034 ここにいる
伝令兵を追跡して、サイカク軍の中枢だと思われる天幕にたどり着いたタダシは伝令兵が報告している人物を値踏みしていた。
きらびやかな黒い鎧に身を包んだその男は「出撃してきたツキノワ軍の勢い強く、わが軍は現在劣勢に立たされています!」という伝令兵の報告を聞きながらも、その端正な顔には全く表情の変化がない。
〔魔族って言ってもオークたちと違ってあんまり俺たちと違わないんだな。まあ、ちょっと顔色が悪すぎるくらい青かったり、妙な緑色だったり、カラーバリエーションが豊富だけど〕
明らかに見た目からモンスターなオークたち半魔王軍と違って、魔王正規軍に所属する魔族は人間に近い見た目の者が多いようだ。
〔普通に考えたらあいつがサイカクなんだろうけどなあ。でも、確証はないよなあ〕
報告を受けている黒い鎧の人物を観察しながらタダシはさらに考える。
〔ここで透明魔法を解いて一気に仕掛けるか?いやいや、さすがにここでやるのは護衛の兵が多すぎるから兵が少なくなる時を待つか?一応今はツキノワが優勢らしいし・・・〕
〔でも、早めにサイカクを倒せば更に有利になるよな。このくらいの数ならギリなんとかなるか?〕
〔まてまて、周りの兵たちもどのくらい強いかわからないし、無理をして失敗したら元も子もないしなあ。そもそもあいつがサイカクだという確証もまだないし、やっぱりもう少し様子を見るしかないか?〕
透明魔法のお陰でタダシのあれは誰にも見られないですんでいるが、そうでなければ色々考えすぎているタダシの頭上があれで大渋滞になっているという勇者ぽくない姿があらわになっていたところだ。
〔だいたい、伝令兵も報告する時に「報告いたします、サイカク様!」とか言えばいいのに!それをしないでいきなり報告するなんて魔王軍はどんな教育をしてるんだ?〕
ついには魔王軍の社内教育?にまで文句を言い始める(実際には口に出してないので言ってはいないが)タダシだが、サイカク(仮)が一人で更に天幕の奥に入っていくのを見て慌てて追いかけていく。
さきほどよりも一回り小さな間取りなっているそこにはテーブルについた5人の魔族がいた。
〔あっぶなあ、まだ奥にいたんだ。早とちりしないでよかった・・・。この中にはさすがにサイカクがいるのかな?・・・でも5人もいる。いや、ここに入ってきたやつを含めると6人か〕
タダシはふとエスケレスの助言を思い出す。
〔確かエスケレスさんから「エラい奴の席は決まってる。どこに座っているかでサイカクを判断する目安になるだろうからこの世界のエラい奴の座る席を教えといてやる」ってさんざん色んなパターンの席の配置を教え込まれたけど・・・〕
改めてその知識を思い出しながらタダシはサイカク(仮)たちの方をみるが・・・。
〔席順覚えた意味ないじゃん!このテーブルだったら全員対等にしか見えないよっ!〕
そう。ここにいる六人は円卓に付いて同じ間隔で座っている。最初のサイカク(仮)も含めて、全員対等にしか見えない。
さらにタダシはエスケレスの助言を思いだす。
〔確かこうも言ってたな・・・。「エラい奴を見分けるのは話し方だ。奴らの会話を聞いて一番エラそうな奴を見つけるんだ」って〕
しばらくタダシはサイカク(仮〕が話すをの聞いていたが・・・。
〔全員ため口じゃん!誰も敬語使ってないし、なんなら声も似てるしトーンも一緒だから全員モノマネでもしあってんの?って思えてくるよ!その行為に何の意味があるかわからないけど!〕
全く上下関係を見いだせないでいた。
〔しかし、こいつら皆よく似てるなあ。ちょっと違うけど顔も声もほとんど間違え探しレベルの違いしかないんだよなあ。とりえあず見分けるためにA、B、C、D、E、Fと仮に名付けておこう。同じ種類の敵を見分ける時はやっぱりアルファベットだよね!〕
レインたちがいたらなんでそんな分け方をするのかと疑問に思うところだろうが、タダシはごく当たり前のようにそう名付けている。タダシの来た世界の住人ならおおむねその気持ちは理解できるだろう。
サイカク(仮)たちに区別をつけたタダシは改めてサイカク(仮)たちの会話に耳を傾ける。
「ツキノワ軍に押されているようだが、はじめのうちだけだろう」
サイカク(仮)Aが楽観的な意見を述べると、
「しかし、むこうから攻めてくるとは意外だったな。イシンはもう少し賢い男だと思っていたが買いかぶりすぎていたか」
サイカク(仮)Cがツキノワの防衛責任者であるイシンを侮るような言葉を言う。それに対してサイカク(仮)Bは、
「いやいや、さすがに何か策があるのだろう。そう考えるべきだ」
慎重な意見を言い、
「私もそう思う。だが、どんな策があろうとも無意味ともいえる。もはやツキノワの陥落は不可避だろう。ゴウユウをこちらに引っ張り出すことに成功した時点で我らの勝利は確定したのだ」
サイカク(仮)Fがそれに同調しながらもツキノワの陥落自体は確実視している。
「あの戦闘バカの強さは八大将一だ。いかに小細工しようともツキノワの戦力では止める事はできまいよ」
サイカク(仮)Eも同意している。それを補足するように、
「エイサイが付いてきたのは計算外だったが、あいつもゴウユウ同様に功績には無頓着だからな。ツキノワ陥落という魔王軍のためになる事ならうるさい事は言わないだろう。魔王軍命だからな、エイサイは」
サイカク(仮)Dが言うと、
「魔王軍のためか?」
サイカク(仮)Cが意味ありげに問い返すと、
「それには間違いあるまい。まあ、ツキノワ陥落は当然その担当である八大将サイカクの戦功でもあるのだがな」
とサイカク(仮)が笑いながら言うと全員それに揃って笑いだす。
どうやらゴウユウたちに戦わせるだけ戦わせて、主な手柄は自分たちがもらう算段になっているようだ。
〔セコイなあ・・・。こんなセコイやつらの中にサイカクがいるのか?〕
ややこしい会話を聞きながらタダシは呆れていたが、
「もし、ツキノワ側に可能性があるとしたら我らを直接狙ってくるくらいしか手はないだろう。まあ、それこそ不可能だがな」
サイカク(仮)Dの発言にタダシはドキッとする。
まさにサイカク(仮)Dが言った言葉通りの事を計画してここに来ているからだ。
〔ん?でも「我らを直接狙ってくる」って『我ら』?・・・もしかしてサイカクって一人じゃないの?っていうかこいつら全員サイカク?!いやいや、さすがにそんなわけは・・・〕
「そもそも我らが6人でサイカクとは八大将どころか、魔王様も知らないのだからな。正体を知られないためにこれほど安全な策もなかろう」
とサイカク(確定)Cから分かりやすい説明をされて、八大将の1人、サイカクが6人だと気付いたタダシは
〔そういうのは策じゃなくって詐欺って言うんだーっ!〕
という文字をでっかく頭上に浮かべるのだった。
次回は 035 激戦と冷戦 です。
八大将の1人と言いながら6人。新手の詐欺ですね。