050 八大将ニトリー①
『タダシに剣術ではなく棒術を教えて強くする』
ヒョウゴの突拍子もない提案を受け入れたエスケレスだったが、まったく疑念がないわけでもない。
自分の師匠であるエルフのソフィーの知り合いということでヒョウゴに気を許したように見せてはいたが、実際はヒョウゴをそれほど信用しているわけではなく、利用できるものは魔族でも利用するという合理的な考え方からだった。
現状で人間側にタダシより強い者がいない以上、レベルアップを図るにはまともなやり方では時間がかかり過ぎる。八大将の一人を討った以上、魔王軍のタダシへの攻撃が激化するのは必至だ。
(どうもこっちに都合が良すぎるようだが、急がねえとな。手段は選んでいられねえ)
という事らしい。見つかっていない『勇者の剣』を当てにするよりは、確実にタダシを強くするために決断したのだ。
この決断が何をもたらすのかそれはまだ先の話。
だが、この決断には思わぬところから支障が出ていた。
当のタダシから「拒否されたわい」とヒョウゴが残念そうに帰ってきたのだ。
理由を聞くと「まあ、自分で見た方が早い。もし説得出来たら説得してくれ」とヒョウゴは苦笑いをしていた。
(だいたいの理由は想像がつくが…)
そう思いながらエスケレスとレインがタダシの意志を確かめに行ったのだが、タダシはやはりいい顔をしていない。
「俺は剣の方が手慣れていますから…それにこの件はヒョウゴさんが提案してきたんですよね?ヒョウゴさんの事を疑いたくはないですけど、やはり魔族ですから慎重に判断したいところですね」
口では勇者としてもっともらしい事を言っているが、いつものように頭上にはしっかり別の理由が出ている。
〔確かに昔からじいちゃんには棒を仕込まれてたから棒の方がなじみがあるし、正直、剣よりも自信があるけどさあ…棒なんてマジでカッコ悪い。どう考えても勇者の武器じゃないだろ。『勇者の剣』ならまだしも『勇者の棒』なんてきいたことがないし…なに?勇者の棒って。なんか卑猥な感じもするし…ヒョウゴさんを悪者にして悪いけど、棒術は経験がない事してこの話は断ろう〕
勇者らしく優等生な発言を心がけているタダシだが、やはりカッコよくもありたいらしい。勇者と言えばやっぱり剣という思いがあるのだ。
しかし、エスケレスにはそんなタダシの思いはどうでもよくヒョウゴの慧眼に素直に感心している。
(そう言えば勇者は元々の世界でも武術をじいさんに習っていたって話だったな。確かに素養はあるってことか。てっきり習っていたのは剣術だと思っていたが、棒術だったんだな…っと感心している場合じゃねえな。ここのままだったら勇者は棒の練習をしようと思わねえだろうからなんとかしねえとな)
「そうか…。だが、ヒョウゴは勇者は棒術の方が強くなる才能があるって言っていたが…。それに棒の方が剣より断然勇者らしいんだがなあ…」
とエスケレスは残念そう言っているが、その発言に勇者がピクっと反応してその頭上に〔勇者らしい…?〕と出ているのを横目で確認してさらに続ける。
「ああ、でも『勇者らしい』っていう理由で棒を選ばせるわけにもいかねえよな。勇者に求められるのはカッコ良さじゃなくて強さだからなあ…勇者がやりにくっていうなら仕方ねえよなあ…」
「いえ、まあやりにくいですけど、エスケレスさんが言うように強さこそが勇者に求められているのも事実ですよね?」
〔え?マジで?この世界ではそんなに棒ってカッコイイ感じなの?〕
エスケレスは釣り糸に反応があったことに喜びながら、しかしそれを隠して真面目な顔で続ける。
「ああ、そうだな。見た目より強さこそ大事だ。そして見た目なら棒が一番だ。だが、勇者が嫌なら仕方ない。ただ、棒は本当に勇者としては絵になるんだよなあ。剣なんて誰でも使っている、いってみれば量産型の武器だが、棒を使うとなると特別感がでるからな。まさに選ばれた者の証って感じだ。棒を使いこなして、敵をなぎ倒す。これぞまさに勇者の真骨頂だよなあ」
「そうですね。私も剣で戦う事はできますが、棒ではとても戦えません。でも、それほど難しい棒で勇者様が戦うときっと凛々しいのでしょうが、いくらカッコイイといっても勇者様に無理をさせるわけにはいきませんからね」
エスケレスに続いてレインもおだてるように言うと、
「まあ、そこまで言うならちょっとやってみようかな」
とタダシは完全に餌に食いついている。
(ちょろいな)
(ちょろいですね)
相も変わらずこの勇者はちょろいのだった。
*
「どうじゃな、サイカクを倒した勇者に間違いないじゃろう?」
ヒョウゴの魔法で空中に映されたタダシの姿を確認した八大将の一人、ニトリーは顎に手を当てながら、
