031 開戦
今日もタダシはポーラ王国5人衆にレインを加えて戦闘訓練をしていた。
当初はポーラ王国5人衆とタダシは互角の強さだったのだが、次第にタダシとの実力差が開いてきたのでレインもポーラ王国5人衆側について戦闘訓練をするようになったのだ。
これは単純にタダシが強くなっただけでなく、ポーラ王国5人衆もレベルアップしていたのだがそれをタダシの成長速度が上回っているからだ。
レイン1人との戦闘訓練では頭打ちになっていたのが、ポーラ王国5人衆という互角に戦える相手を得て更にタダシの成長度が上がったんだろう、とエスケレスは分析していた。
そんなポーラ王国5人衆との戦闘訓練を通じてタダシは次第に彼らと打ち解けていった。元々ポーラ王国5人衆はそれほど勇者に偏見がないし、何よりタダシの本心は筒抜けなのでタダシがいい奴だと理解するのは難しくない。
タダシとしてもこの世界に来てからエスケレスやレイン、ミーシャしか話し相手がいなかったのでポーラ王国5人衆との会話は楽しかった。
特にニョリとタダシは仲良くなっていた。
「そういえば勇者は透明魔法の方はもうバッチリ使えるようになったの?」
「ああ。そんなに難しい魔法じゃないからな。エスケレスさんに教えてもらってすぐにマスターできたよ」
ニョリとはタダシと同い年という事がわかってから、友達口調で話をしている。
表面的には礼儀正しい姿勢を崩さないタダシに、ニョリの方から「そんな堅苦しい話し方はやめようよ」と申し出たのだ。
「そっかー。それなら安心だな。・・・ちょっと僕にもかけてみてよ」
「ダメだ。どうせニョリは覗きでもするつもりなんだろ?」
これまでの付き合いでタダシはだいたいニョリの性格を把握している。悪い奴ではないが少し調子に乗りすぎるところがあるし、人畜無害そうな人懐っこい顔をしているが意外とスケベなのだ。
「そんな事言って、勇者こそ透明魔法を使って色々やってんじゃないの?仮に覗きとかしてても絶対にバレないんだしさあ」
ニヤニヤしながら言ってくるニョリだ。
「俺は勇者だぞ。そんな事に魔法を使ったりしない」
タダシはキリっとした顔で断言しているがその頭上には、
〔いや、正直少しは考えたけどさあ・・・。さすがにまずいだろ?勇者としてというか人として・・・〕
と揺れている様子が出ている。
「ニョリ!勇者様に変な事を言わないでよ!」
「ビキニ騎士はお堅いなあ。これくらい男なら普通だよ」
レインに怖い顔で睨みつけられたニョリは大げさに逃げながら更にふざけている。
『ビキニ騎士』という言葉にレインは今度はタダシに視線を向ける。
レインににらまれたタダシは俺は言ってないよ?とばかりに首を振るが、
(その頭上に時々出てるんですよ!画像が!)
