036 対サイカク戦
エスケレス達が2人の八大将と死闘を繰りひろげていた頃、サイカクを見つけていたタダシだったが、まだ戦う事をためらっていた。
上位魔族のほとんど人間と変わらないその見た目に戦いにくさを感じていたし、何より6人もサイカクがいる事が想定外だった。
〔かなりアホっぽいけどこいつらがサイカクなのは間違いないようだな。どうする?ここで仕掛けるか?それもともチャンスがくるのを待つか?でも、あんまり時間をかけるわけにもいけないし、待つにしてもいつまで待てばいいんだ?〕
6人のサイカク全員が他の八大将並みの強さという事はないだろうが、6対1のシチュエーションはタダシも想定していなかった。倒すのをもたついていたらその間に護衛の兵をここに呼ばれるかもしれないし、何人かは取り逃がすかもしれない。
今までひたすらに正体を隠して己の情報を秘匿してきてサイカクなので、ここで逃がしてしまったらまたサイカクたちが行方をくらますことは想像にかたくない。そうなるとツキノワから魔族の脅威は去らないのだ。
ツキノワに残っているミーシャたちの事を考えて、
〔やっぱりサイカクたちが6人揃っているこの好機を逃すわけにはいかないよな・・・〕
と迷いながらもタダシは戦う事を決意し、最初にどう行動するかを考えていく。
〔・・・何も言わずに不意打ちで姿を現して、一気に倒していくか?それとも何か『イイ感じのセリフ』を言ってサイカクたちを怯ませておいてから倒していくか?そうなるとよっぽどサイカクたちを引き付けるセリフを言わないといけないけど、いったいどんなセリフにすればサイカクたちの気を引くことができるだろうか・・・〕
タダシがそんな事を考えて、頭上に誰も見る者がいないあれを浮かべている間にもサイカクたちは話を続けていた。
「しかし、ゴウユウたちがやりすぎないといいが・・・」
サイカクDが人間に対して意外な優しさを見せる発言をしたように見えたが、
「大丈夫だろう。あいつらは必要に以上に人間どもを痛みつける事は好んでいない。何しろ強い奴にしか興味がない奴ともう一人は・・・言うまでもないだろう。ちゃんと我らのオモチャになるザコ人間は残るはずだ」
歪んだ笑みを浮かべるサイカクCの言葉でタダシはそれが優しさではない事に気づく。
「ツキノワの城壁に阻まれたオモチャ不足に悩まされる日々も終わりだな」
そう言ってサイカクAが笑うと、他のサイカクたちも
「我らは一度遊んだオモチャは全てその場でちゃんと片づける良い子だからなあ。散らかしっぱなしの粗暴な者たちとは違うのだからオモチャが不足になるのは仕方なかろう」
「まあ、一度でも我らの姿見た者は生かしておくわけにはいかないからな。どうしてもオモチャは使い捨てになるよなあ」
何が面白いのかサイカクたちが歯を出して笑っている姿にタダシは怒りを募らせる。
〔こいつらっ・・・!エスケレスさんが『侵攻してくる魔族には最低なヤツしかいねえ』って言ってたけど確かに最低だ!〕
「だが、今回はツキノワというたくさんのオモチャが入った箱が手に入りそうだからしばらく退屈せずにすみそうだ」
退屈しのぎに人間をいたぶる事を心から楽しんで、その命をオモチャと言い切るサイカクたちにタダシは怒りながらもふと冷静になる。サイカクたちを倒すためのヒントをサイカクたちが自ら自白していることに気づいたのだ。
〔・・・『一度でも我らの姿を見た者は生かしておくわけにはいかない』。なるほど。そんなに深く考える必要はなかったのかもしれない。そうだ、それなら普通にやればいいのか!〕
タダシは早速透明魔法を解除して姿を現すと高らかに宣言する。
「全て聞かせてもらったぞ、サイカク。まさか八大将の一人、サイカクの正体が6人もいたとはな!」
「なっ、貴様どこから現れた。いったい何者だ!」
「ポーラ王国の勇者、タダシだ!八大将サイカク、覚悟してもらおう!」
