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26 本当の自分

 シャンタルの言葉を聞き、ルギは黙ってその美しい緑の瞳を見つめる。その奥には一点の曇りもないと思えた。


 シャンタルにはマユリアを傷つける意図などないのだろう。シャンタルは何も間違えたことをしようとはしていない。そのことも分かった。だがそれでも、何があろうとも、ルギにはマユリアが悲しく思うこと、苦痛に感じることを許しておくわけにはいかない。相手が誰であろうとも、理由がなんであろうとも排斥するのがルギの役目、剣の役目だ。


「シャンタル、もう一度申し上げます。おやめください。おやめいただけない場合には私にもやらねばならないことがございます」

「シャンタル、私からも申し上げます、おやめください」


 キリエもルギに言葉をそろえる。


「ルギは本気です。私はマユリアにもあなた様にも傷ついてもらいたくはありません」


 キリエはセルマをフウに任せると、立ち上がって自分もマユリアの前に立つ。


「うーん、困ったなあ」


 キリエが割って入ったことにシャンタルは困った顔になるが、それは単に子どもがいたずらをやめるようにと言われたほどの表情に見えた。


「それでもやっぱり、私はマユリアに聞かないといけないんだけど」

「それがそんなにも大切なことなのでございましょうか」

「うん、大切なんだ」


 シャンタルが即答する。


「それはなぜなのでございましょう」

「それはその人に自分が誰かを思い出してもらいたいから」

「誰かを、でございますか」

「そう」


 シャンタルはキリエに短く答えると、もう一度その背後のマユリアに向かって呼びかけた。


「ねえ、どうしてそんなにラーラ様を嫌がるの?」


 この言葉にマユリアは耐えきれなくなったように座り込むと、


「ルギ、お願いです、やめさせて……」


 と小さくつぶやいた。


「御意」


 ルギが答えるなり剣を抜く。


「シャンタル、これが最後です。やめるとおっしゃっていただけない時には力づくでおやめいただく」


 銀色の光がキラリとシャンタルの目を射た。


「お願いいたします、おやめください」


 ルギの目にも悲痛な色が見える。ルギも決してシャンタルを傷つけたくはない。だが、マユリアと並べた時、どちらを選ぶかと問われる必要もないほどにルギの忠誠はマユリアのものだ。


「シャンタル、何か他の方法はないものでしょうか」


 キリエも急いでシャンタルに尋ねたが、


「ごめんね、でも大切なことなんだよ。だからやめられない。ねえマユリア、どうしてラーラ様に――」

「やめて!」


 信じられないことにマユリアが叫んでシャンタルの声を遮り、ルギが剣を持って一歩前進したが、


「おっと、そこまでだ」

 

 トーヤが抜いた剣をルギの目の前に突きつける。


「やめてほしければシャンタルにやめていただくことだ」

「それが、止めるつもりはねえんだな、俺も」

「やめさせろ」

「嫌だね」


 今やルギとトーヤの対峙(たいじ)となった。すでに二人の間にはシャンタルのことすらないようだ。


 ミーヤはやめてと叫びたい気持ちを抑える。知っているからだ、トーヤの覚悟を。あの光の場で皆に告げたあの覚悟を。


『やるべきこと、それはシャンタルが死なないようにすることだ。それははっきりした。だから、俺はシャンタルを生き残らせることを第一に考えてそう行動する。そう決めたってことだ』


 トーヤはそう宣言した。そして皆にもそうしてほしい、そうするようにと言った。それはシャンタルを助けるためならば、トーヤのことも見捨てろということだった。いや、むしろトーヤが一番捨てようとしているのは自分の命だとミーヤには分かった。


――トーヤはルギと刺し違える覚悟を決めている――


 ミーヤは息が苦しくなる。とうとうその時が来てしまったのかも知れない。


 今のマユリアのようにやめてほしいと口にできればどれだけ楽か。たとえその結果がどうなっても自分の想いを口に出すことで心をさらけ出すことができる。


 だけどそれはできない。だって約束したのだから、自分は侍女としてシャンタルを守ると。それだけが自分にできること、トーヤとの約束なのだから。


「本当のあなたは誰なの」


 そんなミーヤの想いなど気にもかけないようにシャンタルがいきなりそう言った。


「私はそれを聞きたいと言ってるだけ、本当の自分が誰かを知られるのがそんなに嫌なの?」

「わたくしは慈悲の女神マユリアです!」


 マユリアがシャンタルの問いに答える。


「わたくしは女神マユリア、そして女王マユリア、人を誰よりも想うもの。なぜそれではいけないのです!」

「うん、知ってるよ。あなたが女神マユリアで、そして人を心から想ってくれていること。私の姉のマユリアも心の奥から本当に人を想ってくれている。あなたたちは自分のことよりもずっとずっと深く人を愛してくれている。そうだよね」

「ええそうです。わたくしたちは人を愛し、人を慈しみ、そしてこれからも守り続けようと誓っているのです」

「うん、だからそれはラーラ様も同じなのに、どうしてラーラ様のことだけは一緒じゃないって言うの。それがどうしてか教えてと言っているんだ」


 シャンタルの言葉にマユリアは顔色をなくし再び口をつぐんだ。


 そしてルギとトーヤのにらみ合いも続く。

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