041 ツキノワを後に(後編)
作戦会議室で話し合われた翌日決行されたT作戦はタダシの演説会というよりは壮行会を兼ねたものになっていた。
タダシが兵士たちに演説を行った後、そのままタダシ一行がツキノワから旅立つ手はずになったのだ。
王都からの旅立ちの時は夜逃げのようにしたものだが、今回はあの時と大違いだ。
「まあ、あの時と違って勇者の存在はもう魔王軍に知られているからな。むしろ、勇者がツキノワから旅立ったとあえて魔王軍側にわからせる事でツキノワの安全を確保する目的もある」
とエスケレスはもっともらしい説明をタダシにしていた。
城の中庭を見下ろすバルコニーで勇者が出立前に皆に挨拶をする。そういったおふれがミーシャの名前で出されるとレインたちが呼びかけるまでもなく八大将サイカクを単独で倒した勇者を一目見ようとツキノワの兵士たちは自主的にツキノワ城の中庭に集まっていた。
「ふふふ。集まってる、集まってる」
兵士たちの人波を嬉しそうに眼下に見ながらレインはまるで悪の女王のようなセリフを言っているが、その顔は実に無邪気な笑顔だ。
「さあ、みなさん準備はよろしいですか。この作戦の成否は私たちにかかっていますからね!」
『・・・おー』
気合を入れるレインとは裏腹に、ポーラ王国5人衆(ジョノーツを除く)の士気は上がらない。一応声を上げているが明らかに気乗りしていないのがわかる。
「そんな弱気でどうするんですかっ!ゴウユウと戦った時のあの勇敢な皆さんはどこにいったんですか!」
レインは叱咤激励をするが、
「・・・もう一回ゴウユウと戦う方がまだいいですね」
と普段あまりレインと話さないタイテンが一番に不満を口にする。
「戦う場所を選ぶなんてポーラ王国5人衆の名が廃ると思わないのですか!」
「これ、戦いじゃないだろ」
ゴウも手にした【奇跡の召喚勇者タダシ様!】とでかでかと書かれた『勇者様の思考隠し板・改』を見ながらレインにはっきり聞えるように愚痴を言っている。
「何を言ってるんです。今回の作戦も大きな視点で見れば魔王討伐の戦いの一環ですよ!兵士たちの士気をあげるんですから!」
「もうさあ、レインがこれをしたいだけだよね。ていうかジョノーツさんだけしないのズルい」
どうせ恥をかくなら仲間を増やしたいニョリに、
「いや、俺もしたいんだよ?ただ、今の俺では足手まといになるだけだから遠慮しているのだ」
嘘くさい言葉で断るジョノーツの二枚目な顔を恨めしそうにみている。
なんだかんだと嫌がるポーラ王国5人衆。
その煮え切らない態度に、ついに怒りを爆発させる。
レイン、ではない。
「ええい、お前たちそれでもポーラ王国5人衆かっ!ポーラ王国5人衆に選ばれた時にその命を国に捧げると誓ったことを忘れたのかっ!私はやるぞ!この『勇者様の思考隠し板・改』を恥ずかしげもなく振りに振ってやる!」
【最高の勇者、タダシ様❤】とかなり痛い『勇者様の思考隠し板・改』を担当させられているイシンが厳格な態度で叱りつける。やけくそにも見えるが・・・。
「さすがはイシン様です。本当に大切な事がよくわかっていらっしゃる。私が特にハートマーク付きを任せた『隠したい』の隊長だけはあります」
心強い援軍得てレインは、うん、うん、とうなずいている。いつの間にかイシンはポーラ王国5人衆の隊長から『隠したい』の隊長にされている。
ポーラ王国5人衆改め、『隠したい』隊長のイシン。
その言葉に逆らえることができる者などいないのだった。
*
タダシがミーシャと共にバルコニーに現れると兵士たちは割れんばかりの歓声を上げる。
それに続いてエスケレス、レイン、ポーラ王国5人衆が続くと更に歓声は大きくなる。
