038 魔王軍幹部会議
魔王軍の本拠地にして魔王の居城である魔王城の一角にある『千魔の間』。
最大で千人の魔族が入る事ができるのがその名の由来だが、用途に応じで大きさを自由に変えることができるので人数によっては小さくして使用したりしている。
魔王軍の重要な会議が行われたり、大規模な決起集会が開かれたり、忘年会や新年会、魔王の誕生日会などが行われる実に多目的な場所だ。
そんな便利な場所にサイカクがタダシによって倒されてから3日後、魔王軍の最高幹部たちが集結していた。
ちなみに今の魔王軍は現魔王の代になってから幹部組織をかなり簡略化したので、現在の幹部は魔王軍の頂点である魔王を除くとその直属で各地方の侵略責任者である八大将だけだ。
それまでは八大将以外にも魔王補佐だの、魔王代理だの、副魔王だの、次席魔王だの、と肩書だけはすごそうな幹部が山ほどいたのだが、「会議は10名以内!」という魔王の鶴の一声で八大将以外の幹部は全員一掃されたのだ。
実際、人数が多くいたところでまともな能力がある者が揃っていれば、全員発言させようとすれば8人目以降はその前の人間の意見を巧みに言い換えているだけで時間の無駄だと魔王は考えているらしい。
今回の魔王軍幹部会議では以前エイサイが招集した時と違って今回は八大将全員が勢揃いしている。
もっとも、サイカクがタダシに倒されて、新たな八大将が任命されていないので7人しかいないが。
ちなみにその7人の顔ぶれを見ていくと、ツキノワに攻め込んだ事でおなじみのエイサイとゴウユウ、紅一点のジョウ、老人姿のロウカイ、いつも微笑んでいる様な顔のニトリー、寡黙なフゲン、口元以外を隠した仮面をつけたテンプレだ。
「魔王様は今回も不在ですか」
「魔王様は力の間にこもっておられる。邪魔するわけにいかんじゃろう」
エイサイの問いに年相応に禿げあげた頭が印象的なロウカイが答えている。
「今回集まったのはサイカクちゃんがやられちゃたからなんでしょう?ひさしぶりじゃない、八大将がやられるなんて」
抜群のプロポーションで露出度の高い服装をしたジョウはまさに悪の女王様と言った感じで思春期まっさかりのタダシが出会ったらレインが怒りそうなあれが出そうな格好をしている。
「確かに八大将がやられるのは久しぶりじゃのう。3年前に暴走した異界の勇者とその勇者の国の軍の半数を道連れにヨウキャがやられたとき以来じゃな」
ちなみにヨウキャと入れ替わりで八大将になったのがエイサイで、八大将の中では一番新参で年も若い。
「ふっ、所詮ヨウキャは八大将でも最弱だった奴。サイカクは古参の八大将だからあの時とは事情が違うだろう」
仮面をつけたテンプレが賢げに言うが、(あー、『所詮・・・最弱』を言っちゃうんだ・・・)と言った顔をテンプレ以外の全員がしていると
「なっ、なんだ!?何が言いたい、その視線は何のつもりだ!?」
「いやー、テンプレっていつも発言がありきたりすぎるよね」
エイサイがテンプレにも分かるように皆の視線の意味を説明するが、言い方が悪いので完全にケンカを売っているようにみえる。
もっともエイサイはテンプレに限らず皆に対してこんな態度なので、ゴウユウ以外の八大将に招集を無視されたりするのだが本人には自覚はない。単純に子供なのだ。
仮面をつけているためにテンプレの顔色はわからないが怒りに震えた声で、
「・・・八大将が3人もいて町ひとつも落せない、しかもそのうちの1人が死ぬとはありえないなあ。まったく情けない限りだ。八大将の名を返上した方がいいんじゃないのか?」
と嫌味を言う。それに対してエイサイは(またテンプレ君が何か言ってる・・・)と無視を決め込んでいたが、
「俺はもうちょっとやりたかったんだがなあ、エイサイに止められたのだ。それにあいつらはなかなか強かったぞ。テンプレあたりなら刺し違えるくらいはできそうな実力だったぞ」
ゴウユウはテンプレの発言に怒るでもなく、たんたんと反応している。
