028 透明魔法
エスケレスが宣言したことで自然にタダシに視線が集まる。
「俺は何をしたらいいんですか?」
とまどっている事を隠して、タダシは精悍な顔でエスケレスにきいているが〔俺にしかできない事・・・。プレッシャーだなあ〕と頭上にはしっかりあれが出ている。
(あれさえ出てなけりゃあ、表情と言い、立ち振る舞いと言い、前向きな勇者に見えるんだがなあ)
慎重なタダシの性格を残念に思いながらエスケレスは話始める。
「さっきも言ったがサイカクのセコイ性格を考えると、普通に攻め込んだらどんなに手際よくやってもサイカクと戦うのは無理だろう。サイカクは倒すのが難しいんじゃない。・・・まあ、八大将だから倒すのも難しいが、それ以上に戦うのが難しいんだ。あいつのこれまでのやり方なら少しでも自軍が不利になると守りを固めるだろうし、それを何とか破ったとしても、自分のいる所に攻め込まれる前に行方をくらますだろうからな」
エスケレスの回りくどい言い方に「つまり、勇者殿にはサイカクが逃げる前に倒す方法があると言うことですな」とイシンが催促するように言う。
話の腰を折られたエスケレスは少し機嫌が悪そうに、
「透明魔法を使用するんだよ。それを使ってやつらに気付かれないように敵陣の奥に忍び込んでサイカクの居場所を見つけて勇者が倒すって作戦だ」
「透明魔法?」
聞きなれない魔法にレインたちは顔を見合わせる。あまりメジャーな魔法ではないらしい。
「でも、あの魔法には致命的な欠点がありますよね?」
さすがにミーシャは魔法に詳しい。すぐに透明魔法がどんな魔法か理解して反応している。
「効果時間の事だな?」
エスケレスの問いにミーシャは首を縦に振る。
透明魔法の欠点は効果時間が短い事だ。一回あたり十分程度しかもたない。そして補助魔法であるので自分自身にかけることができないのも問題だ。
普通に使ったら敵陣の直前で使っても敵の本拠地にたどり着くまでも持たないだろう。それこそサイカクの居場所を捜索する時間などないはずだ。
だが、異世界から召喚された勇者であるタダシなら自分自身に補助魔法をかけれるし、効果が切れる前に再度自分にかければいいだろう。
「それなら透明魔法を使える者が二人一組で行動してお互いにかけなおしたらいいんじゃないですか?」
タダシは作戦上の提案をしているように見えるがその本心は〔・・・1人で行きたくない。エスケレスさんは今の俺が八大将と互角って言ってたけど、さすがに1人で敵陣のど真ん中まで行くのは危険すぎないかな〕と臆している。
「二人で行動しようにもお互いに姿が見えねえんだから、はぐれちまうだろ。この魔法は良くも悪くも隠密性が高くてな。魔法をかけられた者に付随するものは全て透明化するから感知できねえんだ。だから触れられないから手をつなぐこともできねえし、音も消えるから声をかけ合うことも無理だ」
〔じゃあ、透明化したまま不意打ちをかける事もできないのか。ますます危険だなあ〕とタダシがそう思っていると、
「今言ったように透明魔法にかけられた者に付随するものは武器を含めて透明化するから、透明化したまま攻撃しても相手をすり抜けちまうぞ」
エスケレスに念押しされて〔エスケレスさんは相変わらず俺の考えをよく察するな〕と驚いている。
タダシはエスケレスは賢者だからタダシの思考を読んでいると思っているが、実際はタダシの頭上のあれを見ているだけだが。
「わしはできねえと思っている事は言わねえ。勇者ならできると思っているから言っているんだ」
不安に思っているタダシを後押しする様にエスケレスはそう断言しているが、もしエスケレスがタダシのように考えていることが頭上に出るとしてたらこう出ていただろう。
(正直、勇者がサイカクに勝って無事に帰る確率は七割と言ったところだろうなあ。だが、ツキノワを救うにはこれが一番確実だ。仮に勇者がやられても奇襲を受けたサイカクは軍を撤退させるだろうからな)
当たりの勇者であるタダシを失うのは惜しいが、ツキノワという重要拠点を魔王軍に攻略されるわけにはいかないのだ。
そんなエスケレスの考えを知らないタダシは、
「わかりました。俺にしかできないならやってみます!」
と勇者らしく宣言するが頭上には〔エスケレスさんが大丈夫って言うなら大丈夫か〕と人の好さが見えている。
そんな単純なタダシを心配して
「でも勇者様には・・・」
ミーシャがタダシの頭上に視線を送って口ごもっていると、
「わかってる。勇者が透明魔法を使うにあたって、一つ確かめないといけねえ事がある」
エスケレスが神妙な顔で言うのを聞きながらタダシを除いた全員が(あれの事なんだろうなあ)と思う。
もし、あれが透明にならなければ突如として文字や画像が空中に浮かび上がる事態になってしまう。あれがタダシの付属物だとみなされて一緒に透明化するか、もしくは全く別の何かとして丸出しになってしまうかでこの作戦の成功確率もかなり変わってくるだろう。
「それについてはわしに考えがある。レイン、お前に協力してもらわないといけねえが、いいか?」
いつもは頼むときに許可などとらないエスケレスが珍しく念押ししてくるのでレインも驚きながらうなずくが
「それは協力はしますけど・・・」(でも魔法の事なら私よりも姫様の方がいい気がしますけど)と気後れしている。レインも多少は魔法が使えるがミーシャに比べると格段におちるのだ。
「わたくしも助力を惜しみません」
「我々もお手伝いします」
ミーシャもイシンも協力を申し出るが、エスケレスは首を振る。
「姫でもいいんだが、今回はレインにしておこう。イシンたちには悪いが手伝える事はねえな。レインと勇者だけでわしたちの部屋に来てくれ」
そう言って会議をいったん終了したのだった。
*
「レイン、久しぶりだな」
会議の後にジョノーツが居室に向かっていたレインを呼び止める。
王都にいた頃からこの美形マッチョはレインの事を気にかけていた先輩なのだ。レインの方もポーラ王国5人衆にまで選ばれるほどの実力者であるジョノーツにはよく稽古をつけてもらっていた。
「勇者は本当に大丈夫なのか?本心では1人で行くのは嫌がっていたようだが・・・」
声をひそめて言うジョノーツにレインは苦笑しながら答える。
「大丈夫ですよ。確かに不安に思っていたようですけど、最後にはやってみますって堂々と言っていたじゃないですか」
「だが、それは自分をよく見せようとしているだけじゃないのか?」
あれの存在を知ってしまったジョノーツはタダシに懐疑的になっている。
「それの何が悪いんですか?普通の考えだし、私だってそうです。他人にどう思われてもいいから、自分が好きな事を好きなだけするって言う人より、私は自分をよく見せようとやせ我慢してでも頑張る人の方が立派だと思います」
レインの思わぬ反論にジョノーツは反応する。
「・・・レインは勇者の事が好きなのか?」
少し焦ったような言い方だったがレインはそれには気付かないのか照れる様子もなく答える。
「んー、好きというよりは尊敬しています。まだ少ししか旅をしていませんが、勇者として信頼できる方です。もちろん、ジョノーツさんの事も尊敬していますよ」
「俺も、尊敬ね・・・」
ジョノーツはその端正な顔を少し皮肉にゆがめるのだった。
次回は 029 ごほうび です。