044 副魔王ヒョウゴ
元副魔王と名乗った老魔族を前にしてタダシは警戒心をあらわにする。剣に手を置かないまでもいつでも戦えるように体勢を整える。
〔いざとなったら俺が残ってレインとエスケレスさんだけでも逃がす〕
珍しく表情と一致したあれを頭上に浮かべるタダシを見て、老魔族ヒョウゴは(なるほど。こいつがのう)と思う。
「そう、警戒するでない。勇者タダシ。それから賢者エスケレスと守護騎士レイン」
「え?タダシって勇者なの?」
「なぜここにっ!」
指摘されたタダシ達もそうだがジュウベイやカノンも驚いているのを見て、ヒョウゴはため息をつく。
「なんじゃ?お前たちは知らずに連れて来ておったのか。それでは勇者が警戒するのも無理もないのじゃろうが、先ほども言ったがわしは元副魔王じゃよ。何年も前に引退して森の奥に引っ込んどるただの魔族のじじいじゃよ」
「そのただのじじいがどうして勇者の事を知ってるんだ?」
タダシが召喚されてからまだそれほどの月日は経っていない。その存在が公になったのはサイカク戦後だ。魔王軍から退いてから年月が過ぎているヒョウゴがタダシの事を知っている事をエスケレスは勘ぐっている。
「引退したとはいえわしのところにも勇者の情報は入っておるのよ。その特徴とかな」
意味ありげな視線を向けられたタダシは、
〔俺の特徴?なんだろう。もしかして俺の人相書きとか出回っているのかな?どんな感じで描かれれるんだろうか・・・〕
となんだか気恥ずかしいような顔をして頭上にあれを浮かべているが、エスケレスとレインは(いや、いまその頭上に浮かべているものがあなたの特徴そのものです)と特徴を丸出しにしているタダシに心の中でツッコミを入れる。
ヒョウゴの視線の先を見ると間違いなくその先にはあれがあるからだ。
「まあ、こいつが本物の副魔王ヒョウゴなら警戒しねえでもいいだろう。本人が言っているようにとっくの昔に魔王軍から引退しているはずだからな、本物ならな」
本物にアクセントをつけるエスケレスだが、
「まわりくどい事を言うでない。お前はわしの顔を知っておるのじゃろ。わしが名乗る前から反応しておったからな」
目ざとく観察されていたことを知らされてエスケレスはバツの悪そうな顔をする。
(わしもタダシほどではねえがどうも顔に出やすいタイプだからな。気を付けねえといけねえな)
反省しながらもエスケレスの口は軽い。
「お前さんみたいな有名人を知らないわけねえだろ。先代魔王の右腕とまで呼ばれていた男じゃねえか」
「いやいや、そうは言っても有名なのは名前と役職だけじゃよ。顔まで知っているのはお主が人間にしては博識という事じゃな」
ヒョウゴに褒められているエスケレスを見て、
〔へえ、なんだかんだ言ってやっぱりエスケレスさんの知識ってすごいんだな〕
タダシは素直に感心してる。それにつられてレインも
(最近は賢者というよりはただの口の悪いおじさんでしたからね)辛辣ながらも少し見直している。
「しかしよ、副魔王ヒョウゴともあろうものがなんで魔王軍から離れたんだ?」
ヒョウゴが引退したことは知っていてもその理由まではエスケレスも知らないらしい。
「簡単に言うとリストラじゃな。新魔王になってから余分な者は魔王軍から弾かれたのよ」
「お前さんが余分ってことはねえだろう。年老いたとはいえ今でも現八大将あたりとは互角以上のはずだ」
なおも納得しないエスケレスに、
「新魔王はわしらのやり方が効率的ではないと言ってな。古臭い慣習ばかり大事にして侵攻を遅くするような無駄な事ばかりしていると言い出してのう。結果として新しいやり方についていけないわしらのようなロートルは引退を迫られたのじゃよ」
自嘲するようにヒョウゴが答えると、
「あんな新参者がお祖父様たち先代魔王様の魔王軍のやり方を理解していたとは思えませんが」
ヒョウゴが引退したときはまだ子供で自分も魔王軍のあり方など理解していなかったカノンが憮然としているのを見てヒョウゴは苦笑する。カノンは先代魔王に子供の頃に可愛がられていた記憶からか新魔王に対して敵対心を持っているのだ。
「いやいや、新魔王はなかなか目の付け所の良い、当然な指摘をしておったよ。先代魔王をはじめとしてわしらはわざと効率的じゃないやり方で人間の相手をしておったのじゃからな。もちろん表向きはそう見えないようにはしていたがな」
「わざと?どういうことだ?」
