18 千年前の託宣の真実
八年前、当時の次代様、当代シャンタルが誕生した後、トーヤはマユリアたちから信じられない話を聞いて怒り、残酷な条件を突きつけた。
『黒のシャンタルに心を開いてもらいたい』
当時、マユリアとラーラ様の体を使って外を見て聞いていたシャンタル、まるで人形のように自分の意思のなかったシャンタルを助けるためには、本人が自分の口でトーヤに助けて欲しいと言うこと、それがその条件だった。だがそれは誰にの目にもとても不可能なことに見えた。そう突きつけたトーヤ本人にすら。
結末はシャンタルが冷たい湖に沈む、その可能性が一番高いと誰もが心の底で思い、そうならないために必死にあがき続けた結果、フェイの導きもありシャンタルは条件を満たした。助け手トーヤに助けを求めたのだ。
「千年前の託宣にあったよな、黒のシャンタルは力の強さ故に聖なる湖に沈まないといけないって。だがそれは俺が助けたってか、シャンタルと助け合ってもう終わったはずだろうが」
マユリアが不思議な笑みを浮かべて左右に首を振る。艷やかな黒髪と髪に付けている装飾、ベールが一緒に星を散りばめるように揺れる。
「そうではないのです」
厳かに、それこそが託宣だという響きを帯びたマユリアの言葉。
「この人の世を救うために黒のシャンタルは湖に沈まねばならない、あの託宣にはそこまでの意味が含まれておりました」
マユリアは八年前と同じように、歌うように託宣を語った。
長い長い時ののち黒のシャンタルが現れる
黒のシャンタルは託宣をよく行い国を潤す
だがその力の強さ故に聖なる湖に沈まなければならない
黒のシャンタルを救えるのは助け手だけ
助け手は黒のシャンタルを救い世界をも救うだろう
だが黒のシャンタルが心を開かぬ時には助け手はそれを見捨てる
黒のシャンタルは永遠に湖の底で眠り世界もまた眠りの中に落ちるだろう
八年前と同じく沈黙が部屋に落ちた。
八年前にこの託宣を聞いたのはトーヤ、キリエ、ルギ、ミーヤ、そしてこの場にいないラーラ様とネイ、タリアとダルだ。フウとセルマとアーダは初めて聞いたということになっているが、アーダはあの光の場に呼ばれていた一人なので、その内容は聞いて知っている。
「黒のシャンタルは助け手に心を開き、八年前には助け出されてこの国を出ていかれました。助け手に見捨てられることはなかったのです」
「ああ、俺もてっきりこいつが水に沈むのを見届けなきゃいけねえかと思ってたが、そういうことにはならなかった、幸いにもな」
「ええ、そうでした」
マユリアは当時のことを思い出すように、ほんの少し虚空を見つめた。
「八年前には黒のシャンタルは湖の底に沈むことはなく、世界が眠りにつくことはありませんでした」
「あんたとラーラ様はシャンタルに自我がないのは自分らのせいだって、自分らで自分らをシャンタルから切り離した。そのシャンタルを目覚めさせるために、キリエさんやミーヤは付きっきりで世話をしてた。そんだけのことをして託宣に背かないように、湖に沈まないように、シャンタルが自分で自分を湖に沈めるように言うように持っていった。そうなるためにみんなががんばった結果だ」
「そうでした、トーヤの言う通りです。あの日々のことは忘れません」
そう言ってどこかつらそうにまぶたをふせたマユリアは、あの時のマユリアのまま、当代マユリア本人としか思えない。
「シャンタルがわたくしとラーラ様の体をお使いになり、外のことを知ったり見たり聞いたりすることを、あの頃は当然のように思っておりました。シャンタルがご自分のご意思で見たり聞いたり語ったりされるようになるまでは、それがわたくしたちの役目だと思っていたのです。ですが、今にして思えばそれは、誤りであったと思っております」
「誤り?」
「ええ、そうです」
トーヤはじりりと半歩ほどマユリアににじり寄る。その動きにルギが腰の剣に右手をやり、やはり半歩ほど体の向きを変えた。
「ルギ、いいのです、そのままでいてください。トーヤはわたくしを傷つけるようなことはいたしません。信じております」
「ああ、今んところそういうことは考えてねえ、今のところはな」
ルギはトーヤの言葉に冷たい視線をちらりと投げかけたが、
「はっ」
とマユリアに返事をしてそのままその場に留まった。
自信があるのだ。今のこの位置にいても、トーヤに不審な動きがあればすぐにでも斬り伏せるという。
「相変わらずおっかねえ番犬だぜ」
トーヤが苦笑しながらそれでも半歩下がり、マユリアから距離を取って元の位置に戻る。
「これでいいだろうが。さ、続けてくれ、何がどう間違ってたのか」
「ええ。ルギ」
マユリアはトーヤに一言答えると再度ルギを目で制す。ルギは軽く会釈をするようにして、さらに半歩後ろに下がった。
「トーヤはいきなりわたくしに斬りつけるようなことはいたしません。わたくしはトーヤを信じております」
「はっ」
ルギはもう一度短く答えると腰の剣から右手を離し、左手を鞘に添えるようにしてまっすぐに姿勢を正した。だがその視線はトーヤの右手から離していないことにトーヤも気がついている。