ポーラ王国の英雄たちが一堂に会しているその光景は兵士たちにとってまさに壮観だった。
そんな興奮冷めやらぬ中、ミーシャが一歩前に出でよくとおる声で、
「それでは勇者タダシ様、どうぞ」
ミーシャに促されてタダシは一歩前に出る。
〔うわー。めっちゃ人おる…緊張するなあ〕
と、さっそくあれがでるのをレインが【勇者タダシ様】と書かれたシンプルな『勇者様の思考隠し板・改』を振ってすかさず隠している。
誰よりも早く反応できたのはそれだけタダシとの付き合いが長い証拠だろう。『隠したい』隊長よりも早いのはさすがである。
ちなみにタダシにはエスケレスが「この世界では演説の際に遠くからでも目立つように文字を書いたボードを周りの者達が出すことになっている」と説明をして〔のぼりみたいなものかな?〕と納得させていたので、タダシもその行動を疑問に思わないのだ。
タダシは前日の夜から考えていた原稿を頭の中で思い浮かべる。
と同時に長文のあれがその頭上に浮かぶ。
〔みなさん、俺はタダシといいます。ミーシャ姫によって、魔王を倒すためにこの世界に召喚されました。正直に言うと、ミーシャ姫から魔王討伐を頼まれた時にヤッターと俺は思いましたね。以前の世界ではそういう物語が流行っていて、自分の世界では平凡だった者が勇者として活躍できていましたから。
実際、俺もここに来てすぐに強くなれました。
実戦なんてしたことなかった俺がこの世界では短期間の訓練で歴戦の騎士を超える強さになるなんて、まさに選ばれた勇者です。
その後も先代勇者に認められて、オークキングを倒して、勇者の鎧を手に入れて、自分ならこの世界でなんでもできるような気になりました。
でも、今回の戦いでわかったのは俺一人の力でできるのは限られていると言う事です。サイカクを倒したのは俺ですが魔王軍からこのツキノワを守ったのは皆さんです。
俺はこれから再び魔王討伐の旅にでますが、このツキノワを、ポーラ王国を守るのは皆さんです。それがあってこそ俺たちも安心して旅立てます。お互いに頑張りましょう〕
このあれは隠す必要がなかった。なにしろ一字一句違うことなくタダシは口に出して言ったのだから。
それこそタダシの言葉が皆に伝わるように横に控えている賢者エスケレスあたりが魔法を使って映し出しているように皆には思えた。そして勇者の言葉に兵士たちは静かに闘志を燃やす。自分たちも勇者に必要とされていると感じる事は今までの勇者には全くなかったからだ。
ミーシャはその様子を見て(さすがはタダシ様!)と思いながらも姫として凜とした態度をあまり崩さなかったが、『勇者様の思考隠し板・改』を使う機会があまりなかった『隠したい』の隊員たち(レインを除く)はあからさまにホッと胸をなでおろしていた。
ただ一人厳しい顔をしている人物がいる。エスケレスだ。
エスケレスはタダシの言葉を噛みしめるように頷きあう兵たちを見ながら、
(・・・相変わらず召喚勇者らしくねえなあ。もっと自信たっぷりに、「俺は何も間違えない、全部俺に任せとけ、とにかく俺に付いて来い!」くらいはドヤ顔で言えねえのかよ。そうすりゃあ、兵たちももっと景気よくテンションあがるのによ。いくらやる気が出ても守りにはいり過ぎるだろ)
根拠のない理想論をもっともらしく掲げて兵を扇動して戦いに向かわせる。今までの召喚勇者の十八番を使わずに、現実的な話で助力を得ようとするタダシに心中で悪態をつきながらも、その顔は自然とニヤけている事にエスケレス本人は気づいていなかった。
以上で2章 矛盾する賢者 は終わりです。次回に登場人物 2章まで を挟んで
3章 決意する守護騎士 が始まります。