013 はじめての戦い
「まだ時間はあるが、暗くなる前に済ませるぞ。あいつらは日が暮れるのを待っているんだろうからな」
エスケレスはレインの発言を無視して話を進めるが、タダシが口を挟んでくる。
「なんで日が暮れるまで動かないってわかるんですか?確かにすぐには動きそうにないですけど」
今はタダシがちゃんと思った事を口に出しているのであれは出ていない。正確に言えば出ているのだが、小さすぎて目に見えないくらいなので問題ないのだ。
「オークたちは夜目がきくからな。自分たちが有利になるように夜になるのを待っているんだろう」
エスケレスの答えにタダシはまだ納得できない。
「でも、この距離でオークたちが集団で留まっていたらいつか村人たちに存在を気づかれるんじゃないですか?そうなると助けを呼ばれたり、戦う準備をされるリスクがあると思うんですけど」
タダシの考えは常識的に正しいが
「そうかもな。でも、そんな事は関係ねえんだよ。夜が有利だと考えたら、その他の事は考えねえんだ。あいつらバカだから」
「バカだからって・・・」
「賢いようで豚の親玉なんてそんなもんだ。まあオークの中にも疑問を抱くやつもいるかもしれないが親玉が夜を待つと決めたら誰も口出ししねえだろうな。わしはたいていの奴の考えている事がわかるんだよ。賢者だから」
もっともらしい事をいうエスケレスに、
「確かにエスケレスさんは俺の考えをよく見透かしていますよね」
自分の考えが頭上に出ているのを見られているとも知らないで素直に感心しているタダシ。
「まあ、わしも伊達に賢者をやってるわけじゃあねえんだよなあ」
とエスケレスが得意げにしているのをレインは(やっぱりこの人性格悪い・・・)と呆れた目で見る。
そんなレインの視線を全く気にしないでエスケレスは作戦を説明する。
「勇者、お前の役割はシンプルだ。正面からあいつらに挑んでくれ」
およそ作戦とは言えない指示を出すエスケレスにタダシは文句も言わず
「わかりました」
と勇者らしく毅然と答えている。いつものようにタダシの頭上に疑問が出るまえに
「わしとレインはやつらの背後に回り込んで挟撃する形をとる。と言ってもわしはやつらを逃がさないように魔法でクモの糸を張るからレインが主力になるがな」
と先回りして説明を付けくわえるのも忘れない。
それに続いてレインがはじめての戦いに対する助言に見せかけて、
「勇者様。これは勇者様にとってはじめての実戦になります。そこで実戦経験者として僭越ながら私からアドバイスさせて頂くと、初陣という者は誰でも緊張します。普通はそうです。ときどきそうではないおかしな連中も存在しますが、勇者様は性格上、緊張すると思います。ですから私との戦闘訓練を思い出してなるべく無心で戦うようにしてください。目の前の戦い以外の事は考えないで戦うことが生き残るコツです」
とタダシのあれが不用意に出ないようにしむけている。
タダシの戦闘能力は申し分ないのだから不安なのはやはりあれだけだ。
「じゃあ、わしらが回り込んだら合図をするから、そのあと突撃してくれ」
「合図?」
「すぐにわかるやつだ」
エスケレスはそう言い残すとレインと共に去っていくのだった。
*
「挟撃するってそう簡単にいきますかね」
移動しながらエスケレスに話しかけているレインは作戦に納得していないようだった。
「上手くいくわけねえだろ。挟み撃ちって言ってもこっちはたったの三人だぞ。しかもわしはクモの糸の管理でほとんど戦えねえしな」
「じゃあなんであんな作戦を立てたんですか」
「勇者の前で本当の作戦を言えるわけねえだろう。下手したらこっちの作戦がバレちまうからな」
エスケレスはタダシの考えが敵に知られる事を前提にして行動しているようだが、
「今の勇者様なら大丈夫だと思いますけど」
それに対して不満そうに言うレイン。
