046 修行
タダシが 『魔族が強いと納得するための手合わせ』と称した修業を始めて何日かしてタダシはあることが気になっていた。
「どうして棒の長さを変えて戦わないんですか?」
最初の手合わせ以降、ヒョウゴは武器の長さを変えることなく戦っている。かと言って全く長さを変えないわけではなく、はじめに長さを固定してその戦闘中は変えずに戦っているのだ。
剣の長さで戦うときはそのまま剣の技法で戦い、槍の長さにした時はそのまま槍の技法でと、棒の長さによってヒョウゴは戦い方を変えている。
「普通は武器の長さを変えることはできんじゃろ。剣なら剣、槍なら槍と長さは変えれん。どうせ修行するなら色んな武器の相手と戦えるようにしておいた方がよいじゃろう」
何を今さらと言った感じで答えるヒョウゴに、
〔げっ、修行って事がバレてる?〕
とタダシは素直にあれを出してしまう。
「なんでわかったんですか?」
(お主の頭の上を見れば一発でわかるんじゃがのう)とヒョウゴは思うが、
「さすがに毎回ボコボコにされても納得できんのはおかしいじゃろう」
とタダシがあれの事を知らないでも理解できるように言葉を選んでいる。
「…多少は対抗できるようになってきていると思いますが」
『毎回ボコボコ』が引っかかったのか不満の声を漏らすタダシに、
「そうじゃな。確かに驚くべきスピードでわしと戦える時間が長くなっておるのう。じゃが、まだまだ」
ヒョウゴも少しはタダシを認めながら、自分とタダシにはこれほどの差があるとばかりに棒を上下させる。
「そんなに差がありますかねえ…」
だいぶヒョウゴの攻撃を受け止めれるようになってきているタダシはあまり納得できていないが、
〔それにしても元副魔王ってのはダテじゃないよな。温厚そうなおじいさんなのに、時折見せる視線は斬りつけられるようで痛みすら感じるような気がするもんな〕
技術的なものが高いのはもちろんだが、それ以上にヒョウゴの持っている気迫を感じる事がタダシにとっては一番の修行になっているようだった。
*
祖父と勇者の手合わせを見ながらカノンはため息をついていた。
(お祖父様は何を考えているのかしら)
魔族の少女、カノンの最近の悩みはこれだ。数百年は生きている祖父とは違ってカノンは見た目通り若い魔族でまだ18歳だ。この年頃の魔族は人間と同じで、まだまだ物事に対して真面目に考えている。
というのもカノンには自分たちは言わゆる穏健派の魔族だが、別に人間の味方というわけでもないという思いがある。穏健派とはいえ魔族は魔族なのだ。弱くてもろい存在である人間をわざわざ滅ぼす必要はないが、だからといって魔族同士が争ってまで守ってやる義理はない。
魔王軍を離れたとはいえこれでは完全に魔族を裏切っていると言われてもしかないと真面目な魔族ならそう考えるだろう。
だが、これはカノンが知らないだけで穏健派の中にはヒョウゴのように状況によっては多少の手助けをしても構わないと思っている者もすくなくないのだ。
年を取るごとに妥協して物事を処理していくのは人間も魔族も同じなのだが、若いカノンはまだまだ潔癖なところがある。
そんなカノンも祖父の言いつけで人間の女騎士に修行をつけているが、確かにその女騎士は人間にしてはかなり強かった。勇者の仲間の一員だけはあるとは思う。
女騎士はそれまでは勇者と訓練していたらしいが「実力が離れすぎていたら修行が捗らんからな。カノンぐらいがちょうどよいじゃろう」と祖父に言われて自分が修行を付ける事になったのだ。
こう言われると自分が勇者よりも弱いと言われているようでカノンは面白くなかった。
しかし、祖父と勇者の手合わせを見ていると確かに自分よりも強いと認めざるえない。自分では祖父が手加減しているとはいえあそこまで戦えないだろう。
こうなると感情とは別にタダシの事が気にはなってくる。異世界から召喚された勇者らしいのだが、なぜここまで強く、そしてなぜこの世界の人間のために戦っているのか。
(話をしてみますか)
気乗りはしなかったが、それでも心にしこりを残すよりはいいだろうと思い、
「ちょっといいですか?」
カノンがヒョウゴとの手合わせをおえて一休みしていたタダシに声をかけると、ちょっとびっくりしたような顔で振り返る。
出会ってからすぐにタダシ一行に懐いたジュウベイと違い、カノンはどこかよそよそしく、必要最低限の会話しか人間たちとしていなかったので急に話しかけられて驚いたのだ。
「なにかな?」
そう答えながらもその頭上には、
〔あー、これもしかしてキタかな。お決まりのヤツが。いやー、そろそろ来ないとおかしいと思っていたんだよ。この世界召喚されて結構な日にちが経ったけどついにキタね!敵だった魔族になぜか慕われる。しかも絶対美少女!よくあるよね!しかもカノンは相当な美少女だからなあ〕
とラブコメ展開を期待するあれが出ている。
これがチョロ王女ことミーシャあたりだとタダシに美少女と思われていると素直に喜ぶのだろうが、カノンには、
(え?ちょっと声をかけただけなのに…この反応?…怖い)
と普通に引かれている。
これまでのトンデモ召喚勇者たちのせいでかなり勇者のハードルが下がっていたミーシャやレインと違って、特に勇者に思い入れのない魔族のカノンにはタダシの食い気味な反応が受け入れられないらしい。
(うわー、なんかイイ顔してますね…。まあ、とりあえず我慢しましょう)
我慢されたことに気付かずにタダシが自分なりの男前の顔をもってきているのが、さらにカノンを引かせる要因になっている。
カノンはこのようにドン引きしているが、これは少しタダシが可哀そうな気がする。
あれさえ見えなければタダシはカノンの問いに普通ににこやかに対応しただけなのだから。
こうしてカノンとタダシの会話は微妙な空気のまま始まるのだった。
次回は 047 戦う理由 です。