049 ヒョウゴの旧友
「勇者の剣を探している事を言ってしまったのですか?」
いつものように丁寧な言い方だがレインの言葉には珍しくタダシをなじるような響きがある。
なりゆきでヒョウゴたちの元に留まっているとはいえ、元魔王軍の魔族であるヒョウゴたちに勇者の剣を探している事を話すかどうかはまだ決めていなかったのだ。
「勝手に話したのは悪かった。でも、カノンたちはわるい人達じゃあないだろう」
(人って言うか魔族ですけど・・・)レインとしては人と魔族は全く違う生き物だと思っているが、タダシはそうじゃないらしい。頭上のあれにも本気でカノンたちを悪い人ではないと思っていることが出ている。
「とりえあずじいちゃんにきいてみればいいよ。じいちゃんなら何でも知ってるから」
祖父に対する絶大な信頼を寄せているジュウベイがタダシの手を引いて家に戻っていくのを後ろで見ながらカノンはレインに小声で話しかける。
「ねえ、レインもあれは見えているんでしょう?なんでタダシが勇者として認められているの?」
「あれが見えているからこそタダシ様は真の勇者様として認められたと言っても過言ではないですね」
「理解不能だわ」
「カノンさんが理解できないという事は私には理解できますよ」
嬉しそうに言うレインを見て(何がそんなに嬉しいのか)とカノンはますます人間たちが理解ができないのだった。
*
タダシが勇者の剣の事をカノンたちに話していた頃、エスケレスはヒョウゴの部屋にいた。
エスケレスがその部屋の蔵書を読みふけっていると、ヒョウゴが入ってくる。自身の部屋なので断りを入れる必要はない。
「ずいぶんと読書家なんじゃな。そんなに本が好きか?」
子供をからかうように覗き込んでくるヒョウゴに(こんだけ本があるならてめえも本好きだろうが)とエスケレスは思うが無視して読み進める。
エスケレスは別に本好きではないし、本好きだから読んでいるわけではないのだ。必要だから読んでいるだけだ。
そのくらいで無視するのは大人げないと思われるかもしれないが、エスケレスが無視をしているのはヒョウゴがそれをわかっていながらあえてちょっかいをかけてきていると知っているからだ。
(めんどくせえな。じいさんのくせにガキかよ。何百年も生きてるんじゃねえのかよ…)
「ほおー、古代魔族語まで読めるのか。感心、感心」
無視されてもなおもちょっかいをかけてくるヒョウゴ。本当に子供みたいだ。
「…人間側の記録と違うところが結構あるな」
仕方なく相手にするがエスケレスは自分がききたいことで返事をしている。
「そりゃそうじゃろう。どっちにしろ自分たちに都合の良いように記録するじゃろうからな」
「魔族側が正しいと言わねえんだな」
「魔族にもいろいろおるからな。魔王軍がいたり、わしのような元魔王軍がいたり」
(含みのある言い方をしやがるな)とエスケレスは思う。腹の底を見せないような態度だがエスケレスは別に反感は覚えない。このひねくれた賢者はむしろ誠実さをアピールされる方を嫌がるところがある。
(まっ、タダシは別だがな)その考えが頭上にだだ洩れになっている勇者だけは誠実さをアピールされてもエスケレスは認めている。それがただのカッコつけだとわかっているからだ。
「ところで…勇者の仕上がりはどうなんだ?少しは強くなってんのか?」
「そのことなんじゃがなあ・・・あの勇者の得意武器は剣じゃないじゃろうな。剣も下手ではないがもっと得意な武器があるはずじゃよ」
言いにくそうに答えるヒョウゴにエスケレスも少し驚く。
「そうなのか?言いたくねえが勇者の強さはすでに人間の中では最強クラスだ。わしらにはわからねえ話だな」
剣をとっても人間の中では敵なしのタダシなのでそれが得意ではないと言われてもエスケレスにはいまいちピンとこない。
「間違いないぞ。勇者を更に強くするつもりなら剣術ではなく棒術にする方がよいじゃろう」
「棒術・・・」
(そういえばこのじいさんは棒で戦っていたな)
ヒョウゴが自分が得意とする武器を教えたいだけなんじゃねえのか?とエスケレスは邪推するが、
「勘違いしてもらっては困るが、わしが棒術を教えたいわけじゃあないぞ。あの勇者は棒術をある程度使えるはずじゃよ。本人に聞いてみるといい。元々棒術をやっていたじゃろうから」
「なんとか剣で強くできねえのか?」
エスケレスの問いに、
「ずいぶんと剣にこだわるんじゃな。勇者の剣か?」
図星をつかれてエスケレスが顔をしかめると、ヒョウゴはそれを豪快に笑い飛ばす。
「わっはっはっは。お主は素直過ぎるのよ。賢者はもっと性格が悪くないとなあ。わしの昔なじみの賢者はもっと性格が悪かったぞ。エルフのばあさんなんだが…」
「げっ、ソフィーの知り合いかよ」
(どうりで性格が悪いはずだ…。そういえばあのばあさんもわしに似たようなちょっかいをよくかけてきてたな)
エスケレスがそんな事を思っているのを知ってか知らずか、ヒョウゴはたたみかけてくる。
「どうじゃ、わしを信じて棒術で勇者を強くしてみんか。剣を鍛えて強くなった時よりも、確実に強くなる事を約束するぞ?」
(勇者が強くなるに越したことはないが…)
「…一つ聞いてみるんだが、今の魔王ってのはじいさんよりも強いのか?棒術で鍛えて魔王に勝てるのか?」
「強い、か。何をもって強いとするかによって答えは変わってくるから返答が難しいのう。ただ、条件さえそろえばわしは魔王に勝てる。確実にな。しかし、逆に言えば条件が悪ければわしが10人いたところで魔王には歯が立たんな」
「わかったような、わからんような答えだな」
そう言いながらも(現状はこのじいさんに任せるのが勇者を強くする一番の近道だろう)とエスケレスは納得するのだった。
次回は 050 八大将ニトリー① です。