017 獣人の村長(むらおさ)
「勇者よ、まずい事になったな」
門番が砦の中に駆けこんでいくのを見ながら語り掛けるエスケレスの言葉はどこか白々しい。
「かなり警戒されているみたいですね」
〔普通に近づいただけなのにあの反応か・・・。獣人は警戒心が強いって言ってただけはあるな〕とタダシの頭上に出ているの見て(残念ながら普通ではないものがあなたからは出ているんです)とレインは思うが、あれについて言うわけにもいかないのだ。
「ここは誤解を解いた方がいいだろうな。勇者として」
「俺がですか?」
「ああ。わしらが行くよりは勇者が一人で行った方がいい。数が多いとより警戒されるだろうからな。勇者としてこの村に来た理由を説明してくるんだ」
エスケレスの言葉にタダシは少し考えると、
「わかりました。勇者の鎧を手に入れるためですから俺が行ってみます」
〔俺一人でかあ・・・・でも、自分の事だしな〕とタダシは自分の鎧を手に入れるいれるためだと思い、一人で向かっていく。
毅然と歩いていくがその頭上には〔大丈夫かな〕〔いきなり襲ってこないよね〕〔話せばわかってくれる・・・?〕と不安がだだもれになっている。
「勇者様大丈夫でしょうか?あれもしっかり出ちゃってるし・・・」
タダシを一人で行かせたもののレインは心配になっている。なにしろ獣人には言葉は通じるが、文字が人間とは違うのだ。タダシのあれが出ていると、意味不明な文字が出ている事になってまとまるものもまとまりそうにない。
そして、
「ちょっと私もいってきます!」
決心した顔でレインは『勇者様の思考隠し板』を持ってタダシを追いかけようとするが、エスケレスに止められる。
「・・・お前、まだそれ持ってたのか」
「ええ。せっかく作りましたからね!」
エスケレスはこの娘は本気でこれで勇者のあれを隠そうとしているのかと呆れてしまう。
しかもオーク軍団の時はそれを戦闘中にしようとしたのだ。『勇者様の思考隠し板』を持って勇者のあれを隠しながら戦うというシュールな光景を危うく見せられるところだった。
「まあ、待て。ちょっと様子を見ようじゃないか。わしは獣人たちに対して勇者がどう行動するか見たいんだよ。敵ではない者に敵意を向けられたときにどう対処するか、をな」
「なんでそんな事を・・・」
「勇者の事を見極めるためだ。考えてもみろ。勇者の事をわしらはどれだけ知っている?出会ってまだ一ヵ月ちょっとだ。一ヵ月で人間の何がわかる。わしらは頭上のあれで勇者の何もかもを知った気になっているだけじゃねえのか」
タダシの考えが筒抜けになっているからと言ってタダシの性質の全てを理解した気になるのはまだ早いとエスケレスは言いたいらしい。
確かにあれのおかげでタダシがこの世界に害する気はなくて、この世界のために(ちょっとだらけたりするところはあるが)頑張ってくれようとしている事はわかっている
つまり、今まではある意味あれのおかげでタダシの善意が素直に相手に通じていたのだが、それが通じない相手に警戒されたときにタダシがどう対処するのか。エスケレスはそれを試しているのだ。
「・・・初めからエスケレスさんはそのつもりだったんですね。どうして言ってくれなかったんですか?」
エスケレスが不自然なほど楽観的だったのは獣人の村で揉め事になってもかまわないと思っていたからだとこの時レインにはわかった。
「言ったら止めるだろ」
「それはそうですよ。わざわざトラブルを起こすような事をしなくてもいいじゃないですか」
「そう言うと思ったから言わなかったんだよ」
レインの反応を面倒くさそうにあしらいながら、それでいいとエスケレスは思っている。
タダシを試したい事情をもっと丁寧に説明すればレインも納得したかもしれないが、大義のために自己を押し殺す経験をしてしまえば、レインの持っている生真面目な純粋さという良さをなくすだけだ。
レインもいつかはそういう立場にならなくてはならないだろうが、まだ早いとエスケレスは思っている。
「心配しなくても少なくとも勇者がやられる事はねえよ。怪我をするなら獣人たちの方だ」
「それだってダメですよ」
レインは獣人たちの身を案じたというよりは罪もない獣人を傷つけた時のタダシのショックを心配している。
「まあ、信じてやろうや。わしらの勇者を」
自分が試しているくせに信じろといけしゃあしゃあとエスケレスは言っている。
レインはしばらく待っていたが、居ても立っても居られないようになって
「とにかく私は見に行きますからね」
と駆け出していく。
「やれやれ、仕方ねえ奴だな」
エスケレスも苦笑しながらも今度は自分もタダシの向かった方へ行く。試すだのなんだのいいながらエスケレスも結局はタダシには甘くなっている。
村に入ったレインは割とすぐにタダシの姿を見つける事ができたのだが、その様子を見て思わず立ち止まってしまう。
タダシは村の中心部で獣人たちの取り囲まれていた。
獣人たちがタダシにひれ伏している光景を見て、まさか本当に力で制圧してしまったのか?と一瞬勘違いしそうになるが、すぐにそれはないとわかる。
恐怖によってひれ伏しているわけではなくむしろ崇拝するように獣人たちはタダシにひれ伏しているのだ。
門番にいた犬タイプの獣人もいれば、タダシが想像していたのとは違う猫タイプの獣人(ほぼ猫)もいるが、その中でもひときわ長い毛をした犬タイプの獣人だけが頭にリボンをつけてちょんまげにしている。
「なんですか?あれ?」
「あれが獣人の村長だ。あのリボンがその印だな」
「なんか可愛いですね」
小動物が集まっている姿にさっきまでの緊張感はどこにいったのか、のん気な会話をするレインとエスケレスなのだった。
結局日曜日になりました。すみません。
次回は 018 勇者の鎧 です。