とレインは言いたいがさすがにそれは言えない。しかもニョリの『ビキニ騎士』という言葉に反応してタダシの頭上にレインのビキニアーマー画像がまた出てしまっている。
(わざとじゃないんでしょうけど・・・本当にどうにかならないのかしら、あれ)
タダシの頭上に出ているあれにレインは頭を抱えている。
「勇者はあれを実際に見たんだよなあ・・・」
羨ましそうに言うジョノーツの肩をゴウとタイテンが両側から励ますようにポンっと叩くのだった。
*
その日の夜、王女であるミーシャと賢者エスケレス、ポーラ王国5人衆の隊長のイシンが作戦会議室に集まっていた。
「サイカクの指定した日まであと3日になりましたね。魔王軍の動きはどうなんですか?」
「特に動きはないようです。本当に指定した日に攻めてくるかも怪しいものです」
ミーシャの問いにイシンは難しい顔で答えている。
「サイカクの考えはわしもよくわからんからなあ。あいつほど得体のしれないやつはいねえ。アホのゴウユウや考えすぎのエイサイなんかはわりと分かりやすいんだがな」
知識に自信のあるエスケレスもサイカクについてはあまり詳しくないようだ。それだけサイカクが慎重に秘密裡に行動している八大将なのだろう。
「どうでしょう。勇者殿と手合わせを続けていくうちに我らも勇者殿も強くなっています。もしサイカクがツキノワに攻めてこなくても勇者殿に透明魔法でサイカクを討ちに行って頂くのはどうでしょうか?」
イシンの提案に、エスケレスは首を振る。
「ダメだな。勇者を行かせるならサイカクが軍を動かした時だ。いくら勇者でも全軍が残っている所へ行くのは危険すぎる。サイカクが軍を動かして、ある程度奴の周囲が手薄になっていねえとダメだ」
「しかし、ツキノワはこのままサイカクに威圧されている状態が続けばジリ貧ですぞ。知っての通りサイカクの宣戦布告から物流が滞り、民も不安を覚えています。姫が来られてからはだいぶ民は落ち着きを取り戻しましたが、いつまでもこのままというわけには・・・」
なおも食い下がるイシンだが、エスケレスは全てを言わせない。
「サイカクが軍を動かした後でも勇者が一人で潜入する危険度は相当なもんだ。これ以上のリスクを勇者に与える事に賛成できねえな。もし、勇者に行かせるならこっちからサイカク軍に攻め込んで隙を作るくらいの事はしてやらねえとな」
勇者に思い入れのないイシンは(賢者殿は極端な事を言う)と思うが、今度はミーシャに説得の標的を定める。
「姫はツキノワと勇者とどちらを選ぶんですか」
「私は・・・ポーラ王国を選びます。ポーラ王国にとって最良の道を選択するのが王女としての役目ですから。そしてポーラ王国にとっては今、勇者様を失うわけにいけません」
凜とした態度で答えるミーシャには有無を言わせない意志があふれている。
「・・・わかりました。姫がそこまでおっしゃるなら、これ以上は言いますまい」
イシンがため息をついて議論が終わったところで、ミーシャがエスケレスに話しかける。
「ところで・・・勇者様の頭上に時折レインの不適切な画像が浮かんでいるようですが、あれはエスケレス、あなたの仕業ですか?」
「ん?まあ、なあ・・・。勇者のやる気を出させてやろうと思ってなあ・・・勇者サービスってやつだ」
面倒なやつに知られたな。とエスケレスはあからさまに嫌そうな顔をする。こりゃあ、お説教タイムか?と覚悟するが、ミーシャはなぜか顔を真っ赤にして、
「サッ、サービスならわたくしがするべきなんじゃないでしょうか?勇者様へのサービスなら姫たるわたくしが率先して行うべきですっ!」
と甲高い声でよくわからない主張をし始める。
「っつ!?」
声にならない驚きを示したイシンは思わずミーシャの顔を見返す。
召喚した勇者に姫が気をつかっているのは知っていたが、普段は王族特有の気品ある態度を保ちながら兵を率いる勇敢な姫でありながら、民に接する時は控えめで清純なミーシャがそんな事を言うとは思わなかったのだ。
そんなイシンの困惑を無視してエスケレスはさも当たり前のように姫に対して無礼な受け答えをする。
「でもなあ・・・。レインの方がスタイルがいいからな。いや、姫も別に悪くないんだが、ちょっと控えめだからな」
「控えめなのも好きな方もいらっしゃるでしょう!」
「いやあ、サービスっていう観点で言うとだな」
「それはエスケレスさんの好みでしょ!」
ミーシャとエスケレスのやり取りを聞きながら(なるほど。姫が反対するわけだ)とイシンは内心ため息をつくのだった。
*
3日後、サイカク軍が宣言通りに攻めてきたことにより、のちに『ツキノワ攻防戦』と言われる激戦の火蓋が切られた。
この時、勇者はまだ知らない。
魔王正規軍と戦うのがどういう事なのか。
それを初めて知る戦いがこの『ツキノワ攻防戦』だったのだ。
次回は 031 潜入 です。