037 ツキノワ防衛戦の終わり
タダシがサイカクを倒してから30分後に魔王軍の伝令兵がエイサイの元にたどり着いていた。
「サイカクが勇者に倒された」という伝令兵から言葉にエイサイは思わず耳を疑うが、エスケレスたちが今まで時間稼ぎとも思える行動をしていたことを考えると、あり得ない事ではないと思い直す。
エイサイとしてはエスケレスにいいように抑えられて、その上サイカクを討たれたとなったら何のために援軍としてツキノワに来たのかわからない。
今後の魔王軍での立場を考えるとここは無理にでも戦功が欲しいところだが、さすがにエイサイは引き際を心得ている。
退却する判断したエイサイの行動は早い。すぐにゴウユウに声をかける。
「ゴウユウ!引き上げるよ!」
「まあ、まて。もう少しやらせろ。あと少しで一人くらいはとれそうだ」
強い奴と遊びに来ているつもりのゴウユウはまだ遊び足りたいようだったが、
「ダメだ。サイカクがやられたらしい」
「あの引きこもりが?よく人間が居場所をみつけたな」
ゴウユウはサイカクが倒された事よりもその居場所を見つけたことに感心している。それだけサイカクの居場所を特定するのは難しい事だったのだろう。
「そんな話はあとだよ。どうやら勇者が現れたようだ。下級兵からの情報だから要領を得ないが、今までの勇者と違って、なんでも背後に一瞬オーラのようなものが立ち上ることもあるらしい」
エイサイの言葉に(タダシがやってくれた!)とその場にいたタダシのあれの事を知っている者たち全員が内心歓喜する。
しかし、ゴウユウにとっては勇者という言葉が響いたのか
「勇者っ!それはぜひとも手合わせしたい!」
嬉しそうな声を上げるゴウユウにエイサイは(ゴウユウの悪いところだ)と思いながら毅然とした態度で言い返す。
「今は一旦引くんだ。さっきも言ったオーラの件といい能力が未知数だ。今は嫌でも引いてもらう」
その強い物言いにゴウユウはエイサイが何をしようとしているか気付いて、
「おい、まてって・・・」
制止しようとしたゴウユウの姿が一瞬で消える。
エイサイは
「ちゃんとした勇者を見つけたみたいだな。エスケレス!だが、後悔するなよ。魔王軍八大将1人の首は重いぞ!」
捨て台詞を吐いて今度はエイサイが消える。サイカクは本当は1人ではなく6人なので正確には6人の首なのだが、その辺の事情はエイサイも知らないらしい。もちろんこの時点ではエスケレス達も知らないので誰も何も言わない。
もっとも、八大将を退けた事で皆、精魂尽きていたので知っていたとしても口を開く余裕はなかっただろう。
ただ、エスケレスが誰に言うでもなく
「転移魔法か。ゴウユウを飛ばして自分も転移したか。便利なものだな・・・」
と補助魔法を自分自身に使えるエイサイの身の上を少し羨ましそうにつぶやくと、
「全軍に通達しろ!八大将サイカクを討ち取ったとな!」
と叫ぶのだった。
*
「勇者様!ご無事でしたか!」
ツキノワの近郊でタダシを待っていたレインは、タダシの姿を見つけると嬉しそうに駆け寄っていく。
「俺は大丈夫だ。サイカクは案外あっさり倒せたから。・・・でも、こっちは酷い状況じゃないか。どうしてツキノワから王国軍が打って出たんだ。いったい何が・・・」
戦闘のあとがまだ生々しく残る様子見ながらタダシはレインに問いかける。
「こちらには八大将のゴウユウとエイサイが攻めて来たのです。想定外でしたからこちらの出方もかなり変わってしまったのです」
はじめからタダシがサイカクと戦いやすくなるために魔王軍を引き付ける事を目的としてツキノワから打って出たのだがそれは言わない。言ってしまえばこの心優しい勇者はそれを気にするからだ。
「八大将が2人も来たのか!みんなは無事なのか、ミーシャは、エスケレスさんは、レインはどこも怪我していないか?」
タダシはまずレインたちの事を心配している。
もちろんその他の兵士たちが犠牲になったことを気にしていないわけではないが、自分の見知った者をまず心配するのが人情というものだろう。
「私は大丈夫です。でも、私をかばってジョノーツさんが・・・」
レインは静かに語りだす。
