25 素直な疑問
マユリアは答えない。黙ったままじっとシャンタルをみつめているが、その瞳の奥には動揺が見える。
答えたくはないのだろうとキリエにも分かった。答えたくないということすら口にはしたくないということのようだ。ますます何故なのかと思わずにはいられないが、今の自分には知る術もないことと黙って見守るしかない。
「ねえ、教えてくれるかな、どうしてそこまでラーラ様と一緒だと言われるのが嫌なのか」
シャンタルは容赦がない。相手が誰でもいつもこの調子だが、場所が場所、事情が事情なだけにベルはどうすればいいのかとぎゅっと両手を握りしめる。
マユリアは動かない。シャンタルの問いを聞いているのは見ていて分かる。その上で動けないのか動かないのかは分からないが、世にも美しい彫像のように、まるで脈打つ血潮すら止めてしまったかのように、時を止めてしまった。
「ねえ、どうして」
「シャンタル」
重ねてのシャンタルの言葉を遮る者が出た。
「おやめください」
ルギだ。丁寧な口調ではあるが、そこにはこれ以上マユリアに触れることは許さない、断固とした意思が感じられる。
「お言葉を止めたことは申し訳ありません、お許しください。ですが、たとえあなたでもマユリアを苦しめる方には黙ってはおられません」
ルギはそれでもまだトーヤから視線をはずさず、いつでもその動きに対応できる体勢を取りながらも、マユリアを他の者の視線から隠すように移動をした。
「でも聞かないといけないからね。マユリア、どうしてだか教えてくれるかな」
シャンタルはまたも何もなさげに、ごく普通の会話のようにルギを気にせず続ける。
「シャンタル、お願いですからおやめください。それ以上続けられるのなら、私にもやらねばならぬことができてしまいます」
ルギは視線をトーヤに向けながらも、ほんの少しだけ腰の剣に手を近づける。
「おっと、そっちがそうくるなら、俺もやらねないといけねえことってのができちまうんだけどな」
トーヤもルギから視線をはずさず、シャンタルの正面近くに移動をする。
シャンタルとマユリアの間にはすでにベルとアランが割って入っていたが、マユリアがシャンタルに歩み寄ろうと移動している分だけ体半分、顔を向き合うほどの空間が空いていた。トーヤはその空間をさらに半分ほど隠すように移動した形だ。
「どうするルギの旦那よ、そっちがやるってのなら俺は全然構わねえんだけどよ」
トーヤはそう言うと、自分も左腰にさしていたヌオリの剣に手をかける。神官長室でセルマを傷つけた後、ヌオリが持って震えていた剣を取り上げ、そのままちゃっかりと腰にさしていた。もちろん鞘も一緒にいただいている。
「前の時はあんな使い古した模擬剣だったが、今回はお貴族様が持ってたなかなかいい剣だぜ。ほとんど使ってもねえし、ほれ、切れ味も悪くなさそうだ。どうするよ、え?」
「ふざけたことを」
ルギはいつものように皮肉な目つきになると、鼻で笑いながらそう言った。
剣だけを比べるならば、ルギの剣はマユリアに下賜された芸術品でありながら、アルディナで鍛え上げられた実用品でもある。ヌオリの剣がどれほど高価で立派であっても比べようもないことは言うまでもない。
「そちらが何人で来ようとも、俺に叶うはずなどないだろう」
ルギの言葉に思わずアランがカッと顔を朱に染める。ついさっき同じこの部屋で軽くいなされたことを思い出したのだ。
ルギほどの腕になると少し立ち会っただけで相手の力量を測ることができる。トーヤとは一度剣を交えていてその腕を評価しているのは分かった。つまりアランなどはトーヤのおまけ、歯牙にもかけぬと言われている。そのことが分かって頭に血がのぼった。
「落ち着け」
トーヤが少し笑いながらアランに声をかけた。
「大事なのは命のやり取りでどんだけ使えるかだ。おまえの腕は俺がちゃんと評価してる、お行儀のいい衛士の方々の訓練と比べてどうのこうの思うこたあねえ。ただまあ、この隊長はちょっとばかり使えるんで要注意だがな」
挑発するようなトーヤの口調にもルギはぴくりとも動かない。
「そんで、やらなきゃならねえことってのはなんだ、俺らの仲間に何しよってことだったんだ」
「こちらとしても何かをやりたいわけではない」
ルギはそう言うと、腰の剣に近づけた手をほんの少しだけ遠ざけた。
「シャンタル、もう一度申し上げます、おやめください」
ルギの顔に薄く苦痛が浮かぶ。だが、そんな苦痛などルギの信念、マユリアのためなら何をすることも厭わぬという思いの前には、あぶくほどの重みすら持たないことを誰もが知っている。
「やめなかったらどうするの?」
「それは……」
「いいよ、答えなくても。どんなことでもルギはきっとやるでしょう、分かってるよ」
子どものように素直な疑問にさすがのルギが思わず口ごもるが、シャンタルは理解しているというようにその先を言わせなかった。
「でも私もこれだけは絶対にやめられないんだ、ごめんね。どうしてもマユリアに聞かないといけないんだ、なぜそこまでラーラ様と同じと言われることが嫌なのかを。とても大切なことなんだ」




