10 南へ
タダシが試練のほこらから出ると辺りはまだ暗かった。〔変だな?〕とタダシは思うがすぐにレインたちが駆け寄ってくる。
「タダシ様、おかえりなさい!」
「意外と早かったな」
ホッとしたような顔のレインと、さして心配していなさそうなエスケレスがタダシにねぎらいの言葉をかけてくる。ソフィーも言葉はかけないが嬉しそうだ。
「どのくらい待たれましたか?」
タダシの質問にエスケレスは少し考えて答える。
「一時間くらいだな」
「そうですか・・・」
〔俺は半日以上歩いたはずなのに・・・。まだ朝になってないって事はどうやら試練のほこらの中は外と時間の経ち方が違うみたいだな〕とタダシの頭上に浮かんでいるのを見て二人は(へえ、そうなのか。大変だったな)と思うが特にコメントはしない。ここでリアクションをするのはおかしいからだ。
「勇者の証は手に入れてきたんだろ?」
エスケレスに言われてタダシは勇者の思念から渡されたカードを差し出す。
「これです。俺にはほとんど読めないんですけどね」
タダシが差し出したカードをエスケレスとレインはまじまじと覗き込んでいる。
「有効期限があるらしいんですけど・・・」
タダシは勇者の思念に秘密にされたので気になっていたことを一番にきいている。
「どれどれ。有効期限は・・・『死ぬまで有効』らしいぞ。あっはっは!なるほどなあ。死んだらもう勇者じゃないもんな!そりゃただの死者だ」
心底楽しそうに笑うエスケレスに、管理人のソフィーも「ふぇっふぇっふぇー」と勇者の言っていた『いい顔』で笑っているのでさすがにタダシも嫌そうな顔をする。〔先代はこれのどこがよかったんだろうか?〕とあれもしっかりでている。
「エスケレスさん、不謹慎ですよ!」
レインがタダシに代わって抗議するが、
「別にわしはふざけているわけじゃねえよ。タダシは勇者として十分強い。だが、死なねえわけじゃねえ。タダシも死ぬ気はないだろうし、もちろんわしもタダシを死なせる気はねえが、この旅にはその危険があるって事だ。それが現実だ」
そういう意味ではこの勇者の証の有効期限は的を得ているとエスケレスは淡々と言っているのだ。
この点ではレインの方がずるいのかもしれない。タダシを勇者として悪気なくおだてているが、それは同時にタダシの命を危険に晒している事なのだ。むしろリスクを強調するエスケレスの方が誠実だと言える。
〔確かにそうだよな。別に俺は不死身なわけじゃないんだ。魔王討伐を引き受けたけどそれにはリスクがあるんだよね〕タダシの頭上が珍しく深刻な事を考えていると、レインがあえて明るい声でタダシに話しかける。
「ここにある勇者ポイントってなんですか?」
「ああ。勇者の証の特典だって。お店で買い物をする時に勇者ポイントが付くらしいんだ。それで溜まった勇者ポイントはお金代わりに使えるらしい」
「勇者ポイント!いいじゃないですか。これ、お得ですからしっかり貯めていきましょう!」
レインはかなりノリノリではしゃいでいるが、心中では(私だってこの旅が危険な事くらいわかっています。だけど、せっかく当たりの勇者を引いたのに魔王討伐のチャンスを逃すわけにはいかないじゃないですか)とある意味残酷な覚悟で勇者の気持ちを切り替えさせようとしている。
もともと真面目で優しい性格のレインにとって辛い覚悟をしているのを見て、エスケレスがため息をついて口を挟む。
「馬鹿な事をしてねえで、勇者の証の本当の特典を見せてみろ」
賢者であるエスケレスは勇者の証の本当の価値を知っているようだ。
「本当の特典は勇者の装備一式だそうです。ここを押したらそのありかが示される地図が拡大されるみたいです」
そう言ってタダシが勇者の証の光っている点の一つを押すと地図が空中に浮かび上がる。
「すごいですよね。この世界にはこんな便利な物があるんですね」
感心しているらタダシをしり目に(あれを連想させる)とレインとエスケレスは同時に思ったものだ。
だが、余計な事にあまり気をとられないエスケレスは早速四つの装備の位置を確認している。
「ここからだと一番近いのは鎧のようだな。南に進んでだいたい十日くらいかかるだろう」
エスケレスは勇者の証の裏面を見ながら説明するが、タダシはあまり乗り気ではないようだった。
「鎧ですか・・・」
とあからさまに残念そうな顔をする。
〔ゲームの中では装備すれば盾や兜より数値的な守備力が上がるイメージがあるけど、いざ自分が使う立場になるとビミョーな装備だよね・・・。だって鎧が役に立つ場面って、要は直接攻撃をくらってるって事だよね?いくら防御力が高いから安全だって言われても実際に敵の攻撃を受けるのは気持ちのいいもんじゃないんだよなあ〕とその理由があれで表示されている。
しかし、残念そうなそぶりを見せたのは一瞬で、
「それじゃあ、早速向かいましょうか!」といつものように勇者らしいやる気を出している。もっとも〔しんどい、ねむたい・・・〕とだらけた気持ちが本心のようだが。
「その前にタダシ、試練のほこらで疲れただろう。少し休んでいこう」
エスケレスの言葉にレインは(そうでしたね。タダシ様は半日以上歩いていたんだった)と先ほどの頭上のあれを思い出す。(エスケレスさんはなんだかんだいっても優しいですよね。さっきもリスクを説明していたしタダシ様の事をちゃんと考えていますよね)と悪名高い賢者を見直している。
「そうですか。では、少し休みましょう」
そう言って横になったかと思うとタダシはもう寝息を立てている。深夜に城下町を出発してここまで半日以上(タダシの体感では)休まずに来たのだ。勇者として体力に恵まれているタダシとはいえ見知らぬ土地での出来事で疲労がたまっていても無理もないだろう。
すっかり寝入ったタダシをエスケレスと並んで見ながらレインは
「エスケレスさんて言われているほど性格悪くないですよね」
少しからかうようにつぶやいているが、
「わしは勇者のように本心を見られる心配がないからな。魔王討伐のために口先だけならなんでも言ってやるさ。いくらでもな」
レインが思わず見返したエスケレスのその顔はいつものニヤついたものではなく冷めたものだった。
次回は 011 旅路 です。