032 潜入
予告した期日通りにツキノワから目視できる位置まで進軍してきた八大将サイカク率いる魔王軍。
その戦力はおよそ2000といったところで、一般的な人間より高い戦闘力を持つ魔族や魔物たちと考えると破格の戦力だ。弱小国なら十分滅ぼす事ができるくらいだ。
通常のツキノワの戦力であればかなりの苦戦を強いられるであろうサイカク軍を眼下にして、ミーシャはタダシをサイカク討伐に送り出そうとしていた。
「・・・タダシ様、ご武運をお祈りいたします」
「任せてください。必ずサイカクを倒してきます!」
勇者らしく凛々しく答えるタダシだがその頭上には、
〔励ましの言葉だけかあ。もうちょっと、こう、ねえ・・・〕
何かを催促している気持ちが出ている。
もっとも、表面的な様子は無私の心で皆のために出立する凛々しい勇者そのものだ。
このタダシの態度を本心を言わない八方美人と思うのか、不満はあっても表には出さない美徳ととらえるのか難しいところだがタダシに好意を持つミーシャは後者ととったようだ。
「タダシ様。これをお持ちください。この魔力水を飲めば魔力が回復できます。透明魔法の使用で減った魔力をこれで回復してください」
(素直に言って下さればいいのに・・・。タダシ様は奥ゆかしすぎます)
と単に好意的というにはちょっと限度を超えた解釈をしている。恋の力とは恐ろしい。
そんな恋するミーシャの目に映ったのは、自分の頭上が催促したとは知らないタダシが「ありがとうございます!」と魔力水を喜んで受け取りながらも、さらに頭上に本心を出している姿だ。
〔有効なアイテムかあ・・・。これはこれでありがたいんだけど、額にお守りのキスとか期待したんだよねえ。よくある場面だと思うんだけどなあ、こういう場合〕
これにはミーシャも不満を持つ。せっかくあげたアイテム(しれっとあげているがかなり貴重)を心から喜んでもらえなかっただけでなく、さらなる要求をされた・・・からではない。
(素直に言って下さればいいのにっ!それならそうと、もっと分かりやすく頭上に出してくれればごく自然にキスできたじゃないですか!わたくし、喜んでしまいましたわ!)
とせっかくのキスチャンスをふいにした事を悔やんでいるのだ。
勇者と違って頭上に考えていることが出ないミーシャの気持ちは普通なら周りの者は知ることはできない。
ただ、この姫は勇者と違ってはたから見たらわりと分かりやすいのタイプなのでこの場にいるエスケレス、レイン、ポーラ王国5人衆の面々は(お熱い事で・・・)と思っている。
ただ一人、ジョノーツは(こいつ、姫とレインを両天秤にかけるつもりか?!)と憤っているが、それは私情が入っているからだろう。
レインのビキニアーマーに喜んだり、ミーシャにキスをせがんだりする(実際には心中で思っただけで表には出していないので責められる筋合いは全くないのだが)タダシを節操ないと思うのは酷だ。このくらいは17歳の少年としてはごく一般的な反応なのだ。
ジョノーツにそんな風に思われているとは知らない当のレインは(この二人なかなか噛み合いませんね・・・)と勇者と姫に何とも言えない思いを抱きながらも、(勇者様、どうかご無事で・・・)と声に出さずに危険な場所に赴くその身を案じるのだった。
*
「タダシ様は出立されたでしょうか」
ミーシャの問いに、
「恐らくな。透明魔法を使っているからわしらには知る由もないがあの勇者が怠けることはねえだろう」
エスケレスはタダシがこういう時にいい加減な事をしないと信じて疑わないようだ。
「では、わたくしたちもそろそろ行動に移らねばなりませんね。ツキノワには必要最低限の守備兵を残して城門からうって出ます。勇者様がサイカクを討って下さる確率を上げるためにわたくしたちも協力しなければなりません」
「敵軍が混乱すれば、伝令兵の動きが活発になるからな。そうなればタダシもサイカクを見つけやすくなるだろう」
ミーシャの積極策にエスケレスも同意する。これはあらかじめ話し合っていた事なのだろう。この二人の発言はポーラ王国の意思と言っていい。
もし、この二人に口を挟める者がいたらツキノワの防衛の責任者であるイシンくらいだが、
「ツキノワの責任者として言わせていただくが・・・私も打って出る事に賛成です。これまでサイカクの宣戦布告によって民たちは恐怖と我慢の日々を過ごしてまいりました。これ以上ツキノワの民を不安にさせないためにも我々ポーラ王国軍はツキノワの城壁に頼らずに魔王軍を撃退するべきです」
と賛成している。
確かにツキノワにこもって城壁を利用して戦えば被害は抑えられるかもしれないが、一般市民の安全は脅かさせることになる。
ツキノワから離れて戦うにこしたことはない。
(我らだけではうって出る事は選択しなかったが、今は姫様も賢者殿もいるからな)
タダシのためにうって出る事を決断したミーシャやエスケレスと違って、イシンはあくまでツキノワの民の事考えながら彼我の戦力を冷静に判断するのだった。
*
その頃タダシは早くもサイカク軍のいる地点までたどり着いていた。確かにこの勇者はエスケレスの言うように大事な時にサボったりはしないようだ。
〔見えてないとわかっていても気持ちのいいものじゃないなあ・・・〕
周りにはゴブリンやコボルト、オーク、オーガと様々な魔物や人型の魔族がひしめいている。
きちんとした装備を整えているのが魔王正規軍なのだろう。鎧などの装備がバラバラなのは動員された半魔王軍の者たちといったところだろうか。
数的には半々といった感じだ。
タダシは魔王正規軍の中である特徴を持った者を探していた。
〔えーと・・・。あっあれかな?エスケレスさんが言っていたのは〕
エスケレスに教えてもらった伝令兵を表す腕章を付けた者たちを見つける。
〔伝令兵がサイカクの元に伝令に行くのを追跡するんだよな。彼らを見失わないようにしないと〕
相手の位置を把握するマーカーを付ける魔法もあるのだが、透明魔法を使っている間は自らの使う魔法すらも透明化してしまうので魔法で攻撃することも、マーカーの様な補助魔法もかけることはできないのだ。
ちなみに透明魔法を使っている自分自身にはかける事はできるのか?
普通の者は補助魔法は自分自身にかける事できないから結局はできないのと一緒だが、タダシが透明魔法中でも自分にかける事ができるのは実験済みだ。
自分自身にかけることができなければ、透明魔法をが途切れないようにかけ続けてサイカクの居場所を探ると言うことができなくなるので実験しておいたのだ。
魔法って都合よすぎない?とタダシは思うのだが以前エスケレスに言われた「理屈に合わねえも何も魔法だぞ?魔法だから都合よくて不思議で当たり前だろう」というよくわからない理論を思い出すのだった。
次回は 033 想定外 です。
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