基本的にゴウユウは自分が八大将で一番強いと思っているので他の八大将に失礼な態度をとられても心に余裕があるのだ。
「エイサイ、なぜ止めたのだ!その場でサイカクの仇をとるべきじゃかったのか!」
ゴウユウが相手をしないのでテンプレがその怒りをエイサイにぶつけると、
「サイカクを無傷で倒したっていう勇者の能力が不明だったからね。よくわからないけど背後から謎のオーラが出ることがあるらしいし、一度撤退すべきだと判断したんだよ」
面倒くさそうにエイサイが答えると、
「そういう事なら仕方ないんじゃないの?実際八大将の1人がやられたんだし、エイサイちゃんたちが一度撤退するのは悪い判断じゃないと思うけど」
比較的エイサイに甘いジョウが肩を持つ。
「しかし、ほうっておくわけにはいかんじゃろう?今までの勇者のように魔法王女が元の世界に強制送還する事もなさそうじゃしなあ」
ロウカイがそう言うと温和な顔をしたニトリーが初めて口を開く。
「能力が不明なら私が行きましょう。私なら能力が不明な相手でも対応が可能ですからね」
「確かにニトリーちゃんなら適任でしょうけど、あなたが担当している国は大丈夫なの?」
ジョウが心配するようにポーラ王国は人間の国の中でも強国なのでエイサイ、ゴウユウ、サイカクと3人も八大将が派遣されていたが、その他の国は八大将がそれぞれ一国ずつ担当しているのでニトリーが他の場所に出陣してしまえば担当している国への侵攻がストップするのだ。
「私の担当のベルーガ王国はしばらく動けないんですよ。魔法王女ミーシャや賢者エスケレスといった強力な力を持った人間がいるポーラ王国とは違って、あの国は完全に召喚勇者頼りでしたからね。この前、召喚された勇者を始末したのでしばらくは部下たちだけでも問題はないはずです」
「へえ、さすがは『勇者狩り』ね。でも、また召喚されたら困るんじゃないの?」
感心したように言うジョウに、ニトリーはこともなげに答える。
「召喚術師は召喚で力尽きて死んだらしいから大丈夫ですよ。むしろ召喚術師が生きていたらあの勇者は早々に元の世界に戻されていたでしょうね。あの国には他に強い者がいなかったから勇者の相当無茶な要求も受け入れていたようで、金に女に暴力にやりたい放題だったみたいでしてね。勇者の死体を晒していたら国民たちに石を投げつけられていましたよ」
その光景を思い出したのかニトリーは笑いをかみ殺すように答えている。温和に見えるがやはりこのへん魔族らしい性格をしているのだ。
「待った。いくらニトリーでも1人でポーラ王国の勇者と戦わせるわけにはいかないよ。あの勇者は単独で八大将を倒せることを示したんだから」
慎重な姿勢を崩さないエイサイだが、ロウカイが子供をさとすように、
「ならばわしが同行しよう。ニトリーはエイサイやゴウユウとは馬が合わないじゃろうし、何よりサイカク亡き後のポーラ王国を担当するなら2人はしばらくは余裕がなかろうて。わしの担当のハクガン公国は今はじわじわとわしの『毒』が効いてきてるところじゃから、しばらく時間をあけても『毒』が熟成されるだけじゃからよかろうて」
年甲斐もなく出しゃばってくると、
「まーた、精神的にちょっかいかけて人間どもを内部崩壊させてるのか?まったく、じいさんはよくやるよ」
ゴウユウが呆れたように言うが、
「まあそう言うな。わしのような年寄りにはお主のように現場でバリバリ働くのはきついわい」
とロウカイは飄々とかわしている。
(何言ってやがる。じいさんは数年前まではめちゃくちゃ武闘派だったから、自分が勇者と戦いたいだけだろう)とゴウユウは思う。
人間をお互いに不信にさせて内部崩壊させる遊びを最近覚えたロウカイはそれを楽しんでいるだけなのだ。ただ、ロウカイが言うようにニトリーとは馬が合わないのは事実なのでそれ以上はゴウユウも反論しない。
(サイカクを倒した勇者か・・・。俺がやってみたかったが、この二人が出るのだったらそれもかなわんだろいうなあ)とあきらめるのだった。
次回は 039 勇者の演説 です。