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033 想定外

 集結したツキノワの兵たちを前にして、白を基調とした鎧に身を包んだミーシャは気品に満ちた姿を見せていた。


 今日のミーシャだけ見たらまさにヒロイン!と誰もが思う出で立ちだ。まあ、ミーシャがおかしくなるのはタダシがいる時だけなのでこちらが本来の姿なのだろうが。


 その凛としたたたずまいは、とても先ほどまで勇者とのキスチャンスをふいにした事を悔やんで下唇を噛みしめていた少女と同一人物とは思えない。


 もっとも、そのちょっと抜けた姿を知っているのはエスケレスたち一部の者たちだけだ。エスケレスの配慮で筒抜け勇者の存在は一般兵たちにはいまだ伏せられている。


 高貴な美しさを持ちながら、その絶大な魔力を駆使して、時に前線に立って戦う勇壮な姫の登場にツキノワの兵たちの戦意は目に見えて高揚していた。


 これだけでもミーシャが城塞都市ツキノワにきた効果は十分あるのだが、王女ミーシャの存在意義はそれだけにとどまらない。


 「エスケレスさん、いきますよ」


 「わしはいつでもいいぞ」


 エスケレスは鷹揚にうなずく。


 いつもいい加減にみえるエスケレスだが、やはりその実力は頼もしい。


 ミーシャが唱えた強力な身体強化魔法をエスケレスが全体に効果がある魔法に組み替えていく。平然とそれをこなしているエスケレスだが、一応魔法を使えるレインに言わせると「信じられないほど複雑な作業をしている」と言うことらしい。


 さらにそれをツキノワの魔法兵たちが協力して増幅する事でツキノワの全軍に一度にかけていく。


 打って出ると決めたミーシャだが猪突猛進するわけではない。タダシへの好意は別にして、この機会に確実に八大将の一人を討ち取るために全力を尽くしているのがわかる。魔王軍の最高幹部である八大将を討てるチャンスなどそうそうないのだ。


「・・・姫様とエスケレス殿がいてくれてよかった。お二人がいなかったらこのうちの半数もかける事ができなかっただろう」


 誰に言うでもなくイシンはつぶやいている。ツキノワの魔法兵たちが兵士一人一人に身体強化魔法をかけてまわっていたら時間も魔力も圧倒的に足りないのだ。


 (だが、安心はできない。サイカクがここまで積極的に軍を動かしてきたのだ。何かあるに違いない)


 全軍の強化に成功してもイシンの不安は尽きないのだった。


                      *




 ポーラ王国5人衆のジョノーツ、ゴウ、ニョリ、タイテンを先頭にツキノワ軍は進撃していく。


 イシンだけはミーシャとレインと共に中軍に位置している。エスケレスはどこにいるかわからないが「わしはわしが必要なところにいる」とそれらしい事を言って自由行動をとっている。


 ツキノワ軍が打って出た事に魔王軍は少なからず動揺していた。当然城塞にこもって戦うと思っていたからだ。


 その隙を見逃すツキノワ軍ではない。高い戦意を保ったまま一気に突撃していく。


 ミーシャによる身体強化魔法の効果もありツキノワ兵たちは魔王軍正規兵相手でも優位に戦闘を進めていた。また、前線に立っているジョノーツ達ポーラ王国5人衆(イシン除く)の存在も大きい。


 「サイカクは珍しく正規兵を前に出していますな。今までのサイカクならば動員した半魔王軍を盾代わりにして、自らの正規兵はできるだけ消耗しない戦いをしていたのですが」


 戦況を説明するイシンにミーシャは疑問を投げかける。


 「戦意の低い半魔王軍を前線に出していたのですか?」


 半魔王軍の戦意が低いのはミーシャもよく知っている。


 「はい。サイカクは正規兵の消耗をひどく惜しんでいました」


 「意外と部下思いなのですね」


 「部下思いではありませんよ。正規兵という『自分のモノ』を失うのを惜しんだだけです」


 (自ら前線に立つミーシャ様には理解できない考えでしょう。しかし、そのサイカクが正規兵を前に出しているのは気になるな)


