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100 脱出

 『力の間』から出たタダシ一行だが、魔王城の内部は魔王の無差別攻撃によってすっかり様相が変わっている。


 「…ダメだ。こっちも通れない。これじゃあ、まともに進めないぞ。セイジュウロウ、どっちに行けばいいかわからないのか?」


 辺りを見回すシンエイは自分でも愚痴っぽい言い方になっていると思うが、つい口から出てしまうようだ。


 「これだけぐちゃぐちゃになっていたら、原型がないからな。正直、僕もわからない…うわっ」


 セイジュウロウが答えている間にも魔王による破壊は続いていて、右上を魔王の魔力弾の衝撃が通り過ぎていく。

 

 城門から『力の間』まで通ってきた通路は完全に破壊されていて、そこを戻る事はできない。


 魔王城に詳しいセイジュウロウでさえ今自分がどこにいるのか全くわからない状態になっている。他の者たちではなおさらどう進んだらいいかわからない。闇雲に進んでしまったら外に出られるどころか、更に迷い込むかもしれない。


 (どうしたらいいの?私は実力が足らなくて魔王相手に何もできなかったけど、こんな時エスケレスさんだったら…)

 

 口に手を当てて考えていたレインだが、その目に光が宿る。自分と同様に魔王と戦うだけの実力がなかったエスケレス。しかし、その賢者はかなわないまでも魔王と一人で戦ったのだ。


 そのエスケレスの姿がレインに策を与える。


 「…時間はかかっても個人単位なら転移魔法は使えるんですよね?皆さんは転移魔法ですぐに脱出してください。私はなんとか自力で脱出します」


 魔王と対峙した時、エスケレスが転移魔法で自分たちを逃がした事を思い出したのだ。転移魔法なら脱出口がわからなくても問題がない。


 「しかし…」〔一人で脱出するって…こんな破壊の嵐の中でそんなの無茶だ〕


 当然タダシは反論しようとするが、その()()を素早く見て、


 「このまま全滅したいんですか!あなたも勇者なら決断しなさい!」


 先回りしてタダシを叱りつけるレイン。


 こういう時のレインは強い。実際、このメンバーの中では一番実戦経験が豊富なので非常時の判断は早いのだ。


 普段なら絶対にタダシに向けない言葉遣いをするレイン。それだけにその言葉には力があった。


 「すみません、偉そうなことを言って。でも、今はそれが最善の策のはずです」


 断言するレインに、まずシンエイが転移を決意する。


 「レインの言う通りだ。俺は転移する。今ここで俺たちが死ぬわけにいかないだろう」


 今の魔王は暴走状態になってはいるが魔王がこのまま魔王城を破壊して、その崩壊に巻き込まれて自滅するという保証はどこにもない。むしろそれは希望的観測すぎるだろう。


 今後、魔王と再戦する可能性を考えると主力になりえるタダシ、シンエイ、セイジュウロウのうち誰か一人でも欠けてしまえばかなり勇者側の分が悪くなる。


 ミーシャたちと合流して再び魔王と戦うにしても戦力を減らすわけにはいかないのだ。


 転移魔法の発動準備に入ったシンエイに少し遅れて、タダシとセイジュウロウも転移魔法の発動準備に入る。


 (これで…よかったんですよね。エスケレスさん。そっちに行くと私の決断を褒めてくれますか…)


 エスケレスが生きている事を知らないレインはそんな事を思いながらも、さすがに一人残されるのが怖くなったのか下を向いて誰の顔も見れなくなっていた。


 「先に行く。あきらめるなよ」と転移していくシンエイの声に顔を上げる。決断の早かったシンエイにしてもやはりレインを残していく事には後ろめたさがあるのだ。

 

 次に転移魔法を完成させたのはタダシだ。しかし、話しかけた相手はレインではなくセイジュウロウだった。

 

 「セイジュウロウさん。もし、俺が戻らなかったらポーラ王国の勇者の役目、お願いします。今のあなたなら、きっとできると思います」


 自分に言わずにセイジュウロウに話しかけるタダシにレインは思わず口を挟まずにはいられない。


 「タダシ様、どういう意味で…」


 「レイン、ごめん」


 手刀を切って謝っているタダシにレインが目を見開くがその言葉は途切れる事になる。


 タダシによって転移させられたのだ。その様子を見ていたセイジュウロウは大きくため息をつく。


 「…あいにくだが僕はお前のお古なんてごめんだね」


 静かに言うセイジュウ。その様子はまるでタダシがこうすることがわかっていたようだ。


 「セイジュウロウさん、まさか…」


 タダシはセイジュウロウがしていたことに気づいたのだ。皮肉な事に自分がそれをしていたからこそ、すぐ気づくことができた。


 「そんなのダメですよ!セイジュウロウさん!」


 「ダメって言われてもな」


 セイジュウロウは少し困ったような顔で頭をかいている。


 「もう無理だ。お前だって転移魔法のターゲットを自分じゃなくてレインちゃんに設定していたんだからわかるだろう?僕だって今さらターゲットを変更はできないからな。僕にはわかってたんだよ。お前がレインちゃんを自分よりも先に転移させるってな」


 柔らかく笑うセイジュウロウの顔は少し怯えているようにも見える。


 (あー、バカな事したなあ。…僕が勇者?なれるわけないだろう。今でもこんなに怖いんだからな。でも、こいつの()()を見ちゃったら僕はこうするしかないよな)


 タダシが転移魔法の準備を始めた時に一瞬レインの姿がその頭上に浮かんでいるのをセイジュウロウは見逃さなかったのだ。そして初めは自分自身をターゲットにしていたセイジュウロウは改めてタダシをターゲットにして転移魔法の発動準備をしなおしたのだ。


 〔俺は…結局…なにも…〕


 もうどうにもならない事を悟ったタダシが自分を責める()()を出そうとしているのを見て、セイジュウロウはその両肩をつかんで顔を上げさせる。


 「心配するな。僕だってすぐにもう一度転移魔法を使って脱出する。それからお前はやたら体面を気にした事ばかり言ってるけど、たまには本音を声に出してもいいんだぜ。お前は本物の勇者だから考えていることを素直に口に出しても大丈夫だ。それでもみんなついてきてくれるはずだ。レ…っ、いや、みんなに、よろしくな」


 タダシがセイジュウロウに何か答えようと口を開こうとしたその瞬間…タダシは転移させられたのだった。

次回は 101 昔話 です。

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