047 戦う理由
「あなたは召喚されてこの世界に来たそうですが、どうして魔王軍と戦っているのですか?」
カノンは直球できいてくるが、質問が簡潔すぎて過ぎてタダシにはいまいち響かなかったのか、
〔どうして・・・?はて・・・?〕
その頭上にはしっかり戸惑っているあれが出ている。
しかし、その思いとは裏腹に真剣な表情で質問の答えを熟考している風の顔をしているタダシなのであれさえ出ていなければ突然の質問の答えを慎重に考えているように見えなくもない。
(難儀な人ですね・・・。わからなければ普通に聞き返してくれればいいのに)
カノンは心の中でため息をつくと、
「あなたはどうして魔王軍と戦っているのですか。この世界には縁もゆかりもないあなたがこの世界の人間に味方する義理はないと思いますが。単純に戦うのが好きなのですか。それとも魔王を倒さないと元の世界に戻さないという取引でもされているのですか」
カノンはもう少しわかりやすく質問の意図を言い直す。
どうもこの勇者はわからなくても取りあえず理解しているような顔をする事があると判断したのだ。
ようやく合点がいったのか、
「別に戦うのが好きなわけではないし、脅されているわけでもないよ。同じ人間として困っていたこの世界の人達のために何かしたいと思ったんだよ。実際に人間の領域に攻めてきているのは魔王軍の方だろう。侵略されている人間の力になりたいと思ったんだよ」
いつものように優等生な答えをするタダシだが、
〔最初は『おっしゃー!キタコレ!異世界転生きたー!いやー、ついに来たね!一度は来てみたかったんだよね、異世界!しかも勇者として呼ばれるなんてマジでラッキー!よーし、この世界のために頑張っちゃうぞー!』とか思ってたんだけどこれは黙っておこう。今言ったのも全くの嘘でもないし〕
これまたいつものように頭上に出るあれがいろいろ台無しにしている。
少し呆れた目でカノンはあれを見ながら疑問に思う。
(うーん、この勇者の頭上の文字は人間にも見えているんですよね。なんでこの人が人間側の勇者として普通に認められているんでしょうか)
それまでの召喚された勇者たちが理由もなく追放されたがったり、やたら迫害されたがったり、戦いに出る前に引退してハーレムを作りたがったり、明らかに自分の方が強いのに因縁つけてボコボコにしたあげく「え?本気出して下さいよ」という茶番をしていたことを知らないカノンには理解できないらしい。
こんなタダシでも相当マシな勇者なのだ。何しろちゃんと魔王軍と戦ってくれているのだから。
(賢者はともかく、女騎士は勇者を本心から尊敬しているみたいですし、どこがそんなにいいのかしら)
カノンが勇者をジロジロ見ていると、
〔なんか熱い視線を感じるなあ。いやあー参ったなあ。俺にはミーシャがいるんだけど〕
とタダシはカノンがげんなりする勘違いをしている。
(無視無視。私はこの人の本心は見えてないんですから)
タダシの本心が見えていない事になっているカノンは見えていないていで話を進めていく。
「ところでこの森には何をしに来たんですか?」
「それは・・・」
〔勇者の剣を探しに来たんだけど、正直に言ってもいいのかな~。どうもカノンは他の2人と違ってあんまり俺に対して友好的じゃない気がするし・・・〕
とタダシの頭上に出ているのを見て、この生真面目な魔族の少女はタダシが隠そうとしていた事を知ってしまった事を後悔する。
祖父に「若いくせに頭が固い」と言われるほど清廉なところがあるカノンは人の秘密を盗み見するのは本意ではないのだ。
頭上の本心を見る事と秘密を盗み見することにあまり違いがあるように思えないが、単なるカッコつけと本当に秘密にしようとしている事では重みが違うらしい。
「あっ、言いたくなければいいです。失礼しました」
こうなるとカノンは更によそよそしい態度をとってしまうのだが、それをタダシは勘違いしてしまう。
〔妙な緊張感があるな・・・。元々俺に対して好意的ではなかったけど、一段と気をつかっているような・・・ もしかしてこれは・・・カノンの態度はいわゆるツンデレかもな!〕
(ツンデレ・・・?知らない言葉ですね。今度レインに聞いてみましょう)
とカノンは自分の知らないこの世界の人間の言葉だと思うが、残念ながらレインにきいてもこの言葉の意味は分からないだろう。レインも知らないのだから。
「今度は俺がきいてもいいかな?カノンはどうして魔族なのに俺たちに協力してくれるんだ?」
どこから持ってきたのか妙にキラキラした顔をするタダシに、うんざりしながら 「お祖父様に言われたからです」とそっけない答え方をするカノンだが、
〔うんうん、ツンデレキャラはこうじゃないとね!〕
とタダシは変な納得の仕方をしている。
そんなタダシに対して今度はあからさまに嫌そうな顔をするカノン。
(よくわかりませんが、ツンデレとはあまりよい意味ではないようですね)
何も考えていない弟(とカノンは思っている)や何を考えているかわからない祖父と違って自分は人間と慣れ合う気がないカノンははっきり宣言する。
「正直、人間の手助けは本意ではないのです。私は人間と敵対する気はありませんが味方する気もありません」
しかし、そんなカノンの冷たい態度すらも、
〔おおー、さらなるツン!どんなデレがくるのかな〕
とこの勇者には効いていないらしい。そんなタダシの頭上には普通の文字だけでなく大きめの縁取りのついた『ワクワク』という文字が踊っている。
それを見たカノンはデレるどころか大きくため息を付いて、小さく舌打ちをしだす。あまりにも自分の思いが通じないのでさすがにイライラしてきているのだ。
タダシが今までの人生で見たことないような表情をする魔族の少女にタダシもようやく自分が大きな勘違いしていた事に気付く。
〔あっ、これツンデレじゃないな。普通に引かれてるやつだ…うわー、恥ずかしい…穴があったら入りたいってこういうことか。ていうかもっと嫌そうにしてよ…いや、違うな。勝手にツンデレだと思った俺が悪い〕
相手のせいにしないで素直に反省しているタダシ。こういうところがこの勇者のいいところだろう。
「えーと、俺は勇者の剣を探しに来たんですけど」
とりあえず罪滅ぼしなのか正直に質問に答えるタダシだったが、(え?このタイミングでそれを言うんですか?)とカノンを困惑させてどこまでも噛み合わない二人なのだった。
次回は 048 ジュウベイとレイン です。