 それだけ本気でツキノワをおとそうとしているのか、それとも何か他に狙いがあるのか。


 しかし、イシンの疑問は解決されることになる。最悪の形で。


 「ポーラ王国5人衆とやら、出てこーい!それ以外のザコには興味はないっ!無意味に死にたくなければさがってやがれ!」


 そう言われて引き下がるような者はツキノワの兵士たちにはいないが、大男のグレイブによってあっという間に蹴散らされている。


 ザコに興味がないと言っている言葉の通り特に止めを刺してはいないようだが、兵士たちはほとんど一撃で戦闘不能におちいっている。


 「なんかスゴイのがいますね~」


 「バカ!感心している場合か。すぐに助けに行くぞ!」


 のん気な事を言っているニョリをジョノーツが叱りつける。


 それは緊張感のないニョリを引き締めるというよりは、遠くから見ていても異常な強さを顕現している敵を前にして、平静さを失っている自分自身を奮い立たせるためでもあった。


 真面目であるがゆえに臆病でもあるジョノーツにはわかっていた。あれは『ヤバい敵』だと。だからこそ自分たちが行く必要があると判断したのだ。


 しかし、それを引き留める者がいる。 


 「待て!行くなら5人衆全員そろってからだ。イシンを呼んでこい。あれは八大将の一人だ」


 いつの間に前線に来ていたのか青い顔をしたエスケレスだ。


 「じゃあ、あれがサイカクですか?」


 前線に出てくる事のないサイカクの姿は誰も見たことがないので、ニョリはそう思うが、エスケレスの答えは違った。


 「いや、ゴウユウだ。全員であたらなければ吹き飛ばされるぞ!」


 ポーカーフェイスのできるエスケレスがあえて危機感をあらわにしているのは、ジョノーツたちにそれだけ深刻な事態だとわからせるためだった。


 八大将ときいてニョリたちも驚きを隠せない。自ら戦うタイプではないサイカクという八大将を相手にしていた彼らにとっては初めて相対する八大将になるのだ。


 「ゴウユウは北部担当ではなかったのですか?」


 タイテンの疑問にエスケレスは忌々しそうに答える。


 「そのはずなんだが・・・あいつは戦闘マニアだからな。強い奴がいるとか何とか言って引きずり出されたんだろう」


 これでサイカクがわざわざ宣戦布告までしてツキノワに攻めてきた理由が分かった気がした。


 (まずいな。ゴウユウは間違いなく八大将で一番の武闘派だ。他の八大将相手ならイシンたちも戦闘ではひけを取らないだろうが、あいつは別格だ)


 強さに対して自信がありすぎるゆえに「弱い奴の相手はせん!」と強者がいない戦場では部下たちに戦闘を任してさっさと帰ってしまう事が多いゴウユウに対して、エスケレスたちはあえて押され気味に戦う事で正面から相手をしないようにして対処していたのだ。


 しかし、今回はポーラ王国5人衆という強者を求めてわざわざ来たのだ。

 

 ポーラ王国5人衆とやり合うまでゴウユウが引くことはないだろう。


 そしてゴウユウを止めなければツキノワに迫りくる魔王軍を止める術はない。


 やがてイシンを含めてミーシャたちも合流してくる。ゴウユウがわめいているのが見えたのでミーシャ側もこちらに向かって来ていたので思ったよりも早く合流できていた。


 イシンと合流したポーラ王国5人衆はすぐにゴウユウの前に立ちはだかる。ミーシャやレインも一緒だ。


 それを見てゴウユウは目を見開く。


 「おいおい、話が違うじゃないか。なんで守護騎士や魔法王女までここにいるんだ。俺はポーラ王国5人衆とだけやるつもりできたんだがなあ」


 「知らないよ。どうせサイカクのヤツが余計な事でもしたんだろう。おかしいと思ったんだよ。あいつが僕たちに助力をあおいでくるなんてさ」


 話が違うと言いながら少し嬉しそうなゴウユウに対して、隣の少年は本当に愚痴っぽく答えている。


 現代日本から来たタダシがいたら〔魔法王女って魔法少女みたいに聞こえる〕なと思って少し場が和んだかもしれないが、タダシはここにいないので誰もそんな事を思う者はいない。普通にシリアスな場面が続く。


