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011 旅路

試練のほこらを後にして七日ほど経つが、特になんの変化のない森の中の道をタダシ達一行は延々と歩き続けている。


 タダシも最初は異世界の森に〔珍しい植物がある!見たことない!さすが異世界!〕とか楽しみながら歩いていたが、それも最初の2日くらいで、そのあとは〔よく考えたら日本にいた頃も森に詳しかったわけじゃないから正直違いがよくわからない。ほとんど全部一緒じゃねえ?ずっと同じ景色が続いているようにしか見えない・・・〕と完全に飽きていた。


 〔せめて村とか町にいろいろ寄ってみたい〕と思っていたが、今回の勇者の鎧までの旅路では寄れる所はないということでもっぱら野宿で過ごしていた。

 

 正確に言えば、ちょっと寄ろうと思えば寄る事のできる距離に町や村もあったのだが、効率を重視するエスケレスは真っすぐ勇者の鎧のある場所に案内しているのだ。


 そんなエスケレスのやり方に勇者タダシも表立って文句は言わないが、その頭上には旅の途中にやってみたい事やなんやかんやを頻繁におもらししていた。


 もちろんタダシのおもらしにエスケレスもレインもあえて反応しない。ただタダシにストレスが溜まっているのはわかっていた。


 そして溜まりに溜まったストレスはタダシは思わず口に出して言わせる。


 「なんかモンスターとかって出ないんですね~」


 タダシとしては、ごくさりげなくこの話題をエスケレスにふったつもりだったが、これまでさんざん頭上に〔退屈〕〔マジで何もない〕〔つまらない〕〔なにこれ〕〔開発者呼んで来い〕〔バグ?〕と平穏すぎる旅路に対する不満がだだ洩れだったのでそれを見ていた者たちにとっては「なんでモンスターが出てこないんですか!戦ってみたいんですけど!おかしくないですか!」と言われたのと同じだった。


 本人はさりげなく言っているつもりでも、この勇者の場合は本音をプラカードで掲げながらデモ行進をしているのと変わらない。


 だからと言ってレインはタダシに失望したりしない。むしろ(ここまでよく我慢されました)と思う。


 今までの勇者なら「せっかく異世界に来たんだから無差別に大規模破壊させてくださいよ」とばかりに、まるでそれが義務であるかのようにその天分を使って無責任な破壊活動に勤しんでいる。それこそ魔王軍も味方もお構いなしに。


 魔王軍にもある程度ダメージを与えるので全く意味がないわけではないのだが、弊害も大きすぎて結局、元の世界に戻されるのだが。

 

 何のへんてつのない旅を一週間も続ける。かつてそんな事ができた勇者がいただろうかとレインはそれだけでタダシを勇者として尊敬しているのだ。


 召喚された勇者がここまで破壊衝動を抑える事ができたのは奇跡と言っていい。


 奇跡的な勇者であるタダシでもぽろっと不満(と言うほどはっきりしたものではなかったが)が口から出るくらい仕方のない事だと考えてエスケレスが返事をする。


 「そりゃあ、あいつらだって暇じゃないんだ。何にもないところで人間を襲ったりすることはないだろう」


 「どういうことですか?」


 「モンスターって言っても魔王軍直属の奴ら以外は結構勝手にしているんだが、それでもモンスターが人間を襲うときは目的があるんだよ。村を襲って人や物資を奪うとか、街を襲って拠点を奪うとか目的を持ってるんだよ。意味もなくうろついたりしねえよ」


 エスケレスはそう答えながらタダシの暇つぶしにモンスターについて解説することにする。


「まずは野良モンスターだな。こいつらは野生動物と大差ないな。野生動物との違いは要は人間に危害を加えるだけの力があるかどうかだ。基本的に野生だから無駄に人間を襲うこともない。テリトリーに間違えて入ったら襲い掛かって来るやつもいるがむこうから人間の領分に来ることはほとんどないな。


 次に半魔王軍というべきやつらだ。多少知性のあるモンスターで欲望に忠実だ。盗賊まがいの事もしているやつらもいるな。普段は好き勝手しているが、魔王軍から招集があればそれに従っている連中だ。基本は単体で行動しているが大規模な戦闘をするときは群れを作る知恵はある。群れになるとまあまあ厄介でまともに相手をしようと思ったら地方領主の騎士団まるごとくらいは必要になるだろう。