そう言いながらも新魔王になってから魔族側の侵攻が妙に手際よくなったとエスケレス自身感じていた。それまでは小競り合い程度で人間の国の領土が侵される事はなかったが、新魔王になってからは確実に人間の国は防戦一方にになり幾つかの国は滅び、ほとんどの国が領土を侵されている。
「人間側がどう思っているかは想像に難くないが、簡単に言うとわしらは人間を滅ぼす気などなかったのじゃよ。わしらが人間と揉めることがあるとしたら、人間側がこちらの領域を侵そうとしたときだけじゃ。むしろ侵略者は人間側じゃよ。まあ、弱すぎて侵略者としての脅威は全くなかったからこっちは軽くあしらってただけなのじゃが」
ヒョウゴの言うには魔王の代替わりは時々ある事なのだが、タダシ達が先代勇者と呼んでいる勇者と戦った魔王以降は人間界に侵攻する意志をもった魔王は現れなかったらしい。
しかし、今回現れた新魔王になってからは効率的に人間への侵攻をはじめたらしい。
そのやり方にヒョウゴたち旧魔王の側近だった上級魔族は表立って敵対こそしなかったが、会議を無駄に長びかせるなど侵攻を遅延させるようなやり方をしたために新魔王に追放されたと言うことだった。
「疑うわけではありませんが、魔族が一枚岩ではないというその話が本当だという証拠はあるのでしょうか」
今まで魔王軍と命懸けで戦ってきたレインが当然と言えば当然な疑問を問いかけるが、そんなシリアスな場面なのにタダシの頭上には、
〔『疑うわけではない』ってレインめっちゃ疑ってる・・・〕とあれでツッコミをいれるタダシ。
人間の文字が読める者たちにはそれが目に留まって一瞬微妙な空気が流れる。
(そりゃそうなんだろうけど、ここでそんなツッコミをいれるか?)と一同思うのだ。
しかし、これはタダシは全く悪くない。
何しろ本人は口に出しているわけではないのだ。顔はちゃんとこの場にあったシリアスな表情をしている。顔は。
とりあえず見なかったことにして話を進めることにしたのか、
「・・・証拠はないのう。仮に魔王軍の方針を記した文章があったとしてもお主らはそれが本物だと信じないじゃろう。魔族の内情を知っている証人がいたとしてもそいつが嘘をついていないと証明できないじゃろう。だが、わしの話が本当だとわかる事があるじゃろ?人間がまだ滅亡していない。これこそが魔王軍が人間の国に対して自衛以外の行動をしていなかった証じゃな」
「魔族がその気になれば人間なんてすぐに滅ぼせるってか?」
エスケレスの問いにヒョウゴは大きくうなずく。
「召喚勇者なんていう例外もあるから絶対とは言えんが、魔族が一丸となって人間の国に攻め込めば一ヵ月もせんうちに全ての人間の国を亡ぼせるくらいの戦力が魔族側にはあるじゃろうな」
自信たっぷりに言うヒョウゴだがエスケレスもレインもにわかには信じられないといった顔をする。確かに魔族は脅威だがこれまでも魔王軍に対して人間側もなんとかやり合ってこれたのだ。それほどの力の差があるとは思えないのだ。
タダシに至っては〔八大将のサイカクがあの程度だろ?確かに強かったけど・・・〕とはっきりと文字に出している。
そんな三人の様子を見てヒョウゴはやれやれと言った表情になると、
「ではわしが証明してやろう。そこの勇者は人間の中では最強クラスの強さを持っておるのじゃろう?その人間側の現役最強勇者とかたや魔王軍を引退したロートルであるわしが戦ってみれば・・・自ずとわしの言っていることが理解できるはずじゃよ」
ヒョウゴは自らタダシと戦ってみることで魔族の強さを証明して見せるという。
「もちろん戦うと言っても命の取り合いではないぞ。まあ少し戦い方を指導してやろうということじゃ」
完全に自分の方が上と思っているヒョウゴの発言に、
「いいでしょう。一度手合わせしていただきましょう」
とタダシは老人を立てるような言い方をして表に出ていくが、その背中には、
〔ホントにそんなに強いのかな~。最初は副魔王ってきいたからビビったけど、八大将と同程度ならまあなんとかなりそうなんだよな~〕
と召喚勇者にありがちな増長をし始めている。
それを見たヒョウゴが、
「・・・一つきいておくが、わしは人間の文字がわかるがそのへんは大丈夫じゃろうの?」
小声で意味ありげにきくと、エスケレスはその疑問はもっともだと思いながら答える。
「一応の対策はしている。問題はねえはずだ」
「それならば多少は本気を出してやろうかのう。少しお灸を据える事になるじゃろうがな」
老魔族は不敵に笑うのだった。
次回は 045 副魔王の実力 です。