023 取説
獣人の村を出てすぐにエスケレスは歩きながら何かを読み始める。
〔歩きスマホみたいだな〕とタダシが思っていると、レインがエスケレスに声をかける。
「エスケレスさん、何を読んでいるんですか?」
レインの質問に、エスケレスは手にしている紙束から目を離すことなく答える。
「ん、ああ。『取扱説明書』だ。勇者の鎧の。プッチ村長にもらったんだよ」
「えっ?そんなのあるんですか?ちょっと私にも見せてくださいよ」
〔俺も読みたいけど読めないだろうなあ〕
この世界の文字がほとんど読めないタダシは初めから読むことをあきらめているがレインは取扱説明書に興味津々だ。
「・・・見てもいいがレインには読めねえだろ」
「どーいう意味ですか。これでも教養はある方ですよ。私は守護騎士です」
なぜか守護騎士であることを強調するレイン。
「そーかい、そりゃすごい」
そんなレインを見もせずに適当に答えるエスケレス。
読んでもいいと言いながら取扱説明書を渡そうとしないエスケレスに、レインは自分から覗き込んでいくが確かに読めなかった。その取扱説明書に書かれている文字は人間の文字ではなかったからだ。
「プッチ村長たちが勇者の鎧を調べていただろ。それを元に取扱説明書を書いてくれたんだよ。獣人語で」
「エスケレスさんは読めるんですか?」
「わしは賢者だぞ。それくらいの知識はある」
守護騎士とは違うと言いたげなエスケレスにレインは少し怯むが、今度はタダシがたずねる。
「それでなんて書いてあるんですか?」
読む事ができないタダシも自分の装備している鎧の事だけに気になるらしい。
「そうだな・・・。今まで読んだところをかいつまんで話すと、この鎧は自動で敵の攻撃を受け流す機能がついている。敵の斬撃や魔法の種類に応じて、表面の物質の性質を変化させてダメージを軽減させるようだ」
「へえ、すごいですね」
タダシは素直に感心している。
「攻撃が当たる直前にスイッチが入るようだな。あとは装備者の死角から攻撃を受けた時に簡易的な反撃をするらしい。まあ、目くらまし程度だろうがな」
「うんうん。それもいい機能ですね。さすがは勇者の鎧です」
レインはタダシの安全が守られること自分の事のように喜んでいる。
その様子を(こいつら単純だな)と思いながら見ていたエスケレスが意味ありげにひと呼吸おくと、
「あとは・・・この鎧は一度つけると二度と外すことはできない」
「「えっ?」」
タダシとレインは思わず驚きの声を上げる。タダシに至っては〔マジで!?完全に呪いの装備じゃん!ちょっ、マジかよ!〕とあせって鎧を外そうとするが、
「・・・という事はないので安心して装備してもらいたい」
その様子をニヤニヤしながら見ていたエスケレスが続けた言葉に、
「エスケレスさん、本当にそんな事書いてあるんですか?」
レインがにらむが、
「いや、確かに書いてあるんだよ。全く紛らわしいよなあ」
エスケレスはレインたちが読めないのをいいことに好き勝手な事を言うのだった。
*
「エスケレスさん、まだそれ読んでいるんですか?」
レインが「そんな事していて、こけたりしないで下さいよ」と仕方ないなあといった感じで言っているのをエスケレスは「ああ」と受け流している。
(読み物が好きなところは賢者らしいですよね。エスケレスさんにしては珍しく)と普段あまり賢者らしい事をしていないエスケレスに対してレインはそう思う。
しかし、エスケレスがいま読んでいるのは勇者の鎧の取扱説明書ではない。
エスケレスが読んでいるのは『勇者の取扱説明書』だ。
これはエスケレスが前の勇者パーティーの賢者で試練のほこらの番人であるソフィーからもらったものだ。古代エルフ語で書いてあるのでこれもエスケレス以外には読めない。
この世界にとって一見、理想の勇者に見えているタダシ。しかし、この『勇者の取扱説明書』によると実はタダシは勇者として決して完璧とは言えないのだ。
『勇者は人々に希望を与える存在でなくてはならない。希望とはある意味では無謀と同義であるといえる』
『勇者の取扱説明書』に書かれているこの点がタダシには不足していると思う。タダシは勇者としては行儀が良すぎるのだ。
(タダシは性格的に自分が実現できると思っていることしか「できる」と言わねえからな。人としてはその方が正しいんだが、勇者としてはそこのところが物足りねえんだよな。獣人相手にはそれでもよかったが・・・人間はもっとすれている)
現実的に考えて実行できる範囲の事を言われるよりも、実際にはできもしない大きな事を威勢よく発言する者に人は惹かれるものだ。
貴族や王族だってそうだ。いかにも庶民のためになるような事を根拠もなく言う方が人気が出る。
民を救う政策をそのための財源などは無視して声高に発表する。そんな耳ざわりのいい事だけを言う貴族がいる。だが、彼らは一定数に支持される。やり方によってはそれは革命になり、やがて王になる。
極論ではあるがそういう事がまかり通っていることをエスケレスは知っている。
少し話がそれたが、勇者が人の世で認められるにはそういった資質も必要らしい。
(まあ、だから今までの勇者の様な連中が召喚されていたんだろうがな。あいつらは確かに弊害も多かったが口だけは達者だったからな。景気のいい事を考えなしに言う分には勇者としての資質があった)
エスケレスはタダシがどれだけ強くなっても単独で魔王軍という組織に勝てると思っていない。魔王軍に勝つにはタダシが勇者として皆に認められてそれを率いる立場にならないといけないという考えに至っている。
(・・・少し荒療治になるが、やってみるか)
「エスケレスさん、右の道でいいですか?」
レインがふいに声をかけてくる。
エスケレスが考え事をしている間に分かれ道に来ていたらしい。エスケレスは少し考えると、
「いや、左の道を行くぞ。城塞都市ツキノワに寄る」
「えっ?あそこに行くんですか?」
「勇者の剣がある場所に行くにはこっちが近道だろ。わざわざ遠回りすることもねえしな」
「まあ、そうですけど・・・」
レインが怪訝そうにするのも無理はない。城塞都市ツキノワはポーラ王国南部最大の都市で、南部防衛の要になっている。それだけに人口も多く、あれがあるタダシが訪れるには不安がある。
「考えがあるんだ」
いつになく真剣な顔で言うエスケレスに
「・・・わかりました」
レインは大人しく従うのだった。
2章はじまりました。
次回は 024 城塞都市ツキノワ です。