 「ツキノワのポーラ王国5人衆に押されているからとサイカクが泣きついてきた姿が面白くて引き受けたんだが、まあいい。やることは変わらんだろう。まとめて相手をしてやろう」


 「待ちなよ、君の相手はポーラ王国5人衆だけだろ。それ以上は余計な怪我の可能性もある。僕がミーシャたちを受け持つよ」


 少年の言葉に少し不満そうな顔をするゴウユウだが、承諾する。


 「いいだろう。俺は魔法王女たちには興味がない。エイサイ、お前に任せよう」


 そう、この少年も八大将の一人、エイサイなのだ。ここには八大将のうち二人が来ていることになる。


 普通の国では八大将一人でも手に余るくらいなのだがそれが二人もいるという事実はかなりの危機的状況だった。その上サイカクがいるので実際にはこのツキノワに八大将が三人集結していることになる。


 (・・・無茶苦茶な事しやがって。ツキノワなんていう一都市に魔王軍の半分弱の戦力が来ていることになるじゃねえか!)


 エスケレスはそう思いながら、エイサイたちが自分の存在に気付いていない様に見えたので、


 「わしもいるんだな、これが」


 とわざとらしく存在をアピールする。


 まるでかまってちゃんのようなやり方だがエイサイの反応は思った以上だ。


 「エスケレス!なぜ貴様までがここにいる!」


 先ほどまでゴウユウを抑えていた姿とはうって変わってエイサイは感情的になる。


 エイサイがエスケレスを嫌っているのはゴウユウも知っていたが(相対するとここまで敵意をむき出しにするかね)と半ば呆れている。

 

 そんなエイサイを無視してエスケレスは指示を出していく。


 「レイン、お前はイシンたちと連携してゴウユウに当たれ!姫は全体の指揮を継続しつつ、ポーラ王国5人衆のバックアップ。エイサイの小僧はわしが一人で相手をする」


 「エスケレスさんが一人で戦うんですか?いくらなんでも・・・」


 「大丈夫だ。無理はしねえ」


 八大将相手に一対一で戦う。その事実だけで無謀過ぎるが、エスケレスには考えがあるようだ。


 それに実際問題としてゴウユウにポーラ王国5人衆とレインがかかりっきりになるならミーシャをある程度フリーにしておく必要があるのは皆わかっていた。


 いつも他人をいいように動かしている印象のあるエスケレスだが、自分自身も危険に晒すことができるのがこのエスケレスという賢者だ。むしろ今回に限れば一番危険なのはエスケレスだろう。


 そんなエスケレスに対して先ほどは激昂していたエイサイだが、今度は無視された事を気にしてないように上から目線で対応してくる。


 「ずいぶんなめてくれるなあ。八大将相手に人間が一人でやろうっていうの?」


 「八大将は怖い。だが、お前は怖くねえ。わしはな」


 エイサイを挑発するエスケレスだがその心中は穏やかじゃない。


 (・・・勇者よ、はやいところ頼むぞ。こりゃあ長くは持たねえぞ)


 エスケレスは自分の本心が勇者のように漏れない事のありがたみを感じながらハッタリをかますのだった。



                     *



 その頃、伝令兵をつけていたタダシはサイカク軍の中枢までたどり着いていたが、困っていた。


 〔いったいどいつがサイカクなんだ?エスケレスさんは会話を聞いてればなんとなくわかるって言ってたけど・・・〕


 アバウト過ぎるエスケレスの助言に、まだサイカクを見つける事ができていなかった。

次回は 034 ここにいる です。




この小説は筒抜け主人公が不在だと状況説明が長くなります。・・・正直作者も困ってます。

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