099 違和感
タダシに近づいていた魔王はふと歩みを止める。倒れ込んでいるタダシとそれをかばっているレイン、そしてシンエイとセイジュウロウをそれぞれ見ると、
「ふむ、余も本気ではないが貴様たちも全力ではないようだな。そこの女騎士はまだしもシンエイと言う男はそこそこやるのだろう?その男が参戦していないという事は…何か企んでいるのだな」
魔王はそこで一度言葉を切り、少し考えるように宙をにらむと、続けた。
「…よし、しばらく待ってやろう。座興だ。貴様たちの企みが完成するまで猶予を与えてやろうではないか。面白き仕掛け、期待しているぞ」
そう言って再びタダシから距離を空けていく。
背中を見せた魔王にセイジュウロウが魔法を叩き込むが「やめておけ」と魔法障壁で防ぐだけで反撃もしてこない。
「貴様一人では余に当てる事は不可能だ。せっかくだから貴様たちの全力が見たい。今のうちに勇者を回復させておくのだな」
魔王に何のメリットもなく一方的にタダシ達に都合がよすぎる提案だが、これほどの好機はない。
セイジュウロウは一応警戒しながらもタダシに近づいていく。
「大丈夫か」
そう言いながらすでに回復魔法をかけていたレインに協力してタダシを回復させる。
「すみません、助かりました」
まだつらそうにしながらもタダシはセイジュウロウに礼を言う。
「無茶をするな。死にたいのか」
「無茶をしなくては時間稼ぎなんて出来ない相手でしょう。もっとも、その無茶をしても5分しか持ちませんでしたが…」
悔しそうに言うタダシに、セイジュウロウは年長者らしく励ます。
「あれ相手に5分も持てば上出来だ。僕たちが考えていたよりも力に差がありすぎる。仮にシンエイが参加していても今の状態の魔王を倒すのは100パー無理だ」
少し離れた場所で悠然と立っている魔王を怯えた目で見ながらセイジュウロウは改めてタダシを恐ろしい奴だと思う。もし、自分が接近戦タイプたったとしてもあれと近づいて戦う勇気はまずでないだろう。
それほど今の魔王は圧倒的な魔力にあふれているのだ。
(魔力を溜める特殊能力でどれほどかさまししているのか知らないが、まともに戦うならせめて今の魔力の20分の1くらいにならないと話にならないぞ)
弱気になりかけているセイジュウロウに対してタダシは話題を変える。
「それにしても魔王は全く痛がる素振りもありませんでしたね」
「それはそうだろう。魔法障壁も使っていたが、それ以前にあの莫大な魔力を使って身体全体に何重にも防御魔法をかけているみたいだからな」
何をいまさらとセイジュウロウは話すが、
「いえ、それにしても攻撃が当たっても全く反応がないのは変な気がします」
タダシは納得できないようで視線を落として考えている。
〔何か…見落としているような気がする…なにか…〕
考えをまとめようするタダシだがそれはすぐに途切れる事になった。
「…ダメだ」
途切れさせたのはシンエイの絶望した様な声色だ。
「あいつ…魔王は…特殊能力を持っていない」
「えっ?それってどういう…」
「封印できない。魔王は元々特殊能力を持っていないんだ。解析の結果は特殊能力『なし』だ」
タダシに皆まで言わせずにシンエイはやけくそ気味に言う。
「そんな…それじゃあ魔王は素であの強さなのか…」
さすがに驚きを隠せないタダシにシンエイは青い顔のまま黙ってうなずく。
つまり、魔王が魔力を蓄積する特殊能力を使っていて、その能力で莫大な魔力を溜めていたという前提が間違っていたのだ。
魔王は特殊能力に関係なく圧倒的な魔力を有している。その事実にシンエイは心底恐怖している。
(あんな化け物のような魔力をもった存在に勝てるはずがない。あの圧倒的な魔力の前では俺なんて小虫以下の存在だ)
いつも斜に構えたシンエイだが、それは自分の実力に自信があるからだ。だがその実力など魔王の前では矮小すぎる事を知ってしまったのだ。
そしてそのシンエイの絶望はレインにもセイジュウロウにも伝染してしまう。
唯一タダシだけは〔特殊能力がない…?〕とそこに引っかかっているが、対抗策がないのは同じだ。はたから見たら手の打ちようがなくてやはり諦めているように見える。
「どうした?貴様たちの企みがうまくいかなかったのか?」
魔王が嬉しそうに語りかけてくる。
冷静さを失っている勇者一行をあざ笑う様子はまさに魔王そのものだ。
だが、その姿にタダシはまた違和感を覚える。
〔なんかこいつ、初めて会ったときから思っていたが、言動も何もかもが『魔王』過ぎる…まるで作られたかのように…まさか…〕
「セイジュウロウさん!」
「わかってる!『人形師』発動!」
呼びかけられたセイジュウロウもタダシの漏れ出ているあれからその意図を察知して、『人形師』を発動させる。
が、何も起こらない。だが、その何も起こらない事こそがタダシの予想した事を裏付けしていた。
セイジュウロウの『人形師』は精巧な人形を作る為に相手の情報をスキャンする。それが生物であればどんな種族であるかも判明するのだが、発動自体しないという事は生物ではない。そしてセイジュウロウの『人形師』が発動しない人の姿をした相手と言えば…
〔魔王は『劇団員』!?〕
タダシは戦闘中でありながら動揺して頭上に大きくあれを出してしまう。衝撃の事実に勇者一行は驚愕するが、それ以上に衝撃を受けていた者がいた。
「…!」
今まで常に余裕の表情を崩さなかった魔王がタダシのあれに目を見開いている。
「余が…なんだと?」
『劇団員』の文字を見入る魔王は明らかに動揺しているようだ。それまでどんなにタダシ達が攻撃しても余裕の姿を崩せなかった魔王。それが今、あっけなく崩れつつある。
「余は…余は…なんだ?」
誰に問いかけるでもなくそうつぶやいた時、タダシは嫌な予感がする。
「なんか様子がおかしいぞ。警戒を…」
タダシが振り向いて注意を促そうとしたその時だ。
うつろな表情のまま魔王はあらぬ方向に魔力弾を放って魔王城の5分の1を吹き飛ばす!
「なっ、なんだぁ…?!」
頭を抱えて伏せたセイジュウロウが情けない声を上げている中、更に魔王はタダシ達を狙うでもなく、高威力の魔力弾を無造作にばらまいていく。
「ていうか『劇団員』は戦闘能力がないんじゃなかったのか!?あのガキ、いい加減な事を!」
へたり込んだままセイジュウロウは話が違う、とばかりにここにはいないエイサイに口汚く文句を言っているが、それがポーラ王国にいる当人に届くわけがない。
「今はそんな事言っている場合じゃないだろ!いったん退却だ。俺たちを狙ってやっているわけじゃないようだが、あんなのに巻き込まれたら命がいくらあっても足りないぞ!」
その情けない姿に正気を取り戻したのかシンエイは腰が抜けているセイジュウロウを蹴り上げながら(タダシが助け起こしていた)レインを連れて『力の間』から逃げ出すのだった。
次回は 100 脱出 です。