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「ではお知らせできたのだな、味方がいるということを」

「ええ、なんとか」


 旧勢力派が前国王になんとか伝言が伝わったらしいと知ってホッとする。


「街の様子はどうだ」

「ええ、民たちは新国王の行いを恐ろしい、今のままではだめだ、そういう流れになっていっているようです」

「それだけではな」


 誰かがそう言う。


「民たちはいくら口で言おうが心で思おうが、実際に行動に移すというまでにはなかなかいかぬのだろう」

「ええ、それはそうかと」

「交代までに、即位の礼が行われるまでになんとかしなくてはならん」

「急がねば」

「ああ、一日も早く」


 潜められた声が何事かを相談するとどこへともなく散っていった。


 


 「お父上」に扮したトーヤが一度ラデルの工房に戻り、「冬の宮」の前国王の元に誰かからの伝言が届けられた日、「封鎖の鐘」が鳴って8日目の朝に話は戻る。

 

 ここはミーヤとセルマが入れられている「前の宮」の客室の一室である。 


 昨夜、ダルの祖父、カースの村長の「自分を許せ」という言葉を聞いたセルマがその後一言も話さずにベッドに入って寝てしまったので、ミーヤも何も言わずに寝ることにした。


 幸いにもその後はセルマに水音が聞こえることもなく、「何か」が来ることもなかったらしい。

 ミーヤは夜中に何度か目を覚ましてセルマの様子を伺ったが、普通に眠っていたので安心していた。


「おはようございます」


 1つ目の鐘が鳴ってしばらくして、ミーヤはセルマの寝ている後ろ姿にそっと声をかけてみた。


「おはよう」


 小さくだがセルマから返事があったのでホッとする。


「昨夜はよくお休みになれました?」

「ええ、おかげさまで」


 やはり小さくセルマがそう答える。


 そう答えた後、セルマはゆっくりと起き出して、身支度を始めた。


「おまえはもう終えているのですか?」

「はい、さきほど」

「早いのですね」

「なんとなく目が覚めてしまいまして」

「夜中」


 それまでよそを向いてつぶやくように話していたセルマが、すっと顔を上げてミーヤを見る。


「何度か私の様子を見に来てくれていましたよね」

「もしかしてお起こししてしまいましたか? 申し訳ありませんでした」

「いえ、ありがとう」

 

 セルマがゆるくではあるが微笑みながらミーヤに礼を言った。


 その後は特に何も話さず、衛士が持ってきてくれた朝食を二人で味の感想などを言いながら食べ、食べ終わった食器はミーヤが衛士に返してもうすることはなくなった。


「宮に長くいると」


 ふいにセルマが話し出した。


「朝から夜までやることが次々とあって、忙しいのが普通の状態に慣れてしまう。こうして何も考えず、じっと座っているだけの日があると戸惑います」

「ええ、本当に」


 それはミーヤも同じ感想であった。


 そして思い出した。


「そういえば」

「なんです」

「八年前のことなのですが、トーヤとダルが出かけてしまい、世話をすることがなくなってしまったもので、リルと2人、ぽっかりと空いた時間を持て余したことがありました」

「そうなのですか」

「はい」

「持て余した時間をどうしました」

「2人でお茶を飲んで、ただ、暇だなあと」

「まあ」


 セルマが軽く笑う。


「はい」

「せっかくできた時間なら、何かやりたいことに当てればいいものを」

「そうなのです」


 ミーヤも笑顔でそう答える。


「トーヤとダルはその夜遅く帰ってきたので、その日はもうそのままリルとのんびり過ごしたのですが、手持ち無沙汰もつらいものでした」

「もしも私も同じような時間ができたとしたら、やはり同じように時間を持て余しただけのように思いますね」

「セルマ様もですか?」

「ええ」

「お互いに困ったものですね」


 ミーヤがそう言うとセルマも楽しそうに笑った。


 昨夜は何か考え込むようにして声をかけることも憚られたセルマだが、今はごく普通の同僚のように穏やかにしている。


 だが、ミーヤはその変化をかえって不安に感じていた。 


 ミーヤの様子に何か感じるものがあったのだろうか、セルマがさびしげに笑った。


「今は同じ立場です、今だけは」


 ああ、そういうことであったのだとミーヤも納得した。


 昨夜、あの話を聞いてなお、いや聞いたからこそセルマは自分を許すまい、そう腹を据えたのだ、それが分かった。

 ここを出たらまた元の、いや、それ以上に厳しく線を引いてセルマはその道に突き進むことを決めたのだろう。


「だから今だけはおまえと楽しく話をしたいのです」

「分かりました、私もです」


 二人の間に行き交う言葉がさびしい響きを帯びる。


 なぜそこまで厳しく自分の思いを抑えてまでその道を行かねばならないのだろう、ミーヤは胸がふさがる思いがしたが、どう言ってもセルマのその決意は揺らがないだろうこともよく分かった。


 今だけは、以前、自分もそう思ったことがあった。

 過去も未来も関係なく、今だけは幸せでありたいと。

 そしてセルマのその決意を受け入れる覚悟を決めた。


「では」


 ミーヤが空気を変えるように快活に言う。


「今日は一体どんなお話をしましょうか? セルマ様がお聞きになりたい話をいたしますし、セルマ様のお話も聞かせていただきたいものです」

「そうですね」


 セルマも楽しそうにそう答えた。

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