096 知らなかった男
エスケレスは笑っていてもどこか底意地の悪い感じがするという特徴が以前と全く変わっていないので、
「この人、本物のエスケレスさんですよ。この人の悪い笑い方、間違いないです!」
独特の基準でエスケレスが本物だと確信して顔をほころばせるミーシャとは対照的に、
「あ、あんた、死んでたんじゃなかったのかよ!化け物か?!」
容赦なく罵声を浴びせてくるエイサイ(外見は勇者タダシ)にエスケレスは少したじろぎながら答える。
「タダシ。…お前さん、しばらく見ねえうちにずいぶん口が悪くなったなあ」
「エスケレスさん、この方はエイサイさんなんです」
事情を知らないエスケレスにミーシャが説明するが、
「エイサイ?!…お前しばらく見ねえうちにずいぶんタダシに似てきたなあ」
本気で言っている様に見えるエスケレスにミーシャはズッコケながら補足する。
「いえ、エイサイの特殊能力でタダシ様に変化しているんです。本物のタダシ様は仲間たちと魔王討伐に向かわれています」
「そうなのか?!でも、あの魔王を倒すのはどんな仲間がいても無理じゃねえか?圧倒的すぎるだろ」
実際に魔王の強さを目の当たりにしたエスケレスにはこの短期間でタダシ一行が魔王に対抗できるようになったとはとても信じられないらしい。
「…シンエイ兄さんが一緒について行ってる。兄さんの特殊能力を使えばたぶん魔王を弱体化できるんだよ」
エイサイはエスケレスとは目を合わせないで横を向いたまま説明するが、
「シンエイのヤツが?…いやあ、ちょっとわしがいねえ間にいろいろ事が進んでんだなあ。お前がこっち側についたり、シンエイのやつが合流したり」
エスケレスはしみじみと感心している。
どうやらエスケレスはこれまでの状況を全て知りつくした上で機を見計らって登場したわけではなく、本当に何も知らないまま、たまたまこのタイミングで戻ってきたようだ。
話の流れ的にはどうかと思う行動だが、実際そうなのだから仕方ない。
「…あんたさあ、魔王を倒すために実は暗躍してたとかそういうのないのか?普通こういうピンチに現れるのはそれを打開する策やアイテムを用意してくるもんだろう。後は状況を一変させる強力な新技覚えてくるとかさあ」
ちょっと期待してしまっていたエイサイが呆れたように言うが、エスケレスは全く意に介さない。
「そんな余裕はなかったなあ。実際わしは死にかけてたし、わしを助けてくれたヒョウゴのじいさんに至ってはわしよりもっとヤバかったからな。年配者は若い者と違ってなかなか回復しねえんだよ」
おっさんがよくする様に肩に手を当てて首を回しながら答えるエスケレス。
そのマイペースな様子にエイサイはイラッとしながらも聞き返す。
「元副魔王ヒョウゴも生きているのか?あんたはまだしも『ヒョウゴは殺した』と魔王がハッキリと言っていたんだぞ」
エイサイは『ヒョウゴは殺した』と魔王自身が明言していたの聞いているのでヒョウゴが生きていると言われてもにわかには信じられない。
「それはあのじいさんの特殊能力に引っかかったんだろ。詳しくは教えてもらえなかったが、命の危機になると自動発動する特殊能力らしくてな。偽物の死体を残して転移するんだそうだ。魔王に殺されそうだったわしを転移魔法で逃がした後に魔王の追撃でヒョウゴ自身も瀕死になって能力が発動してギリギリ助かったと言ってたからな」
「そんなバカみたいな特殊能力が…まあ、ありえるか、この世界なら」
何しろこの世界の特殊能力には変なものが多すぎる。それこそ頭上に思っている事が出たり(本人知らず)、ただ精巧な人形を作るだけの能力(オタク向け)があることを考えたら命の危機にフェイクの死体を残して逃げるくらいの能力があってもおかしくはない。
「じゃあ、これまでの間は本当に年寄り2人が単に養生してただけなのかよ」
「おいおい、そんな言い方するなよ。おっさんとじいさんの回復能力の低さを舐めるなよ。時間かかるんだから。あと時々謎の肩こりや腰の痛みだってあるんだぞ」
「…くそっ、ホントにくたばってればよかったんだ!」
妙な事を威張っているエスケレスにエイサイが悪態をついているがその気持ちもわかる。
今はおっさんの『身体が痛い自慢』をのん気に聞いているような状況じゃないのだ。
「全く…どんなヤツが育てたらこんな感じに育つんだか。育てたヤツの顔が見てみてえなあ」
と寂しそうな顔をしてエスケレスはチラチラとエイサイに視線を送るが、
「うざい!鏡を見ろ!」
と一刀両断されている。
その後もエスケレスに文句を言いづづけるエイサイに(思ったよりこの二人仲が悪いですね)とミーシャはハラハラしながらその様子を見ていたが、罵詈雑言を浴びせられているエスケレス本人はまったくこたえていない様子である事に気づく。
そしてそのエスケレスはしばらくエイサイの愚痴に付き合った後にいつものようにニヤリと笑うと、諭すように言う。
「ちったあ、まともな顔になったじゃねえか。エイサイ。追い詰められた時こそ情けねえ顔になるんじゃねえ、底意地の悪い顔になれって教えただろう。お前の育ての親は、な?」
「ぐっ…」
この指摘にはエイサイもぐうの音も出ない。確かにエスケレスが現れるまでの自分の表情はいくら打つ手がなくなっていたとはいえ指揮官として褒められるものではなかっただろう。
(ここで言い返さねえのはこいつも成長してるって事だな。魔王軍の幹部だったこいつを受け入れた姫やタダシの懐の広さのおかげかもな)
自分のいない間に頼もしくなった者たちに珍しく優し気な視線をむけて、
「確かにわしは策やアイテムや術は用意していないが、ヒョウゴのじいさんを連れて来たからな。魔王がこの場にいない以上あのじいさんを止めれる奴なんざこの世にいねえよ。八大将がどれだけ強力でもな」
したり顔でうまくしめたつもりのエスケレスだったが、
(初めからそう言えばいいのに…これだからエイサイさんやシンエイさんがあんなひねくれた性格になるんです)
とミーシャに思われているとは知らないのだった。
次回は 097 祖父と孫たちです。
最終話までは水、土の週二回更新を続けま・・・続けれたらいいなあ。
とりあえず無理そうなときだけこの後書きか活動報告とかで言います。