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17 黒のシャンタルの役目

 マユリアはそう言うとそっと優しくシャンタルに右手を差し伸べた。


 左手は紫の婚礼衣装の裾をゆるやかにほんの少したくらせて持ち、シャンタルの返答次第ではすぐにも歩み寄ろうという姿勢に見える。


 シャンタルは座ったまま首をマユリアの方に向けて少し何かを考えていたが、一度ちらりとベルに視線を送ってから、


「もう一つの答えがまだだよ。その糸の端を放したら、私は一体どうなるのかな」


 とマユリアの歩みを止めた。


「ねえ、どうなるのか教えてくれるかな」


 シャンタルの表情はあくまで穏やかだ。ごく普通に天気の具合を聞く人のように、特に考えもなく気軽に聞いているだけにしか見えない。


 一方のマユリアは一瞬慈母の微笑みを少し硬くしたが、すぐに元の表情に戻るとさらににこやかに笑みを浮かべた。


「恐れることはありません、元のあなた様に戻るだけのことです」

「元の私に?」

「ええ」


 シャンタルはその言葉に少しだけかわいらしく首を傾げる。まるで八年前に「家族」に見せていた様子そのままに。


「私はずっと今の私のままなんだけど、今の言い方だと眠っていた頃の私のことを言っているようだよね」

「ええ」

「ということはやっぱりあれかな、さっきここで言われたように、もう一度あなたの中に戻るということだよね」

「ええ」


 マユリアは優しい笑みを浮かべたまま同じ答えを繰り返す。


「私があなたの中に戻る、それは意識がということだよね。あの頃のようにあなたの中からあなたの目や耳を使って外の様子を知る、一緒に色々な物を見たり聞いたりするということだと思う」

「ええ、その通りです」

「その感覚はまあ分かるよ、経験してたことだからね。だから特にそれがどうということはないんだ、慣れてると言ってもいいからね」

「ええ」

 

 マユリアが幸せそうな笑顔になる。シャンタルが自分の言葉を理解してくれたことが幸せだというように。


「意識には形がないからね。正直、どこからどう見たり聞いたりしてもそう変わりはしないと思うんだ。だけどそうしたらこの体はどうなるの? あの頃はまるで人形みたいだと言われてたけど、またそんな風に戻るのかな」

「そのお体には聖なる湖にお戻りいただくことになるかと思います」

 

 マユリアが恐ろしいことをごく普通のことでもあるかのように口にした。


「聖なる湖の最も深い場所に慈悲の女神シャンタルが眠る。それと同じことなのです。あなた様のそのお体、黒のシャンタルが今はおられないシャンタルに代わりその場所から人たちを見守っていただくことになります」

「そんなことさせねえからな!」


 ベルが一言叫んでまたシャンタルを隠す。


「やっぱりそうじゃねえか! シャンタルの力を吸い取って自分が独り占めしようってんだ!」

「ああその通りだ、俺もそんなこと許さねえ」


 アランが背後のルギを気にしながら静かに立ち上がる。ルギのさらに後ろにはトーヤもいるが、何しろ相手はマユリアの剣なので、意識を向けておかないわけにはいかない。


「妹の言う通りだ、俺らの仲間で家族を水の底に沈めるなんて黙ってられねえな」

「そうだそうだ!」


 アランも位置を移動してベルと並んでシャンタルを背後に隠す。


「あなたたちには分からないのでしょうね」


 マユリアが悲しげな顔で小さく俯いた。


「それしかこの人の世界を救う方法はないのです」

「そのためにシャンタルを犠牲にしろってのかよ!」

「そうではありません」


 ベルの言葉にマユリアが小さく首を振る。


「お役目なのです、黒のシャンタルの」

「は?」

「そのためにお生まれになった、それが黒のシャンタルなのです」

「わけ、わかんねえ!」


 ベルがいつもの口癖を血を吐くように叫んだ。


「ベル、落ち着いて」


 いつものように本人がそう言って逆上しているベルを抑える。


「私もよく分からないので説明してもらえるかな。私が生まれた意味、役目がどうしてそれなのか。ベルもアランも、それから他の人も最後まで一緒に聞いてくれるとうれしい。やっぱり気になるからね」

「そうだな、一度聞いてみるしかないよな」


 トーヤたちはあの光の場で女神シャンタルに「黒のシャンタル」が生まれた理由、マユリアとの関係などを聞いている。だがマユリアの口調からは他にも何かがあるようも受け止められる。

 それが本当なのか、それともシャンタルを手に入れるための嘘や罠なのか。それを知るためにもトーヤも話を聞きたいと思った。


 トーヤはルギの横を通り抜け、自分もシャンタルの盾になる。


「シャンタルもマユリアも、そして女神に仕える侍女たちも嘘をつくことは許されない。嘘は一番大きな罪である、そうだよなキリエさん」

「ええ、その通りです」

 

 それまでセルマの手を握り、傍観者のようにじっと話を聞いていたキリエが答える。


「ってことは、これからこの女神様が話すことは嘘じゃねえってことだ。ある人からこいつが生まれてきた意味とかってのを聞いた。その時にそういう話はなかったんだよ、湖に沈めってのはな。けど前に確かに託宣にはあるとは聞いた、そうだよな」


 八年前、千年前の託宣にあるとマユリアもラーラ様も言っていた。その話をしようとしているのかも知れない。

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