プロローグ
「勇者様のあれ出てますねえ。大丈夫でしょうか・・・」
守護騎士レインの言葉に、賢者エスケレスは「そうだな」と興味なさそうにつぶやく。
その様子にレインは不満そうに「どうにかしなくていいんですか?」とこの世界で最高の知識を持つといわれる賢者に詰め寄るが「わしが何かしなくてもどうにかなるだろう」と素っ気ない。
その答えに納得いかないといった表情をするレインにエスケレスは「正直、どうにもできねえだろう。わしにもあれがどうして出ているのか、いまだにわかんねえんだから」と投げやりに答えている。
最高の知識を持つと自負しているエスケレスからしたら、自分の知らない事を殊更にきかれるのは面白くないらしい。賢者としてのプライドが傷つけられるのだろう。
「・・・本当にあれは何なんでしょうねえ」
レインがその綺麗な瞳で不安そうに見るその視線の先に勇者タダシの姿がある。
勇者タダシはこの世界を救うために異世界(日本)から召喚された17歳の少年だ。守護騎士レイン(17歳・美少女)と賢者エスケレス(42歳・おっさん)を供につれて魔王討伐の旅をしている。
今は旅の途中でたまたま立ち寄った村がオークの群れに襲われていたのを助けたところで、長老に感謝の言葉を言われながらお礼の金貨袋を渡されているところなのだが・・・。
「お礼なんて頂けません!俺は勇者として当然の行いをしただけなのですから!」
そうキリっとした顔で言うタダシの頭上には、
〔お礼・・・。いくらくらいなんだろう?もちろん旅の資金に充てるけど、臨時収入だからちょっとだけ無駄遣いしちゃおうかな~。たまにはいいよね!〕と文字が浮かんでいる。
「あの・・・勇者様、遠慮なさらずに・・・」
金貨袋を受け取ろうとしないタダシの頭上の方を見ながら長老が再度謝礼を申し出るが、
「いえ、本当に結構です!そんな事のために俺は戦っているわけではないのです!全てはこの世界を平和にするため、それだけなのです!」
と答えているが、その頭上には、
〔でもよく見たら、この村あまり裕福そうじゃないもんな。それで今まで魔物の脅威にさらされていたんだろ?そうなってくると貯えもあんまりないだろうし、そんな村から金貨なんてもらったら悪いよな。この寂れ具合。そこに気づいたらますますもらいにくい・・・〕と失礼なのか優しいのかわからない言葉が並んでいる。
頭上の文字が金貨を欲しがっていた先ほどと違って、今度は勇者の口から出た言葉も、頭上の文字も、金貨の受け取りを拒否している。
困惑した長老は今度はレインたちの方を見てくる。
レインとエスケレスは黙って神妙にうなづく。その視線と表情からどうやらあれが見えているのが自分だけではないのだと長老は察する。理由はわからないが、どうもこの勇者様は本音がだだ洩れになっているのが通常らしい。
「ではせめてこの村に泊っていってください。ささやかですが歓迎の宴を開きますので」
もしかしたらこれも断られるかなと長老は思ったが、
「ありがとうございます。先を急ぐ旅なのですが、ここはご厚意に甘えさせていただきます」
〔はあ~、やれやれ。これで今日は野宿しなくても済むんだな。初めはキャンプみたいで楽しかったけど、やっぱりベッドで眠れるのはありがたいよ。ゲームとかで宿屋で寝ないと体力回復しないのがよくわかる〕とタダシの頭上の言葉も素直に受け入れている。
(ゲームとはなんだろうか)と長老は思いながらもタダシに尋ねる。
「ちなみに勇者様は何がお好きですか?用意できる物なら用意いたしますが」
長老の言葉にタダシは真面目な顔で手を振る。
「そんな!気をつかわないでください!俺は何でも好きですよ。用意していただいた物ならありがたく頂きます」
〔やっぱり鳥の唐揚げだよね!あるかなあ、鳥の唐揚げ!!日本と全く同じじゃないけど、この世界のはかなり近い感じなんだよねえ。あっ、できれば味付けはシンプルな感じがイイね!あんまり上にタレ的なものがついているのは俺は好きじゃないんだよなあ。〕今度は文字だけではなく、ご丁寧にタダシが好きなタイプの唐揚げの画像までその頭上には浮かんでいる。
長老はタダシの頭上を見ながら「わかりました。ご期待に添えるかわかりませんが精一杯もてなさせて頂きます」と微笑むとそそくさと去っていく。
「あの長老、勇者様のあれをもう使いこなしてる・・・」
「だから言っただろう。何もしねえでいいって」
ちょっと嫉妬するように言うレインにエスケレスは淡々と答えている。
まだちょっと納得していないレインに、
「わしらが考えているよりも一般大衆の方が適応能力は高いんだよ。受け入れが早いから使いこなすこともできる。そういう事だ」
と賢者らしいことを言うエスケレス。
一ヵ月前にタダシが召喚された場面に立ち会っていたレインでさえ、あれに慣れたのはつい最近のことだ。
「そういうエスケレスさんだってなかなか適応できなかったじゃないですか」
「そりゃそうだろう。原理が分からない摩訶不思議な物をわからないまま受け入れるなんて賢者としてありえねえからな。だからわしはまだ適応できてねえぞ」
レインの指摘に適応できていない事をなぜか胸を張っていうエスケレス。
「二人ともー。ここの村の方が今晩は泊めてくれるそうなんだ。勝手に決めちゃって悪かったけどいいかな?無理だったら先を急ぐけど・・・」
タダシがレインたちの方を振り返って遠慮がちに言う。
〔急ぎたくない。疲れたし。正直、オークの数も思ったより多かったし疲れたんだよ…でも、そんな事言ったら甘えかな…〕そんなタダシの頭上を見ながらレインは答える。
「いえ、私も疲れましたから休ませていただきましょう」
その返事を聞いたタダシは「よかった」と安堵したように静かに答えただけだったが、その頭上にはガッツポーズをしたタダシの画像があった。
そして、その日の歓迎の宴に大量の鳥の唐揚げが用意されていたのは言うまでもなかった。
*
これは異世界から召喚された勇者タダシの物語である。わりと普通の勇者が普通に魔王討伐の旅をするのだが、ただ一つ違っていたのは勇者の考えがその頭上で筒抜けになっている事だった。
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