04 勇者の修行
「勇者の調子はどうなんだ?」
賢者エスケレスの問いに守護騎士レインは笑顔で答える。
「順調にレベルアップしていますよ。エスケレス様に身体能力オールアップの魔法をかけてもらった状態の私ともう互角に戦えていますからね。しかもあれがあるというハンデ付きで」
勇者タダシの考えはなぜか頭上に現れているので、その行動が読めるのだ。もっとも、頭上ばかりを気にしていたら隙ができてしまうので上手く利用する必要はあるが、それでも行動が先読みできるアドバンテージはかなり大きい。
「あれか・・・。本当何なんだろうな。あれは・・・」
エスケレスはいまだに解明できないあれの話になると考え込んでしまう。
「まあ、いいじゃないですか。あれがあるおかげで私は安全に特訓ができていますからね」
レインは実用的に助かっているのでエスケレスほど悩んでいない。まだ慣れていはいないが、あまり頭上を気にしなくなっている。
「安全にってどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。こっちの言っていることがちゃんと伝わっているかどうかあれで確認できるから安全に修行ができるんですよ」
レインはそう言ってタダシのとの特訓の様子を話し始めた。
*
勇者タダシは魔王討伐の旅に出る前に守護騎士レインと特訓をしていた。
いくらタダシが勇者としての資質に恵まれていたとしても、それまでは平和な異世界にいたのだ。実戦経験などあるはずもなく、いきなり魔王討伐の旅に出るのはさすがに無謀なのでこうして戦闘訓練をしているのだ。
もっとも現代の日本人にしてはタダシは珍しく武術の心得があった。なんでも祖父が古武術の師範代をしていて小さいころから仕込まれていたらしい。この点でもタダシは当たりの勇者だと言えた。
「勇者タダシ様。訓練はこれくらいにして少し休みましょう」
「レインさん、まだやれます!」
凛々しい顔で答えるタダシの頭上には、
〔はああああ。つっかれたなあ。朝からずっとだもんなあ。あんまり勝てないし、俺ってあんまり強くない勇者なのかな。思ったより楽しくない・・・なんかじいちゃんとの稽古を思い出すよ〕という文字が並んでいる。
こういう優等生的な発言が出るのはタダシが祖父に稽古をつけられていた頃に身につけさせられたものだ。「そろそろ休もうか」と言われたときに素直に受けとらずに「まだやれます!」と言わなければやる気がないと叱られていた。まあ、その本心はこうやってだらけてはいるのだが。
「休憩も訓練には大事な事ですよ。それに・・・私に簡単に勝てないのは仕方ないですよ。私は賢者エスケレス様に身体能力アップの魔法をかけてもらっているんですから。その私と素の状態で互角に戦えているのはすごい事です」
(ちょっとわざとらしかったかしら)とレインは思ったがタダシの本音に答えるような励ましの声をかける。
「そう言えば補助魔法って自分自身にはかける事ができないんですよね?」
補助魔法で思い出したようにタダシがレインに確認する。
「この世界の人間はそうです。ただし、高位の魔族や異世界から召喚された者の中には自分自身にもかける事ができる者がいるようですね。でも、間違ってもタダシ様は私との訓練時に自分自身にかけないでくださいよ。私が大怪我をしてしまいますからね」
「わかってますよ。その話は何度も聞きすぎて耳にタコができちゃいますよ」
タダシは笑って答えているが、その頭上には〔この話何回目だろ?そんなに何回も言われなくても訓練の時にはかけたりしないよ。レインさん意外としつこい・・・〕と少々うんざりしたような崩れた文字で不満を表している。
だが、当のレインはその文字を見て安心する。タダシには『ちゃんと伝わっている』と。
レインがそんな事を考えているとタダシは休憩として雑談を続けてくる。
「レインさんは俺と同じ17歳なのに王国一の騎士なんですよね。凄いですね」
「うーん、それに関してはちょっと事情があるのです。元々私よりも強い方たちがたくさんいたのですが、皆さん今は療養中なのです」
「ああ。魔王軍の仕業ですね」
〔レインさんよりも強い人たちがやられるのか。やはり魔王軍は侮れないな。俺で大丈夫なんだろうか・・・〕レインに補助魔法がかけれらているとはいえ互角の勝負をしているタダシの不安が頭上に現れているのを見てレインは苦笑いをする。
(魔王軍ではなくて召喚した勇者たちにボコボコにされたんですよね・・・)
レインは今までの『勇者たち』につぶされた者たちの事を思い出す。
召喚された勇者にこの世界の事を指導するのは、その時に王国で一番強い騎士の役目だ。
そんな勇者を指導する事になった騎士たちは「補助魔法は自分自身には普通かける事は出来ません。ただし、勇者様なら例外的に自分にかけることができます。でも訓練の時は勇者様が強くなりすぎて危険なので使用しないでください」とちゃんと伝えていたはずなのに、補助魔法を勇者に使われて半殺しにされている。
どうしてそんな事になったのか。
タダシより一足先に召喚された勇者が先任の守護騎士をボコボコにした時に自慢げに語っているのをレインは目撃したことがある。
「補助魔法が自分自身にかけられないと言っていましたが、それは思い込みなんですよ。魔法の仕組みが理解できればこうやってかけれるんです。え?俺なんかしちゃいましたあ」とか言っていた。
「勇者は例外的に使える。勇者が使うと強くなりすぎて危険だからしないでくれ」と言った部分が勇者にはまるで聞えていないかのようだった。
実際、補助魔法をこの世界の人間が自分に使えないのは仕組みを理解していないとかではなくて根本的に使えないのだ。全ての魔法を使用できて、その仕組みを完璧に理解している賢者エスケレスでさえ自分自身には使う事はできない。
それを異世界から来たという理不尽な理由だけで自分自身に使用できる勇者が力を誇示した挙句「え?使えないんですか?www」とかしている姿を思い出したらいまだにレインには悔しさがあふれてくる。
「あの~、レインさん?」
〔どうしたんだろうか。難しい顔して・・・〕タダシが心配そうにこちらを見ているのにレインは気づく。
「いえ、なんでもないのです。タダシ様は本当にいい勇者になるなあと思っていたのです」
レインは心からそう答えるのだった。
*
「とまあ、こんな感じでしたね」
レインは異世界の勇者に対して、こちらの言いたい事が通じているかをちゃんと確認できる事がどれだけ訓練に必要な事なのかをエスケレスに力説する。その上で、
「本人にも伝えたのですがタダシ様は本当に立派な勇者になると思います」
としみじみと言っている。
「タダシがいい勇者になるのはわしも同意するが、あれは戦闘中はなるべく出さねえようにさせないといけないな」
「なんでですか?」
「考えてもみろ。下等な魔物ならまだしも、上級魔族には人語を解するやつらもいるだろうが」
「あっ・・・」
エスケレスに指摘されてレインはその意味を察する。戦闘中に考えている事がだだ漏れだったらとんでもなく不利になるだろう。
「でもどうすれば・・・」
「よくいうだろ。一流の戦士は戦闘中は無心で戦うって。わしは戦闘は専門外だから知らんがそれをあの勇者様にも叩き込んでおくんだな。まあ、えらばれし勇者ならできるだろ」
「そんないい加減な・・・」
「勇者のためだ。しっかりやれよ。それがお前の役目だ」
そう言って去っていくエスケレスの背中に(もし、私の頭上にタダシ様のように本音が出ていたらエスケレス様への不満がとめどなく出ているでしょうね)レインは舌を出すのだった。
次回は 05 守護騎士です。