タダシは努力して戦闘訓練中にはほとんどあれがでなくなっている。エスケレスのやり方はそんなタダシを信用してないように感じている。
「まあ、そう言うな。そろそろはじめるぞ」
「え?でもここって・・・」
レインが疑問に思うように勇者とオーク軍団を挟み撃ちをするには全然遠い。むしろ勇者のいるところに近いくらいだ、
「挟撃はしないって言っただろ。レイン、お前には別の役割があるんだからな」
そう言ってエスケレスは拘束魔法のクモの糸の詠唱を始めるのだった。
*
タダシがエスケレスたちと別れてしばらくしてオークたちに目に見える変化があった。
「これが合図ってわけですね」〔なるほど、確かにすぐわかる〕とタダシは独り言と独りあれを出している。
そのタダシの眼前に広がるのは無数の細長い魔力の糸がオークたちに絡みついていく光景だ。
クモの糸は本来は粘着性の魔法の糸でグルグル巻きにして相手を拘束する魔法だが、エスケレスはそれを糸の密度や強度を犠牲にする事で広範囲に使っている。一度絡みついたクモの糸は切れたとしてもその相手の位置をしばらく知ることができるのだ。オークたちを討ち漏らさないためにこういう使い方をしたのだろう。
広範囲に使っているのでオークたちの動きを制限する事は出来ないが、混乱させるには十分だった。未知の攻撃にオークたちは面白いほど狼狽している。
〔すごいなあ・・・おっと眺めている場合じゃないや〕と目の前の壮観な光景に感心していたタダシは思考を戦闘モードに切り替えると突っ込んでいく。
木陰から飛び出したタダシは手近にいたオークを剣で切り倒すと、炎の魔法でその隣のオークを燃やし尽くす。さらに少し離れた位置にいたオークを雷の魔法で攻撃しながらすばやくもう一匹に斬りつけている。
クモの糸に動揺しているオークたちがタダシの存在にまともに気付いたのはすでにタダシによって5匹オークが倒された後だった。
「敵だ!人間だ!取り囲め!」
わめきながら陣形を立て直そうとするが、タダシの勢いは止まらない。
さらに数匹のオークを流れるような動きで仕留めていく。
「大丈夫みたいだな」
「ええ。さすがです」
離れた場所で様子を伺っていたエスケレスとレインは一安心している。
エスケレスもレインもいくら数が多いとはいえ、まともに戦えばオーク程度にタダシがそうそう後れを取るとは思っていない。心配していたのは考えている事が頭上に出てしまうというタダシのあれだけだ。
あれが出てしまえばタダシの行動が前もって知られることになる。そうなれば隙をつかれる可能性がある。
もし、タダシがからあれが出るようならすぐにフォローに行けるようにこの場に留まって様子を見ていたのだ。それが挟撃できる位置まで移動しなかった理由の一つでもあった。
だが、奮戦しているタダシの頭上には心配していたあれは全く出ていない。
「どうやらこれは必要なかったようですね」
「なんだそれは?」
どこから取り出したのかやたら大きな板の様なものを見ながらホッとしたようにつぶやくレインをエスケレスは不審な目で見る。
「これは『勇者様の思考隠し板』です。もし、勇者様からあれが出るようならこれで隠そうと思っていました」
「・・・用意がいいんだな」
「私は勇者様の守護騎士ですから!」
自信満々に答えるレインに(ふざけてるのか?そもそも勇者を信じると言いながらこんなものを用意していたのか。やはりふざけてるのか?いや、こいつはこれを真面目にやってるんだよなあ・・・)とエスケレスは思いながらも、
「フォローってそういうことじゃねえんだけどなあ・・・。まあ、いい。上手くいっているとは言っても初めての実戦だ。さっさと済ませるぞ」
「わかりました。私も役目を果たします」
レインはエスケレスから言われた作戦を実行に移すのだった。
次回は 014 オークキングです。