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21 加護と結界

 アランの殺気を感じたのだろう、ルギの手がまた少し動いた。


「おっとそこまでだ」


 トーヤがアランの前に立ちはだかるのと、


「ルギ」


 とマユリアがルギを制するのが同時だった。


 トーヤの後ろでアランが殺気を消し、ルギの手も元の位置に戻った。


「返事がまだだ」


 トーヤが少しあごを上げ、少し目線を落とすようにして続ける。


「なんでアルディナって親玉の神様がいるってのに、アルディナの神域ではずっと戦争が続いてる。神様の加護ってのがあったら、あっちはここよりもっと守られてるはずだよな。それがなんでか答えてもらおうか。さっきの話を聞いてると、アルディナには神様の加護ってのがなかったようにしか聞こえねえんだよ」

 

 アランのように殺気を感じさせはしないが、その気になればトーヤは一瞬で死神になる。殺気を感じせる気配も与えず、気がついた時には死神の鎌を振り下ろしている。だからこその死神なのだ。


「アルディナの加護はあります」


 マユリアは口角をゆるやかに上げると、慈母のごとき微笑みでそう言った。


「ですが、神の加護があってもなお、人の世には戦乱があるのです。シャンタリオで長らく戦がなかったのはシャンタルと、そしてマユリアがシャンタルの神域を閉じ、守り続けてきたからなのです」

「へえ、そうなのか、そらご苦労さんなこった」

 

 トーヤが本当はあまり興味がなさそうな様子で短く返した。


「神の加護と神域の結界、この二つが揃っていたからこそ、シャンタリオは平和な国であったのです。ですが、シャンタルはこの地を去るとおっしゃいました。そしてさらに結界を開くと。それがどのような結果をもたらすか、想像できるのではありませんか」


 マユリアの言葉を通して心の痛みが伝わってくる。この痛みは嘘ではない。(あるじ)であるシャンタルから神の世に帰ると聞かされた時、マユリアはこの痛みを感じたのだ。残される人を思い、刺し貫かれるような痛みを感じた。その痛みが聞いている皆の心をも貫く。この女神が本心から人の世を心にかけ、行く末を憂えていることが染み入る。


「わたくしは何度もシャンタルにお願いいたしました。どうぞ人をお見捨てになられませんように、これまでと同じように共にこの地を守り続けていただきたいと。ですが、お聞き入れにはなられませんでした」


 マユリアの口調にほんの僅かだが怒りが混ざるのを感じた。


「一体どうすれば人を守り続けることができるのだろう。わたくしは何度も何度も繰り返し考えました、その結論が今度のことなのです。決して(あだ)や思いつきでわたくしが女王になろうと考えついたのではないのです」


 その真摯な表情と語り口は、決して嘘を語っているのではないと分かる。


「もしもシャンタルが、今後もわたくしと共にこれまでと同じよう人を守り続けて下さるとおっしゃってくださったら、それが一番の道であることは分かっております。そうあることこそがわたくしの望みでもあるのです。ですが、それは叶わぬことと思い知り、絶望いたしました」


 マユリアの瞳が閉じられ、豊かなまつげに露が宿る。


「これまでと同じ生活を続けたい、この宮の奥で静かにこれまでと同じように」


 聞いている者たちの表情がハッと変わった。

 

 これはマユリアだ。自分たちがよく知る当代マユリアだと皆が感じた。


 目の前の美しい女神は全く同じ方のまま、髪一本すら変わることはなかった。だが違う、今のは違う方だ。どこがどうとは言えないが別の方が語った言葉だと分かった。


「このまま、このままずっと、ここで、宮で、今までのように暮らしていきたい、そういう気持ちもあるのです」


 皆の動揺の上にマユリアの言葉が重なる。これは、トーヤが再会した当代マユリアから聞いた言葉そのままだ。


「わたくしたちの想いは同じです。わたくしたちは同じです。わたくしは変わることなくマユリアです。人を愛し、守り続けるマユリアなのです」


 誰も言葉を発することができなかった。一番の矢面に立つトーヤですらも。


「わたくしの願いはただ一つ、これまでと同じようにこの世の果てまで変わらず人を愛し、守り続けることです。それが過ちでしょうか」


 マユリアは自分の心を自分で見つめるように静かに語り続ける。


「過ちと言うのならば、それは人を見捨てたシャンタルの方ではないのですか? 次代のシャンタルを宿す器が生まれぬ、自分の宿る肉体が失われる、自分の身が穢れ命が危うくなる、それならば人の世を見捨てようと決めたシャンタルが正しいのですか」


 マユリアの瞳にこれまで見たことのない光が(かす)かに浮かぶ。それが怒りであることが皆にも分かった。


「わたくしにこれからも人を、人の世を守り続けさせてもらいたいのです。そのためにはあなた様の、黒のシャンタルの協力が必要なのです。分かっていただけないでしょうか」


 皆の瞳が黒のシャンタルに注がれた。銀の髪、褐色の肌、深い深い緑の瞳を持つもう一人の神に。


「お願いです、どうぞわたくしの内にお戻りください。そして共にこれからも人の世を守り続けていただきたいのです。どうぞ、どうぞわたくしの心をお知りになり、(だく)とおっしゃってください」

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