剣を構えてタダシはカッコよくきめているが〔こっ、こんな感じでいいよな?〕と頭上にあれが出ているのでいまいち締まらない。
一方サイカクたちはというと、いきなり現れたタダシの方を見て目を見開き、口も開けて驚いている。
瞬時に出現した勇者にサイカクたちが驚いているようにタダシには見えていたが、実際は勇者その人の存在よりもその頭上に文字が現れている現象に驚いているのだがタダシはそんな事を知る由もない。
しかも、タダシは気付いていないがサイカクたちの目の動きは文章を読むときのそれになっている。
どうやらサイカクたちはこの世界の人間の文字に対する知識があるようでタダシの頭上の文字を読んでその意味を理解しているようだった。
「我らの正体を知られたからには生かして帰すわけには行かないな」
サイカクAがタダシの頭上をそれとわからないように見ながら言うと、
「それはこっちのセリフだ。お前たちは俺がここで倒す!」
〔思った通りだ!こいつらは自分たちが6人でサイカクを演じている事を知られたくないから、それを知った俺を始末するまでは逃げないだろう。そして正体がバレるからここに援軍を呼ぶことはできないんだ。うまくいったぜ!〕
「我らが援軍を呼ぶと思っていたのか。勇者とやらはずいぶんと自信家だな」
サイカクEが嘲笑する。頭上に考えが出ている勇者などまぬけそのものにしか見えないのだ。
そのサイカクEの言葉に、
〔もしかして人の心が読めるのか?〕
という文字が不安そうな顔のタダシの上に浮かび上がる事でサイカクたちはこの勇者は考えが頭上に出ていると確信する。
サイカクたちは互いに目くばせをする。いかに勇者が強かろうと、これならその行動を先読みして対応することは難しくないだろう。
だが、それがサイカクたちの命取りになった。
タダシが次にどんな行動に移るのかを知るためにタダシ本人よりもその頭上に全員が注目していたのだが、その隙を見逃すタダシではない。あっという間に距離を詰めたかと思うとサイカクEはタダシの剣によって切り倒されていた。
(バカな!何も出ていなかったのに!)そう思ったサイカクAも次の瞬間には首を飛ばされていた。
オーク軍団との戦いでも見せていたがレインとの特訓でタダシは戦闘中はあれが大きく出ない程度に無心で剣を振ることができるようになっているのだ。
タダシの頭上に何も浮かばないままサイカクEとAがやられたことに怯んだサイカクCも何もできないままタダシの剣で真っ二つになる。
さらに魔法の光弾がサイカクDの身体を打ち抜く。魔法を使う前にその頭上に使用する魔法が出ていなかったので、
「どうなっているのだ!」
サイカクFがたまらず叫ぶがタダシは止まらない。
斬りつけたタダシの剣をサイカクFが何とか受け止めると、背後からサイカクDが最後の力を振りしぼって斬りかかるが、
「ぐわっ!」
今度は勇者の鎧がタダシの危機を察知して自動的に光を放って目くらましを放つ。
その光をまともに受けて見当違いのところに刃をおろしたところをサイカクDはタダシに袈裟斬りにされてしまう。
勇者の鎧の光はタダシの意思に関係なく自動的に出ているのでこれも当然あれは出ていない。
「バカな!どういう事だ!貴様、我らをたばかってていたのか!」
頭上からあれが出ていることをまだ知らないタダシからしたら何の事かわからないが、
「勇者をなめるからだ!」
と、とりあえずカッコつけている。
5分も立たないうちに4人のサイカクが倒されて残りのサイカク2人は必死に抗うが、元々6人揃って戦ったとしてもタダシといい勝負をする程度実力なのだから2人では全く歯が立つわけがない。
残るサイカクBとサイカクFがタダシに倒されるのにそう時間はかからず、
〔何かよくわからないけど妙に隙だらけだったな。ちょっと上の方見てたし〕
そうタダシの頭上に出た時にはもうそれを見る者はいないのだった。
次回は 037 ツキノワ防衛戦の終わり です。