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15 守る声

 ピシャン……ピシャン……


 今ではもう音がするのではないかと思うほど体は震えているのに、動けず声も出せない。いわゆる金縛りという状態になり、セルマは芯から恐怖する。


(ヒィッ!)


 何かが近づいてくる気配にザワリと全身の毛穴が開くのを感じた。


(な、何が!)


 何者かが(いとお)しそうに自分にすり寄ろうとしている。


(やめて!)


 じめっとした湿気を感じさせる、(よど)んだ(おり)のような好意が自分にまとわりつき、入り込もうとしている、取り込もうとしている。


(誰か、誰か、助けて!)


 セルマの目に涙が浮かぶ。

 背中を向けた後ろにはミーヤがいるのは分かっているが、助けてと声を出すこともできないのだ。


(お願い、お願い、誰か……)


 ふうっと意識が遠ざかりそうになった時、


「セルマ様」


 他の誰か、生きた人の手が自分の背中に当てられ、今まで自分にまとわりついていた気配が雲散霧消(うんさんむしょう)した。


「起きていらっしゃいますか?」


 ガチガチと震えながらこわばっていた全身からようやく少し力が抜ける。


「大丈夫ですか?」

「あ……」


 どう言っていいのか分からない。


 だが……


 ピシャン……ピシャン……


 まだ聞こえる。

 あの水音が。


「あ、あの音……」

「え?」

「あの、あの水音が」

「え?」


 ミーヤはセルマに言われて耳をすませるが、


「あの、何の音もしておりませんが」

「え?」


 今度はセルマが驚く。


 ピシャン……ピシャン……


「なぜ、なぜ聞こえぬのです!」


 ピシャン……ピシャン……


「こんなにはっきりと聞こえているではありませんか!」

「どうした?」


 セルマが大きな声を出したからだろう、外の衛士が声をかけてきた。


「いえ、何もありません」


 ミーヤの声が落ち着いていて異常を感じさせなかったからか、当番の衛士はそのまま自分の役目に戻っていった。


「セルマ様」


 ミーヤは暗闇でよくは見えないが、おそらく真っ青になりながらも怒りの表情を浮かべているだろうセルマをなだめるように言う。


「申し訳ありません、私には聞こえません」

「うそ……」


 セルマはミーヤに背中を向けたままベッドの中でもう一度全身を強張らせる。


「では、では、なぜわたくしにだけ聞こえるのです……こんなにはっきり……」


 ピシャン……ピシャン……


 聞くまいと思ってもどうやっても耳に入ってくる。

 この部屋に移された時は開放されたとホッとしたあの音が。


 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……

 ピシャン……ピシャン……


「ああ、ああああ……」


 両耳を手で押さえてもどうやっても入ってくる。


「セルマ様」


 ギシリ。


 ベッドに誰かが腰掛けたので一瞬セルマはビクリとしたが、それがミーヤであると分かり、少しだけ力を抜いた。


「私は誰かに起こされました」

「え?」

「うとうとと眠っていたのですが、声がして」

「こ、声が?」


 セルマの声が震えを帯びる。


「ええ、やさしいかわいい声でした」


 そう、あの声はおそらくあの子だ。

 ミーヤがよく知るあの懐かしい子。


「その声が、ミーヤ様、起きて、起きてください。そう言って起こしてくれたのです。そうして目を覚ましたらセルマ様の様子が気になって、それでお休みかと思ったのですが声をかけさせていただきました」

「そうなのですか……」


 その声がミーヤを起こしてくれたので、それで自分は助かったのだ。セルマにもそのことが分かった。

 

 だが……


「でも、でも、まだ聞こえます」

「え?」

「水音です」


 言われて今度はミーヤが困った顔になる。

 ミーヤには聞こえないからだ。


 セルマがそれほど恐れ(おのの)く水音がミーヤには聞こえない。

 この薄闇を恐ろしいとも思えない。

 それどころか、疲れた体を癒やしなさいと優しく包んでくれているようにすら思える。


 セルマのベッドに腰掛けたまま、ミーヤはキャビネットの上を見る。

 薄暗がりの中、そんなことがあろうはずもないのに、なぜか木彫りの青い小鳥が光っているようにすら見える。


「そう、そうなのね」


 そう言ってそっと右手を伸ばし、木彫りの小鳥をそっと撫でた。


「ありがとう、守ってくれたのですね」

「え?」


 セルマが背中でその声を聞く。


「何がどうしたと言うのですか」

「この子です」


 そっと抱き上げた小鳥をミーヤは見せる。


「その木彫りが?」


 セルマが不信の響きを込めて言う。


「ええ、そうです」

「まさか」

「いえ、そうなのです。この子が私を起こしてくれて、そして今も守ってくれています。ほら、こんなに暖かく光って」

「光って?」


 セルマはミーヤがおかしいのではないかという響きを込めて言う。


「木彫りが光るはずがないでしょう」

「いいえ、優しい光を感じます。ほら」


 ミーヤの手の上の木彫りの小鳥、セルマには暗くてはっきりとその姿すら見えることがない。


「見えません。それよりこの音、この音をなんとかして!」


 目をつぶり、耳を押さえるがそれでもまだ耳に届く。


「セルマ様……」


 ミーヤは少し考えていたが、


「では、私がお話しをさせていただいていいですか?」

「話?」

「ええ、フェイの話を」

「フェイ?」


 セルマもぼんやりとその名は聞いたことがある。

 まだ幼くして儚くなった侍女見習いがいたと。


「ええ、フェイの話をさせてください」


 ミーヤが青い小鳥を愛おしそうに包んでもう一度そう言った。

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