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27 嵐の中心

 シャンタルとマユリアの間の空気、トーヤとルギの間の空気、どちらもが凍っている。


 シャンタルはあくまでマユリアへの質問をやめずマユリアは拒否する。トーヤはシャンタルを守ろうとしルギはシャンタルをやめさせようとする。


 今度何かがあれば二本の剣がぶつかり合うことになる。そのことが部屋にいる皆に分かった。


 正殿の中の空気だけが凍っている。おそらく外では民たちが国王の訃報に落ち着きをなくし、神官長の突然の死がその動揺に拍車をかけているに違いない。王宮では国王暗殺の首謀者としてラキム、ジート両伯爵を主にした貴族たちを引きずり出せと前国王派が押しかけているだろう。


 嵐の中心は静かだという。すべての出来事の中心であるこの正殿だけが文字通り静かに凍り続けているが、それは決して平穏な静けさではないと皆が知っている。


 嵐の中心が静かなのはそこから外に向かって風が吹き出しているからだ。動きがないように見えても吹き荒れる外側よりも濃密な力を秘めている。


 その静かな正殿で二人の男が向かい合っていた。互いに剣を手にしている。ほんの少しでも静寂が破れたら、その瞬間に二本の剣はぶつかりあい火花を散らす。


 全ての嵐の原因は二人の剣士がそれぞれ守っている二人の麗人。元は一人であった慈悲の゙女神シャンタル。人の世を守らんと我がを二つに裂いた慈悲の心がその結果嵐となって吹き荒れているのはなんとも皮肉な結果でしかないのか。それともこれも必然なのか。どちらにしても、吹き荒れる嵐がやむには剣と剣とを交えるしかない風向きになってきたようだ。


 ミーヤが心の中でトーヤとした約束を思い出していたように、仲間であるアランとベルもそれぞれの思いを抱く。


 ベルもミーヤと同じくトーヤに言われたこと、何があってもシャンタルを守ることが自分のやるべきことだともう一度自分に言い聞かせている。


 ベルにとってはトーヤもシャンタルも同じぐらい大事な存在だ、仲間で今では家族であると思っている。どちらかを選ぶことなんてできない。実の兄のアランと同じだけ二人のことが大切だ。


 もしもシャンタルを助けるために命をかけろと言われたら、ベルはそうできる自信がある。自分の身、命が大切なのは言うまでもない。だけどその自分と同じだけ大事なのがシャンタルでありトーヤであり、もちろんアランなのだ。その大切な存在を助けるために自分の命をかける、それは至極当然のことに思えた。そんな場面になったなら、頭で考えなくても体が勝手にそう動くだろう。


 もしも自分やシャンタル、アランが危険な状態になったなら、きっとトーヤも自分と同じようにして助けてくれるはずだ。それを当然のこと、やってもらって当たり前とは思っていない。だけど、きっとそうしてくれるはずだと信じている。自分がトーヤを大切なのと同じだけ、トーヤも自分を大切だと思ってくれていると知っているから。


 それなのにトーヤは自分を見捨てろと言った。それはベルにも理解できた。そして分かった上できっとそんなことにはならないはずだと思い込んでいた。いや、思い込もうとして頭の隅っこに追いやっておいたというのが正しいかも知れない。


 ベルが思わずアランに視線をやると、アランは黙って視線だけで返してきた。その視線にベルは絶望する。


 アランはトーヤの覚悟を理解して受け入れている。トーヤが身を()してシャンタルを守ろうと決めていることを受け入れている。

 

 それはトーヤと並んで戦場に立つアランだからこそ分かること。仲間であっても後方支援のシャンタルとベルには本当の意味で理解はできないことだ。


 アランはトーヤの仲間で弟子という立場だ。それだけに誰よりも深くトーヤの思考を読む。読まなければついてはいけなかった。そしてトーヤもアランにそれを求めた。


 アランとベルがトーヤとシャンタルと共に進むと決め、それを受入れた時、トーヤは二人に自分のすべてを教えようと決めた。それはいつか別れが来ると分かっていたからだ。別れた後もできるだけアランとベルが生き延びられるように、これまでは自分の中にだけ留めておいた生き残る術を、惜しむことなく教えてきた。


 おそらくシャンタリオに戻るまでに残された期間は五年。トーヤはその日までと心のなかで期限を決めて、兄と妹に自分が生きるために必死に身に着けてきた知恵や技術を教え込んできた。できれば一日でも早く二人に戦場から足を洗わせ、安心な生活をさせる方がいいのだろう。だがアランの言葉がトーヤに戦場でも生き残れる方法を教える道を選ばせた。


『俺とベルがこの町に腰を据えると決めたとします。その後、この町にこれからずっと戦が来ない、そんな保証がありますか?』


 この世に絶対などない。それはトーヤも見てきたことだ。だからそうした。そしてアランもトーヤの期待に応える以上の努力をしてすべてを身につけ、戦場で背中を預ける相棒になってくれた。


 そんなアランだからこそ分かる。アランだからこそできる。トーヤにもしものことがあった時、その後にやるべきことがある。そのためにアランはトーヤの言葉を、覚悟を受入れているのだ。

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