気にならなくても自分の方が普通に強いと思っているのが気にくわないのだ。


 「…負けた後で本気じゃなかったと言わないでくださいね」


 とあえて挑発するようにカノンが言うと、


 「そういう事は勝ってから言って欲しいな」


 とタダシも冷静な顔で応じているがその頭上には、


 〔おおー、この挑発する感じ!これは王道パターンだな!こうなってくるとマジで「くっ、これほどとは…」が見られるのかも。…っということは「くっ、…」を見るためには本気で勝ちにいかないと!〕


 とカノンの意図していた感じとは違ったが、どうやらタダシも本気でやる気になったようだ。


 そんなタダシのウキウキしている頭上を見て、


 「…言うんですか?」


 とレインがこそっとカノンにきくとカノンは少し怒ったように答える。


 「言わないわよっ!」


 「でも、勇者様もあれほど楽しみにしてますし…」


 本気で残念そうに言うレイン。そこにまったく悪意がないのが逆に怖い。


 「わしからも頼むぞ。勇者の気持ちを盛り上げるためにも言ってやってくれねえかなぁ」


 こっちは悪意丸出しでニヤニヤしながら言うエスケレス。


 「まあ、負けねばよいんじゃしのう」


 調子に乗ってヒョウゴまでのっかってきたところで、


 「…ああー、もう。わかったわよ。負けたら言うわよ!負けたらね!それでいいでしょ!さっさと始めるわよ!」


 カノンはやけくそ気味に言い放つを自らの武器である槍を構える。


 「カノンさんは槍なんですね」


 ヒョウゴのように武芸百般とはいかないが、レインの指導にも剣と槍を使い分けていたカノンも複数の武器を使いこなせるのだ。


 「カノンの場合は剣も槍も同程度使うが、タダシの棒に対しては槍の方が分がいいとふんだのじゃろうな」


 ヒョウゴが解説しているとタダシも棒を構えている。


 (()()がすっかり消えておるのう。大した集中力じゃ。戦いとなるとスイッチが入るようじゃな。これならば合図おくってもよいじゃろう)


 ヒョウゴは密かにある男に通信魔法を送る。


 それには誰も気づかないままタダシとカノンの戦いは始まった。


 槍と棒。2つの武器の特性を考えると、槍は突くという動作が主になるのに対して、棒は振るという動作が主になる。


 そのため槍使いと棒使いが戦うと、自然と槍の方が攻めになりやすく、棒の方が受けになることが多い。


 しかし、タダシは初めから攻めた。


 受けに回ってカウンターを狙う事もできたが、身体強化魔法をかけられているカノンをのせたくなかったのだ。


 槍という武器は守るのが苦手だが、カノンは身体強化の助けもあってうまく捌いている。


 むしろ、ヒョウゴに無理やりかけられた身体強化がなければすでに何発か攻撃をもらっていただろう。


 さらにはカノンの特殊能力も攻撃を避けるのに役立っていた。


 (途中から『先読み』を使っていなかったらやられていた。でも、戦闘中に棒の長さを伸ばすのはお祖父様からまだ禁止されているはずなのに…実戦を想定しているからなんでもしていいって事?)


 そう、カノンは自分の固有の特殊能力である『先読み』を発動している。簡単に言えば少し先の未来の光景が見える能力で、使いようによってはかなり有利に戦闘を進める事ができる能力だ。


 その『先読み』を使わないで予測していたタダシの棒の軌道よりもわずかにタダシの棒は伸びてきたのだ。


 しかし、カノンはある事実に気づく。


 (違う、タダシは棒の長さは変えていない。手のひらの中で握っている所を微妙に位置を変えているから伸びているように感じるんだわ。すごい技術だわ)


 カノンはタダシの技の秘密を知って感嘆する。自分の祖父が教えたのかとも思うが、常に手のひらの中に棒を隠すという基本的な動作は一朝一夕で身につくものではないだろう。これは元々のタダシのもっていた技術だろう。


 (これほどの技術があるのにどうして剣を武器にしていたのよ。まったく変な勇者だわ)


 ただ感心しているわけにもいかないカノンは勝負に出る事にする。


 このまま打ち合っていたら、『先読み』を使っていてもジリ貧になるのが目に見えている。それほどタダシの棒には隙が無かった。


 「やあああああああっ!」


 甲高い声を上げてカノンは渾身の突きを放つ。渾身と言ってもその突きには速さは全くない。むしろ遅いくらいだ。


 その遅さにタダシは余裕をもってかわそうと身をひるがえすが、その遅いはずの槍が避けられず不思議とタダシの体に吸い寄せられるように確実にせまってくる。


 『先読み』を駆使したカノンの奥の手である必中の槍だ。


 「ぐっ!」


 避けられないと悟ったタダシはカノンの槍を棒で受け止めるが、それでもカノンの槍は止まらない。少しずつ突き進んでいく。


 苦し紛れにタダシはカノンの腕や足を狙っていくが、それらに棒の攻撃を受けてもカノンの槍はぶれる事がない。


 この奥の手が発動したカノンは全ての能力を槍を突き刺すことに特化させているので少々の攻撃を受けてもひるまないのだ。


 このままではタダシが串刺しになってしまうと思われたが、


 「でやあっ!」


 タダシの裂帛の気合と共に放たれた一撃で、カノンの必中の槍は破られる。


 そのタダシの一撃はカノンを狙ったものではかった。カノン自身を狙っても止める事はできなかったので、カノンの足元の地面を狙ってえぐりとったのだ。


 いかに必中の槍とはいえ、踏ん張りがきかなれば狙いを定めることはできない。


 バランスを崩したカノンをタダシが見逃すはずはなく、そのまま棒の連続攻撃を受けて負けてしまったカノンは思わず「くっ、あんなやり方で私の奥の手を破るなんて…」っと言ってしまって、ハッとタダシの方を見ると、


 「いい戦いだったよ」


 と言って爽やかに手を差し出すタダシの頭上に、


 〔いやあ、いい戦いだったわ!美少女の「くっ…」が聞けるなんてなかなかないもんね!〕


 と出ているのを見て露骨に嫌な顔するのだった。

次回は 053 八大将ニトリー② です。

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