「確かに報告にあった勇者の特徴と一致するようですね。しかし、できれば近くで実物を見たいところです」
とヒョウゴの思惑を探るような目で見てくる。
「ふむ・・・。それはそうじゃろうなあ。しかし、この勇者はなかなか鋭いところがあってな。あまり近づきすぎると気付かれる恐れがあるからのう」
もったいぶった言い方をするヒョウゴにニトリーは疑念を捨てきれない。
魔王軍を去った後もこの元副魔王は魔王軍の何人かとつながりを持っていた事は知っているが、それだけに自分が勇者討伐に選ばれたこの時期に連絡をして来た事には違和感があった。あまりにもタイミングが良すぎるのだ。
「直に見せる事はできないと?」
探るような目で見るニトリーに、ヒョウゴは少し考えると、
「ではこうしよう。わしの孫娘と勇者が手合わせをしているところを少し離れて見るのはどうじゃ?勇者と言えども戦いの最中では周辺への注意が薄れるじゃろうからある程度の所まで近づけるじゃろう。もちろんそのお膳立てはわしがしようではないか」
「ふむ・・・。悪くない話ですね」
(その話が本当であればな)
まだ疑いを残すニトリーに、今度はすこし憮然とした様子でヒョウゴは続ける。
「お前の特殊能力を使うには相手をあらかじめ実際に見ておく必要があるのじゃろう?それを安全にさせてやろうというのじゃから悪い話どころか素直に喜んでもらいたいものじゃな」
(私の特殊能力を知っている。まあ、魔王軍にいたのなら知っていても当然か)
ニトリーは自分の特殊能力を知っていて、その条件を満たすことを約束されて少し饒舌になる。
「そうですね。確かに条件を満たせるなら喜ばしい事です。しかし、あなたへの見返りはどうすればいいのですか?断っておきますが、あなたが八大将になる事はできませんよ。実力は申し分ないですが、一度魔王様とたもとをわかったあなたを魔王様が重用することはないでしょう」
「その必要はないわい。わしは魔王軍に戻りたいとは思っていない。ただ小うるさい勇者一行がわしの住処にきたので始末したいだけよ」
自虐的に言うヒョウゴの言葉にニトリーは引っかかりを覚える。
「そもそもヒョウゴ老ならばご自身で始末できるのでは?」
「わしも老いたのよ。肉体だけではなく精神的にもな。危ない橋はわたりたくないのよ。何しろ相手は異世界の勇者じゃからな。追い詰めたら、理不尽な、思わぬ反撃を受ける可能性もあるからのう。確実に倒せる方法で始末をしたいのよ」
「しかし、勇者はこんな所に何をしに来たのです?」
凶悪な魔物が跋扈しているこの森に人間が足を踏み入れる事はめったにない。勇者と言えども魔王軍の拠点ああるわけでもないここにあえて来る理由がないとニトリーには思えた。
「『勇者の剣』を探しに来たようじゃな。まあ、それについてはすでに手を打ってあるがな」
「ほう?どのような手を打ったのですか?そもそも『勇者の剣』などというものが本当に存在しているのですか?」
勇者の装備の存在は魔王軍にはあまり知られていないのでニトリーは半信半疑の顔をする。そもそも異世界からの勇者が定期的にいる以上『勇者の装備』などそれこそ無数にあることになってしまうのだ。
「さあのう。『勇者の剣』が存在しているかどうかは知らんが、仮にそんな物があったとしても勇者が使わないようにしてしまえばよいのよ」
「そんな事ができるのですか?わざわざそれを探しに来たというのに」
だが、そのニトリーの疑念の眼差しにヒョウゴはニヤリと笑う。
「すでに、剣よりも才があると言って棒術を勇者に教えこんでいるところよ。こうすれば勇者はおのずから『勇者の剣』を使う事はなくなるじゃろう。こうやって少しでも勝率を上げるのが年寄りのやり方よ」
「…なるほど。わかりました。ご協力をお願いすることにします」
ようやくニトリーは納得したかに見えたが、
「ですが、全く見返りをしないのではこちらも心苦しい。勇者討伐の暁にはカノン殿を八大将に推挙することにしましょう」
意外な提案にヒョウゴは首を振る。
「カノンはまだ八大将には力不足じゃよ」
「いえいえ、その代りカノン殿にも勇者討伐を手伝って頂きたい。そうすればこちらも名分がたちますからね。なに、あなた本人でなければ八大将入りも問題ないでしょう」
食えない言い方をするニトリーはさすがに用心深い。伊達に八大将ではないのだ。
(なるほど、カノンは『保険』というわけじゃな)
とヒョウゴはその意思を察したが、
「よかろう、ただし本人が良いと言えばな」
と知らぬふりをして答えるのだった。
次回は 051 タダシ、棒の修行 です。
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