03 勇者の噂
ポーラ王国の城下町の片隅で幾人かの町民たちが集まって噂話に花を咲かせていた。
「また勇者が召喚されたんだって?」
「マジか?最近うちは雨漏りしていたんだよなあ。早いところ修理しておかないといけないな」
いまや城下町の町民たちにとっては勇者=自然災害みたいになっているのだ。
「いや、今回の勇者は大丈夫らしい。もう召喚されて一週間たっているそうだからな」
「なに?もう一週間もたっているのか?すごいな!まだ何も被害がでてないじゃないか!」
勇者が召喚されたらだいたい次の日には王宮内のどこかが破壊されている。3日以内に城下町に被害が出て、5日くらいで美少女たちがさらわれて、一週間もすれば王国各地で破壊活動がおこなわれているのが普通なのだ。
「そういえばここ一ヵ月くらい警報も出てないな。久しぶりじゃないか」
「確かに。どうせ勇者は外れなんだから召喚前に警報を出せばいい、なんて意見もあったが、こういう事もあるんだな」
勇者は早ければ一ヵ月に1回のペースで召喚されていたので、そのたびに警報が出ていたのだが、一応勇者が危険人物だとわかってから出していたのだ。
町民たちが噂しているように事前に警報を出すことも検討されたことがあったが、さすがに召喚前に警報を出していたらわざわざ災害を呼び出しているのを王国側が認めているみたいになってしまうので却下されていた。
「しかし、本当に今回は当たりなのか?」
町民たちは異世界の勇者に対してかなり懐疑的になっているが、それを否定するように一人の町民が訳知り顔に言う。
「なんでも自分から魔王を倒したあかつきには元の世界に戻りたいと言いだしたらしい」
「そうか。魔王を倒してくれるのか。奇特な勇者だな・・・」
勇者なのに普通に魔王討伐をする方が希少に思われている現状がこの世界にはあった。
勇者召喚⇒ほぼ迷惑な外来種⇒強制送還。
これが最近の勇者の黄金パターンになっているので普通に魔王討伐を志してくれる勇者は久しぶりなのだ。
「ミーシャ様もようやく当たりを引かれたのだな」
「あの方は美人なのだが男運の悪そうな顔をしているからな」
召喚された勇者達の被害にあっている城下町の者たちは割と口が悪い。というかこのくらいのたくましさがなければこの城下町ではやっていけないのだ。
地方に行けばまだ勇者に対して憧れや尊敬の念を持っている純真な国民が大多数だが、直接的な被害に晒されることが多い城下町の者たちは擦れに擦れていた。
「被害がでていないのはいいが、今回はずいぶんと勇者召喚の情報が流れてくるのが遅かったな」
いつもなら召喚された次の日には情報が出回っているのだが、今回はすでに召喚されて一週間もたっている。
「そりゃあ、被害がでていないからじゃないのか。いつもは次の日には被害がでているから被害報告と勇者召喚の報告をかねてるんだろ」
「そう考えたら今回の勇者は確かに当たりかもな。何しろ一週間も被害なしだ。きっと真面目な普通の勇者に違いない」
擦れている城下町の町民たちだったが、本当は普通の勇者の出現を待ち望んでいるのだ。
勇者の被害も困ったものだが、年々魔王軍の侵攻は強まっており危機感を覚えているのもまた事実だった。
そして、その侵攻の中でこんな風に軽口をたたいていられるのも、ミーシャをはじめとして王国軍が必死に魔王軍を食い止めているおかげだと知っていた。
その王国軍が何度失敗しても勇者召喚をやめないのだから、守ってもらっている自分たちはこうやって愚痴を言うだけで本気で勇者召喚をさし止める権利はないと思っていた。
「でも、勇者の本心はどうかわからないぞ。なにしろ勇者だからな」
疑り深い町民もまだいるが、情報通の町民がまたも新しい情報を披露する。
「その点は大丈夫らしい。今度の勇者は嘘がつけないらしいんだ」
「へえ、もしかして賢者エスケレス様がそんな魔法でもかけたのかねえ」
「ありえるからもな、エスケレス様は性格悪いし」
エスケレスの底意地の悪さまでしっかり知っている噂好きの町民たちだったが、タダシが嘘をつけない理由がその頭上に本心が現れる事だとは想像もしていない。
「なんにしろ期待してみるか。たまには」
勇者タダシは本人の知らないところで着実に名声を得ていくのだった。まだ、旅だってもいないのに。
04 勇者の修行から土曜日更新になります。