 最後に魔王正規軍だ。数は一番少ないがその行動は全て統率されたものだ。当然精鋭ぞろいでこいつらに対抗できる人間はごく一部に限られるだろうな」


 エスケレスが丁寧に説明すると、タダシにもなんとなくこの世界のモンスターの事が分かってきたようだ。


 「じゃあ、偶然出るとしたら野良モンスターですか?」


 〔どんなモンスターでもいいからとりあえず一回戦ってみたい〕タダシも人並みにモンスターと戦ってみたいと()()が出ているが、エスケレスの答えは無情だ。


 「それもわしらは難しいだろう。野良モンスターは知性はないかわりに危険察知能力が高いからな。勇者がいればまず恐れて近寄ってこねえだろう」


 「そうですか」静かに相づちをうつタダシだが〔マジかあ・・・〕と目に見えて気落ちしている。


 その様子にさすがに気の毒になったのか珍しくエスケレスはタダシに優しく提案する。


 「探知魔法でも使ってみるか?それでもし、近くに野良モンスターがいたら試しに戦ってみるか」


 と軽い気持ちで探知魔法を教える。


 しかし、その心の中では(どうせ近くにはいやしねえからな。このバカ強い勇者の存在は勝手に野良モンスターを遠ざけるからな)と思っている。それに事前に探知魔法を使ってこの近くにはモンスターがいないのはわかっているのだ。こういうところがエスケレスが性格が悪いと言われる一因だろう。

 

 そんな事とは知らないタダシは嬉しそうに探知魔法を使うと、しばらくして鋭い声を上げる。


 「あっ、反応しました!かなりの数がいるみたいです」


 探知魔法は魔力量で範囲が変わる。エスケレスでは探知できない範囲でもタダシなら探知できたのだ。


 「何?姿を見てみろ。どんな奴らだ?」


 自分よりも広範囲を探知できると思っていたエスケレスも本当にモンスターが見つかるとは思っていなかったので驚きを隠せない。(こりゃあ、噓から出たまことだぜ)


 タダシはエスケレスに教わったように探知魔法を視点モードに切り替える。


 「うーん、どう言ったらいいんですかね、なんか豚みたいな顔をしたやつらです。武装した奴らが100匹近くいますよ」


 探知したオークの説明をするタダシは「上手く伝えられない」と、もどかしそうだが、頭上にはタダシが探知魔法で見えているものの画像も出ているので他の二人にもバッチリ見えている。


 (こういう時は本当に()()は便利)と二人は思う。間違いなくオークだ。


 「恐らくオークだな。半魔王軍の連中だろう」


 恐らくも何もタダシの頭上の画像によってオークだと確信しているくせにエスケレスは推測したように言っている。


 「半魔王軍が群れでいるって事は人里を襲う可能性が高いって事ですよね?」〔よーし、ついにモンスターと戦闘か!〕


 先ほどのエスケレスのモンスターの特性の説明をタダシは覚えていて、その気分は高揚しているがそれをくじくようにエスケレスは待ったをかける。


 「この先の村を狙っているんだろうが、あの数の半魔王軍なら無視した方がいい。どのみちこの先全部の村や町を助けるなんて無理な話だからな」


 エスケレスはタダシがこの旅に退屈していて刺激を求めていた事は()()でわかっているが、無駄な戦闘で勇者を危険に晒したくないので押し留めるようにように首を振る。


 (あのオークどもに襲われる村の連中には悪いが物事には優先順位があるからな)とそんな風に判断している。


 元々タダシが探知魔法を使わなければその存在に気付きもしなかったはずだ。今回の村がオークに襲われることに責任はない。運悪くモンスターに狙われる村はこの世界には他にもあるのだ。


 レインはエスケレスほど割り切れないが、やはり危険はできるだけ避けたいし、村がモンスターに襲われる事はある程度は仕方ない現状だと思っているのでタダシの訴えるような視線から目をそらす。


 エスケレスに止められ、レインに顔をそむけられたタダシだったが、


 「・・・すみません、俺は行きます!」


 そう言って駆けだしていくタダシの頭上にはエスケレスが想像したような浮ついた言葉は浮かんでいない。〔襲われる人がいるかもしれないのに・・・俺は知らんぷりなんてできないよ!〕とそこにあるのは正しいかもしれないが、幼いと言われたら幼すぎる考えだ。


 しかし、そのタダシの幼い考えに後押しされたように


 「私も行きます!」


 とレインもタダシを追いかけ始めている。もっともレインには村を救うだけでなく(勇者様を守らなくては)という思いもある。


 そんなレインの気持ちを読み取るように、

 

 「守る気なら止めろって。私も行ってどうするんだよ・・・」


 そうぼやきながら(こういう勇者を求めていたが、いざ現れると戸惑っちまうな)と『民間人を助ける』そんな当たり前のはずの事を躊躇している自分を嫌な大人になったと思うエスケレスだった。

次回は 012 オーク軍団 です

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― 新着の感想 ―
[良い点] う〜ん…人助けに走る勇者は良いけど、オークは『あれ』は読めるのかなぁ?ホント人助けに走る勇者は良いけど。 いやぁ勇者が『勇者』で、読んでいて気持ちいいですね。『内心が読める勇者』が、こんな…
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