八大将のゴウユウの相手をしたのがポーラ5人衆とレインで、当初はなんとか互角に戦っていたものの、やがて押されだしてレインが集中的に狙われた事。そんなレインが危うくやられそうになった時にレインをかばったジョノーツが右腕を失った事などを口早に話した。
自分のせいでジョノーツが重傷を負った事にショックを受けながらも気丈に話しているレインの姿は痛々しいが、タダシは何も言うことができない。
平和な異世界から来たタダシには刺激が強すぎて頭が真っ白になっているようだ。頭上にあれも出ていないほど放心しているタダシにレインは話を続ける。
「今は救護テントにいます。姫様やエスケレスさんなら魔法で右腕を再生できるかもしれませんが、今は二人とも他の重傷者たちの治療に当たっていますから・・・」
「・・・救護テントはどこなんだ?」
ようやくタダシはそれだけの言葉を絞り出す。
「ご案内します」
レインに案内された負傷者が運び込まれているテントを前にしてタダシは少しためらうが、意を決したように入っていく。
ジョノーツは他の負傷者たちとは少し離れた場所にいた。やはりポーラ王国でも身分の高い騎士であるジョノーツの扱いは特別であるようだ。
「ジョノーツさん、ちゃんと治して下さいよ。そうしないとポーラ王国4人衆になっちゃいますからね」
ニョリが軽口をたたきながら付き添っているが、その顔はいつものような軽い笑顔ではなく真面目なものだ。
逆にジョノーツは少し笑顔で「ああ、そうだな」と答えているがその顔色は悪い。右肘にまかれている包帯が痛々しく、そこから先がない事実がゴウユウとの戦闘が厳しいものであった事をリアルに物語っていた。
そんなジョノーツの姿を見て、近くまで来ても声をかけられないタダシにジョノーツの方から気付いて話しかける。
「勇者!サイカクを倒したんだな。よくやってくれた。ありがとう!」
開口一番、感謝を告げるジョノーツにタダシは何も答えないが、ジョノーツは構わず語り続ける。
「勇者はすごいな。あんなに強い八大将と1人で戦ってくれたんだよな。俺は、俺たちポーラ王国5人衆なら八大将とでも互角以上に戦える自信があったし、八大将を前にしても臆することなどないと思っていた・・・。
しかし、実際に戦った八大将は恐ろしかった。正直俺はビビっちまったよ。逃げ出したかったが、そうもいかない立場だから無理に戦うしかなかったんだ。そんな相手だっていうのに勇者がこの世界のために危険を冒して戦ってくれたことに本当に感謝する。ありがとう、ツキノワを守ってくれて。ありがとう、この世界に来てくれて」
「いえ、そんな・・・」
ジョノーツの言葉にタダシはうまく返事ができないが、その思いはいつものように頭上に現れている。
〔・・・ジョノーツさんは俺に気をつかってるんだ。俺がジョノーツさんの腕の事を気にしないようにお礼の言葉を言ってくれている。俺がもっと早く、もっと上手くできていたらこんな事には・・・〕
自分を責める言葉を頭上に浮かべるタダシに、
「・・・勇者、自分を責めないでくれ。俺は本心から感謝しているんだ。俺の心を勇者に見せる事ができなくて残念だよ。ああ、本心を見せる方法があったら、俺の感謝を伝えれるんだがなあ」
芝居がかった感じで言うジョノーツに思わずレインとニョリは思わず顔を見合わせる。
この勇者に対して『本心を見せることができなくて残念』と言うのは事情を知っている者からしたら真面目に言っているのか、ふざけて言っているのかわからない。
「これどっちなんだろう?」
「私にきかないでよ。さすがに真面目に言っているとは思うけど」
ニョリとレインが小声で話しているのを見てジョノーツは、
「ニョリ、レイン。これが真の騎士道だ!」
と意味ありげに笑っている。
(どんな苦境をむかえても、騎士たるもの絶望してはいけない、笑顔を失ってはいけない・・・。つまり、俺は皆を笑わせるためにあえてふざけているのだ!)
と、ジョノーツはしたり顔をしているのだが、タダシと違ってジョノーツには頭上にその考えが浮かばないのでレインたちには残念ながらその真意が伝わっていなかったが、
(こんな状況でこんな事を思うのも不謹慎だけど・・・ジョノーツさんなんかすべってる?)
と今の状況はしっかり伝わっているのである意味ジョノーツは本望かもしれなかった。
次回は 038 魔王軍幹部会議 です。