042 遭遇
「これを見ると勇者の剣はまだまだ人里から離れたところにありますね。道も整備されていないようですし、これはたどり着くのはなかなか大変そうです」
勇者の証で浮かび上がらせた地図を見ながらレインが眉をひそめている。
「でもエスケレスさんだったら行き方を知っているんでしょう?」
タダシは気楽な様子でエスケレスに話しかけているがエスケレスは渋い顔をする。、
「そう簡単にあてにしてもらったら困る。この辺には何もねえはずだから、わしも行ったことがない。実際に見たわけじゃないし、知識としても何もねえな」
「エスケレスさんも行ったことがないんですか?」
この世界で一番の知識を持つと自称しているエスケレスに知らない事あるのかとタダシはガッカリするが、
「そりゃそうだろう。何もねえんだから」
何もないところなんだから行く必要がないとばかりにエスケレスはなぜか威張ったように言う。
「なるほど」
タダシは一応納得しながらも、
〔なんでそんな辺鄙なところにあるかなあ。勇者の装備をもっと集めやすいところに置いておいてくれればいいのに。正直、マップがだだっ広いRPGはあんまり好きじゃないんだよなあ。後、レベル上げとかがあるやつもめんどくさい。イベントこなしてればレベルが追い付いてくるくらいがいいんだよね〕
としっかり現代日本人らしい愚痴あれがでている。
「まあまあ、勇者様。姫の転移魔法でかなり距離は稼げましたから頑張っていきましょう」
とレインは(レベル上げってなんだろ?)と思いながらタダシを励ましている。
今、レインが言ったようにタダシ一行はすでにツキノワから数十キロ以上離れた森の中にきていた。
ツキノワでタダシが演説を行った後に、その場でミーシャの転移魔法によってここに転移させてもらったのだ。
演説後に「今から勇者様たちが旅立ちます」とのミーシャが宣言すると兵士たちのボルテージが上がって勇者コールが起こる中での転移だったのでタダシはずいぶん気をよくしたものだ。
ちなみに転移魔法を使ったのはタダシのモチベーションをあげたり、効率的に旅を進めるためだけではなく、魔王軍の追跡を避ける意味もある。
「ツキノワにも魔王軍の目がある可能性は十分にあるからな」とエスケレスが説明したように普通に町から歩いて出ていたら追跡される危険性があったのだ。
「このあたりは魔物の巣なんだがタダシがいればまず近寄ってこねえから安全に進めるしな」
〔そう言えば危険察知能力が高いから野生の魔物は近寄ってこないのか〕
とタダシは以前エスケレスに説明されたことを思い浮かべている。
「獲物でも追いかけてよっぽど我を忘れてなければ魔物に遭遇することはねえ・・・ってなんだ?」
突如として起こった地響きにエスケレスが言いかけた事を中断する。
そしてその地鳴りは次第に近づいてきており3人が警戒を強める中、一人の少年が息を切らして走り込んでくる。
そしてその後ろには・・・10メートルはあろうかという巨大なドラゴンが興奮した様子で迫ってくる。そのまま少年を追ってここに突っ込んでくると思われた。
しかし、そのドラゴンはタダシを見るとビクッと身体を震わせて立ち止まる。
そしてゆっくりと後ずさりすると向きを変えて去っていく。
ドラゴンのような野良モンスターは危険察知能力に長けているので、自分では絶対に勝てないタダシの強さを敏感に感じ取って逃げ出したのだ。
その様子を見て感心したように、
「へえ、兄ちゃんスゴイね。グレイトドラゴンを威圧だけで退けるなんてなかなかできる事じゃないよ」
さっきまでドラゴンに追いかけられていたとは思えないほど落ち着いた様子で少年は気安く話しかけてくる。
「君、このあたりに住んでるの?ここらには人里はないはずだけど」
こんなところでドラゴンに追いかけられていた少年にレインが不思議そうに尋ねると、少年が答える前にエスケレスが答える。
「この子はおそらく上位魔族だ。こんな魔物だらけの場所に人間の子供が一人でいるかよ」
上位魔族というエスケレスの言葉にレインとタダシに緊張が走るが、
「そう警戒するな。こいつはおそらく魔王軍じゃねえよ。魔王軍じゃねえなら上位魔族でも別に害はねえよ。前にも言ったと思うがロクでもないのは人間にわざわざ仕掛けてくる魔族だけだ」
エスケレスは手を軽く振って2人を制する。
「おっ、おじさんわかってるねえ。俺はジュウベイ。お察し通り魔族だけど魔王軍じゃないよ。じいちゃんと姉ちゃんと3人でこの近くで暮らしてて、今日は狩りに来たんだけど魔力が少なくなったところでうっかりグレイトドラゴンに出会っちゃってさ。魔力があればなんとかなったけど、さすがに生身だけでグレイトドラゴンの相手はしんどいよね。助かったよ」
少年は屈託ない様子でお礼を言ってくる。
「この近くで暮らしてるって事はこの辺の地理には詳しいのか?」
「まあね。でも、俺よりもじいちゃんの方が詳しいかな。助けてもらったお礼もしたいしうちに来なよ。じいちゃんならこの辺は誰よりも詳しいから何か知りたいならじいちゃんにきいたらいいよ」
思わぬ情報提供者にタダシ達は顔を見合わせるが、結局はジュウベイについていくことにした。
他に当てもなかったし、エスケレスが魔王軍じゃねえなら大丈夫だろうと太鼓判を押したからだ。
ジュウベイは話好きなのか3人を案内しながらいろいろ話してくる。いわく、ジュウベイの祖父は元魔王軍のお偉いさんだったが今の魔王になってから魔王軍を辞めてジュウベイとその姉と共にここで暮らしているらしい。
食料調達のためにジュウベイは姉と共に時々、狩りに出ているのだが今日は寝坊して置いて行かれたのを後から追いかけていたところで多数の魔物に遭遇して魔力を使い果たした後にグレイトドラゴンに出くわして逃げていた時にタダシ達と出会ったらしい。
「ところでなんで兄ちゃんの頭の上に時々なんか出てるの?」
子供とは正直なもので唐突にタダシのあれについて触れてくる。ジュウベイが話している間にもときどきタダシはあれをおもらしをしていたのが気になっていたらしい。ただ、ジュウベイは人間の文字がわからないのでそれをなんかと表現しているのだ。
「あ・・・。えーと、このお兄ちゃんはちょっと特別な人間で頭の上には獣人とか魔族だけに見えるモノが出るらしいの。私は人間だから見えないけど」
レインは自分でも苦しい説明をしていると思うがジュウベイは素直な性格なのか「そっかー。そういう人間がいるんだねえ」と納得しているが、
「え?レインは見えてるんだろ?」
タダシが驚いたように聞き返してくるのでレインは顔を引きつらせる。
(なんで?私が見えてるって事は勇者様は知らないはずだけど?もしかして・・・いつの間にかバレてる!?)
レインの反応にタダシは怪訝な顔をしてあれを浮かべる。
〔・・・おかしいな。レインは獣人の血が混じってるから少しは見えるって話だったはずだけど〕
とタダシの頭上に浮かんでいるのを見て、
「あははは・・・。そうでしたね。私にもうっすら見えてます。あっ、でも時々ですから忘れちゃうんですよね~・・・」
そう言えばそんな余計な設定もあったなあとレインは改めて思い出して、自分に無駄な業を押し付けたエスケレスをにらむのだった。
次回は 043 元魔王軍 です。