表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
744/744

 1 神の剣

 ルギはマユリアの剣であることを宣言すると、自らの分身である剣をシャンタルに向けた。


 さきほどまでのルギは、マユリアが嫌がることをやめさせるためだけにシャンタルに剣を向けていた。万が一の場合を考えていないわけではなかったが、自分の本気を見せてシャンタルを止める、その気持ちの方が大きかったと言えるだろう。


 だが今は違う。マユリアの夢を邪魔するものを排斥するためにだけ存在する剣の光が、ギラリとシャンタルの目を射った。


 トーヤはあらためてルギの剣先に姿をすべらせてシャンタルの姿を隠し、自分も剣先をルギに向ける。


 ルギは今やトーヤにシャンタルを止めろともどけとも言わない。言う必要がないからだ。(あるじ)の邪魔になるものは、何であっても斬り裂き道を開くだけだから。


 ミーヤはルギが過去にトーヤに対して殺意を抱いたこと、トーヤがその殺意を抱かせたことを危惧(きぐ)していた。シャンタリオの衛士であるルギ、いくら剣の腕が立ったとしても、衛士はトーヤやアランのような傭兵とは違う、長きにわたり戦のないこの国では、命のやり取りをする剣は不要であった。


 そのルギにトーヤはあえて殺意を抱かせた。当時、人形のように自分の意志がないシャンタルに怒りを覚え、幼くして儚くなったフェイとのあまりに理不尽なその差に、どうしようもない憎しみを感じたためだ。そのためにルギに八つ当たりのように自分に殺意を抱かせ、嫌がらせをし、そのことをはっきりと伝えた。どれほど自分を憎もうとも、マユリアの衛士である限り手出しできまいと思うことで、溜飲(りゅういん)を下げていた部分があったからだ。

 

 ミーヤはそのことを心配していた。ルギは誰かに殺意を抱いても簡単に人の命を奪えるような人間ではない。マユリアの(めい)があったとしても、何も思わずその相手に剣を突き立てられる人間でもない。


 それはルギがシャンタリオ人であり、人を殺める環境にはいなかったからだ。傭兵であるトーヤもアランもそれは認めている。たとえシャンタリオの人ではなくとも、衛士であったとしても、大部分の人間は普通に人の命を奪えることはないと。


 それを知るからこそ、八年前、トーヤを心配するダルにトーヤはこう言った。


『まあ命令されりゃやる可能性はあるな。だがその命令がまずねえからな』


 トーヤは知らなかった。まさかトーヤが謁見の間を去った後、ルギがマユリアにトーヤの殺害を願い出ていたなど。もちろんマユリアが許さずそのままルギの殺意は宙に浮くことになったが、今のマユリアは必要であれば、いつでもトーヤを排除せよとルギに命じることだろう。


 だが今ルギは変わった。殺意など必要ではない。ルギが剣を振るうのに必要なのは主の命だけだ。それだけがあれば迷うことなく誰にでもその切っ先を突き刺し斬り裂く、無機質に(やいば)を振るう。なんの良心の呵責(かしゃく)もなく。


 それこそが神の剣だ。己の感情など不要、唯一信じる神のためにまっすぐに前を見るだけでいい。


 ミーヤが心配した、トーヤがルギに抱かせた殺意がトーヤに刃を振るうための最後の一押しになるのではという心配、それはまったく無用の心配となった。ルギは自らの意志で意志を持たぬ神の剣になったからだ。昔の因縁など何の意味ももたない。そのような人としての感情なぞ剣には不要だ。


 さっきはマユリアがルギにシャンタルを止めるようにと言い、ルギはその言葉に従おうとした。だが今は何の命も出されてはいない。それでもシャンタルに剣を向けているのは、主が次に下す命を理解しているからなのかも知れない。


「あんた、それで本当にいいのか」


 トーヤは静かにルギに最終確認をする。


「そのマユリアはあんたの主のマユリアじゃねえ。あんたの主のマユリアを飲み込んだ女神様だ」


 トーヤの言葉にもルギは動じない。


「ずっと迷っていた」


 ルギも静かに話し出す。


「もしも主が海の向こうに行きたいとおっしゃれば、どのようなことをしても送り届ける。もしもご家族と一緒に暮らしたいとおっしゃれば、どのようなことをしても家族との生活を守る。それが俺が生きている意味だと信じていた。だがキリエ様にこう聞かれた、マユリアが人に戻られた後をどうするか考えろと」


 キリエはその日のことを思い出していた。トーヤに今のマユリアが当代の心の奥から表に出てきた女神であると暗に知らされた。そして選んだのだ、侍女がお仕えするのは外側の人に戻られるお方ではなく、その心の奥におられる女神であると。


 だがルギの主は女神ではなく当代だ。そのことを知らせぬままマユリアの剣でおいておくわけにはいかない。マユリアが人に戻られることがあったなら、その時ルギの主は誰なのか。それを考えろと言うことで、ルギにも今の主が当代ではないと伝えたつもりだ。


 それを知った上でルギはこれまでと同じくマユリアの剣である道を選んだ。主の真の願いが永遠に人を見守ること、永遠に女神であることであると知って、永遠に女神の剣、神の剣になる道を。


「主が道を定められた。ならば剣はそれに従うだけのことだ。俺の心にももう迷いはない」


 ルギの言葉が聖なる剣に反射した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