016 獣人の村
オークに襲われようとしていた村を後にして、再び勇者の鎧を目指して歩みを進めるタダシ一行。
相変わらずモンスターと遭遇することもなく順調に旅を進めていた。
「明日にはたどり着きそうだが、どうやら勇者の鎧は獣人たちの村の中にありそうだな」
村を出て3日目の夜営中に勇者の証を使って地図を確認していたエスケレスが一息つくように言うと、
「獣人ですか・・・。どんな人たちなんですか?」
焚火に枯れ枝を投げ入れながらタダシはそうきいてくるが、その頭上には猫耳の美少女の姿が浮かんでいる。これがタダシの中の獣人のイメージなのだろう。
そんなタダシの頭上を見て(獣人ってそういう感じではねえんだがなあ・・・。エルフの時といい、結構こっちの世界と違いがあるな。タダシの世界の獣人はそんな感じなのか)と日本に対して盛大に勘違いしているエスケレス。
「基本的には人間とはあんまり関わらない暮らしをしている連中だな。独自のコミュニティを持っているからな。かと言って敵対しているわけではねえし、小規模だが交易のような事もしている者もいるらしい」
タダシの思い描いている獣人とはこの世界の獣人は容姿が違うと知りながら、その点には一切触れずに獣人の説明をするエスケレスは人が悪い。
「友好的ではないんですか?」
タダシは真面目な顔できいているが〔うーん、聞きたいのはそこじゃないんだけどなあ〕と頭上に出ている。しかし、エスケレスは、
「というか警戒心が強いな。臆病な連中でな。わしらに少しでも不審な事があるとまともに村に入る事ができないだろうな」
さらに話を意図的に獣人の容姿から離していく。
「そうなると困りますね。だって勇者の鎧は村の中にありますもんね」
ちゃんと話をきいているような受け答えをするタダシだが〔あー、獣人ってどんな感じなのかなあ。まあ、会った時のお楽しみだな!〕と思っている。
その後もしばらく他愛ない話をしていたのだが、タダシはいつの間にか枯れ木を投げ入れなくなっていた。
「エスケレスさん。獣人の村で大丈夫ですかね、あれ」
レインが声をひそめてエスケレスに語り掛ける。
「おいおい、ここでそんな事言うなよ」
エスケレスは少し慌てるが、レインは落ち着いたもので、
「大丈夫ですよ。勇者様ならもう寝てますから」
そう言ったレインの視線はタダシの方に向いており、座ったまま寝ているタダシの頭上には山ほど用意された唐揚げを嬉しそうに食べているタダシの画像が浮かんでいる。
「まだ食べられるよお・・・」
そんな寝言を言っているタダシを見て、
「普通そこは『もう食べられないよお』て言うんじゃないのか?」
思わずツッコミを入れるエスケレスに、
「勇者様はすごいんだか、すごくないんだかよくわかりませんよね」
レインはタダシのにやけた寝顔を見ながらなぜか嬉しそうだ。
このだらしない顔で寝ている少年が数日前に鬼神の如き働きでオークたちをほぼ一人で全滅させた人物と同一人物であるとは思えない。
その強さはこの世界では規格外と言ってもいいだろう。
だが、そのタダシでもオーク軍団という半魔王軍程度が相手でも戦い終わった後はかなり疲れていた。
現状では魔王正規軍や幹部である八大将を相手にするには少し不安が残るのも事実だ。
「勇者の鎧は確実に手に入れなくては。勇者様には少しでも安全に戦ってもらいたいですからね」
レインは勇者の鎧を手に入れる意義を再確認するが、
「魔王を倒すまではくたばってもらうわけにはいかねえからな」
エスケレスは素直な言い方をしない。
「だったら、勇者様のあれをどうにかする事を考えてくださいよ」
獣人は警戒心が強いときいてレインは不安に思ったらしい。
「べつにあれが出たって大丈夫じゃねえのか。獣人は言葉は通じるが、文字形態は少し違うからな。あいつらの文字はわしらの文字と違って物事の形から文字をつくっているんだよ。あれが出たところで少なくとも勇者の考えを知られる事はないだろう」
エスケレスは楽観的な意見を言っているが、心配性なレインは、
(でも、勇者様の場合は考えを知られた方がいい様な気がします。むしろ、よくわからない文字が空中に浮かんでいる方が気持ち悪いんじゃないでしょうか・・・)と思うのだった。
*
「そろそろ見えてきたぞ。あれが獣人の村だな」
先頭にいたエスケレスが指さしている方角にあるのは村というよりは砦の様な外観をした場所だった。
丸太で作られた引き上げ式の門の前にはタダシが想像した猫耳美少女ではなく、ほぼ室内犬の外見をした獣人が二本足で立って小さな槍を持っている。
「へえー、獣人てあんな感じなんですね」
普通に感想を言ってるようなタダシだが〔あっ、こういうタイプの獣人かあ・・・〕と少し残念そうな本音がいつものように出ている。
これだけだったらいつもの光景だったのだが、ここは警戒心が強いという獣人の村の入り口だ。しかも、獣人は人間よりも遥かに目がいい。
案の定、タダシの頭上のあれを見た獣人の門番たちはすでに騒ぎ始めている。
レインは(だから言ったのに)と思いながらそっと『勇者様の思考隠し板』を準備するのだった。
次回は 017 獣人の村長 です。
土曜日更新の予定ですが、もしかしたら日曜日の昼にずれ込むかもしれません。すみません。