28 神々の代理戦争
アランはベルから視線をはずし、トーヤの後ろ姿を見つめる。どんな結果になろうとも自分にはその後にやることがある。そのために見届けなければならない。
ベルの瞳に絶望が浮かんでいるのをアランはもちろん気づいていた。だがどんな目で見られようとも、自分にできるのは見守ることだけだ。
できることなら自分も隣に並んでトーヤと一緒にルギと戦いたい。一人の相手に多人数でかかるのを卑怯と言う者もあるだろう。だがそれのどこが悪い。自分たちは名誉のために戦う騎士や、権力争いのために戦をする貴族や王族などではない、傭兵だ。金のために戦い、生き残るためならなんでもやる。だから戦場では何をやってもそれは間違っているなどということはない。
もちろん雇う側から色々な条件をつけられることはあるし、大部分は自分の手柄のために一対一で戦うことが多いと思う。雇い主によってはこの戦いは名誉のための戦いだから卑怯な戦法は使うなと言うもやつもあったが、アランにすればそんなもの現場を知らない人間の寝言にしか聞こえない。
アランは家族を突然戦に奪われ、ベルを、そして自分を守るために死神になると決めた。そのためにトーヤについていくと決めたのだ。だから今回ももちろん自分とトーヤと二人でルギに対するものだとばかり思っていた。
だがトーヤはそれを拒否した。はっきりと言葉に出すことはなかったが、あの光の場で自分も含めた皆に自分を見捨てろと宣言したことでアランはそうだと理解した。間違えてはいないはずだ、トーヤの真意を。
自分がルギをできるだけ削る。自分がやられた場合はおまえがとどめを刺せ。
おそらくはそれが自分の役割なのだとアランは確信していた。
なぜトーヤが自分一人でルギと剣を交えると決めたのか。それはこの戦いが普通ではないからだろうとアランは思っていた。これまで自分たちが戦ってきた普通の戦場の戦いとは違う。いわばシャンタルとマユリアという二人の神様の代理戦争のようなものだ。それだけにどんな戦い方をしても勝てば良いというものではないのだろう。
ルギはマユリアの衛士、マユリアの剣士だ。主のために真正面から神の剣らしく戦う。ルギはマユリアに出会ってからずっとそうして生きてきた。たとえその神が間違えた道を選んでいたとしても、神の意志に沿って剣を振るうことがルギの役割りであり生きる意味だ。それはトーヤたちから聞いた話からそうであると知っている。
ルギは神の代理の剣となるにふさわしい剣士、もしもその剣筋が歪んでいたとしてもそれは神の意志に沿っているからでしかない。神官長が二人の国王を操り殺めようとも、それは神の意志に沿うため、人の世のための女王マユリア誕生のため、正義のためであったように、ルギの剣もどのように振るわれても、己の欲のためではなく、神の正義のためでしかない。
それに対してトーヤと自分の剣は金を稼ぐため、生き残るための剣だ。主に忠誠を誓った騎士や剣士の剣とは違い、何かの信念のために振るわれる剣とは違い、傭兵は存在そのものが卑しい者、穢れた者でしかありえない。アランもあちらこちらでそのような目で見られてきた自覚がある。アラン自身がその覚悟を決め、死神、使い捨ての剣として生きてきた。何よりも自分とベル、そして仲間の命が大切だ。その他の者にどう見られようと気にすることはない。名より実、それが傭兵というものだ。
その卑しい傭兵が神の代理となって戦う。穢れた剣が神の剣となる。そのためにも正々堂々とルギと向かい合う必要があるのかも知れない。本来なら神の剣にふさわしくない存在だからこそ、より一層厳しく正面から神の剣たらんとするのかも知れない。
そこまで考えてアランは少しだけ考えを緩ませ、心の中でだけほんの少し笑った。
いや、もしかしたら愛する人にまっすぐな自分の姿を見せたいだけかも知れないな。トーヤはそういういい格好しいのところがある。
ちらりと視線を動かしてオレンジの侍女を見る。きっとこの人もトーヤの覚悟を理解しているはずだ。その上で不安を殺して自分の役目、侍女として最後までシャンタルを守ると決めているのだろう。
(全く、本当に困った二人だよな、どちらも頑固でさ)
緊迫した空気の中、トーヤとミーヤが何かあるとつまらない痴話喧嘩(だとアランは思っている)を繰り返し、その間でげんなりとしていたことを思い出す。困ったことだと思いながら、あれはあれでよかったよなとアランは思い返す。なんとなく幸せだった。とても現実のことだとは思えないとんでもない状況の中、なんとも現実的で愚かな人間らしい出来事だった。
女神マユリアが作るこれからの世界。それはもしかしたら清浄で理想的な世界なのかも知れない。ひとかけらの穢れも入る余地がない夢のような世界。だがアランはそれよりも、愚かでも人が人らしく生きる世界を望む。
そのためにもトーヤに勝ってもらわなければならない。そしてもしも万が一トーヤが負けて倒れた時には、どれほど卑怯な手を使っても自分がルギを倒す。それが神の剣にはなれない傭兵アランの、人である自分の仕事だとアランはもう一度自分に言い聞かせていた。




